月夜さん
月夜に、月夜さんに話しかけた。
だけど月夜さんは、私の話に耳を傾けてはくれない。私を無視して、そのまま歩いていってしまう。
そうなのだ。
月夜さんは何故だか機嫌を悪くしてしまっているのだ。さっきから、全く口を利いてくれないでいる。私には、それが何故だか分からなかった。今の彼女は私にはまるで理解ができない。まるで追いかけても追いかけても近付くことのできない月のよう。
月夜さんを怒らせてしまった会話はこんなだった。
「やぁ、月夜さん。満月がとっても綺麗ですよ。うさぎが餅をついている」
「ええ、とっても可哀想ですわ。あんな狭そうな場所に、うさぎが閉じ込められている」
「ははは。そんな真面目に考える事はないでしょう。月にうさぎがいるってのは、ただの例え話でシャレみたいなものです」
「いいえ。とっても可哀想ですわ。シャレだなんて思えるのは、あなたが残酷な人間だからです」
「それはないでしょう…」
その会話以来、彼女は口を利いてくれない。私にはどうしても自分に落ち度があるようには思えなかった。彼女は普段は、とても優しいひとなのだが、何故だか、時折、こんな風にへそ曲がりになってしまう。私は釈然としなかった。それで、彼女の後姿に向かってついついこんな事を言ってしまったのだ。
「あなたは本当に月夜のような方だ。時と共に満ち欠けて、その姿を変えてしまう」
すると、月夜さんは、私を顧みるとこんな事を言ってきた。
「いいえ。それは違います。
月は姿を変えてなどいません。月の満ち欠けは、地球の影です。地球に住む人々は、己の影を見て、月の姿が変わったとそう言うのですわ。本当は自分の影なのに……」
私はその言葉に合点がいかなかった。つまり、彼女は自分が意地悪く見えるのは、私の気の所為だと言っているのだ。どう考えてもそうは思えない。しかし、それから月夜さんは、私の困った様子を見てか、こんな事を続けてつぶやいたのだった。
「あなたは、いつまで経っても、ご自分の立場からでしか、私のことを見てはくれないのですね…」
私はそれを聞いてハッとなった。
綺麗な月夜。
月夜さん。
月。
月といえば…
ああ、月の…
彼女は私が気が付いた事に気付いたのか、少し恥ずかしそうにしていた。