霊視アプリ
「どっもー 先輩! 実は、今、ちょっとばかり困っていましてね」
ある日、学生時代の後輩のサトウという女から電話がかかってきた。この女は昔からオカルトものが大好きで、その趣味が高じてオカルトグッズの会社に就職してしまったような変人だ。その日の電話もどうやらそれ関連らしく、俺は多少辟易しながらそれに受け応えた。まぁ、「嫌だ。関わりたくない」と言ったのだが。するとサトウはこう懇願して来た。
「そんな事を言わずにお願いしますよ。ただ、アプリで遊んでくれれば良いだけですから」
オカルトを趣味にしているくせに、この女の性格は妙に明るくてサバサバとしている。
なんでも、今度サトウの勤めている会社から、霊視アプリなるものをリリースする事になったらしいのだ。それは、そのアプリをスマフォにインストールして街を歩くと、霊の類が発見できるというまんま某モンスター集めゲームをパクッたような内容らしいのだが、モニターが圧倒的に不足しているらしい。金で雇うような余裕もなく、それで大いに困っているのだとか。
「お願いしますよ。今度、機会があったらおごりますから」
初めは断るつもりだったのだが、あまりにしつこく頼んで来るものだから、俺は遂に根負けして「分かったよ、ちょっと遊ぶだけだからな」とそれに返してしまった。それで言われたサイトにアクセスして、その“霊視アプリ”というゲームをダウンロードしてみたのだ。その説明によると、このアプリには霊を感知する力が備わっていて、これを通すとスマフォで本物の幽霊が見えるという事らしい。もちろん、単なるゲーム内の設定だろう。よくありがちなやつだ。
部屋の中でそれを使っても、幽霊は見つからなかった。これじゃモニターにならないだろうと思って俺は墓場に行ってみた。まぁ、幽霊が出るといったら墓場だろうから。まだ昼間だが、ちょっと翳すと何かしら動き回るものがあった。白い影が何体か飛び回っている。ただ、曖昧でよく分からなかった。もしかしたら、夜に来ればもっとはっきりと見えるのかもしれない。もっとも、夜に来る度胸はないが。好奇心を刺激されてもっと探してみると、なかなかリアルな婆さんの幽霊がいた。なんだかボーっと森の隅を見ている。反応がなくてつまらなかったが、それでもかなりの迫力だった。
「こりゃ大したもんだ」
と、それで俺は感心した。パクリ元のモンスターゲームよりもよっぽど精巧な画像だ。しかも、現実の街とちゃんとリンクしている。昨今のオカルト会社の技術力も馬鹿にできない。
少し楽しくなってきた俺は、近くにある病院の廃墟に行ってみる事にした。病院ってのも怪談の定番の一つだ。しかも廃墟とくれば何かが出てもおかしくはない。
廃墟の中に入ってみると、予想通りに幽霊がうようよいた。子供の霊が物珍しそうに俺を見て、男の霊が警戒を込めた視線で睨みつけて来る。女の霊も何体かいた。そのうちの一体ははっきり言ってかなり綺麗だった。幽霊なのが惜しいくらいだ。
あまりに綺麗だったものだから、俺はその女の霊に特にスポットを当てた。すると、何故かアプリからのアラームが鳴った。
『幽霊をあまり見過ぎると、あなたに憑いて来てしまう場合があります。注意してください』
それを見て、俺はニヤリと笑う。これは恐らく“振り”だろう。スポットを当て続ければ、某モンスターゲームみたいに幽霊をゲットできるんだ。
そう考えた俺は、そのまま女の幽霊にスポットを当て続けた。すると、予想通りに女の霊は俺に気付いたような素振りを見せ、俺の方に寄って来るのだった。
“こりゃ、面白い”
そう思った俺は、そのまま病院の廃墟を出て家に戻った。やっぱり女の幽霊は付いて来ている。つまり、思った通りのシステムだったって訳だ。そのまま家で寛いでいると、サトウから電話がかかってきた。
「あっ 先輩。どうでした? 霊視アプリは?」
早速、感想が聞きたいらしい。俺は素直にこう応える。
「ああ、思った以上に楽しめたよ。本当を言えば、馬鹿にしていたんだが驚かされた。凄い技術力じゃないか。どっかのIT企業と協力して開発したのか、このゲーム?」
「IT企業? 何を言っているんですか、先輩。うちにそんなコネがあるはずないでしょう。それにゲームじゃないですよ。ちゃんと説明に書いてあるじゃないですか。霊視ができるアプリだって」
俺はそれを聞いて「は?」と言う。
「いや、だってお前、俺は実際に幽霊を見つけられてだな」
「そりゃ、そうでしょう。霊視アプリなんだから」
「いやいや、スポットを当て続けたら、幽霊を一体ゲットだってできたんだぞ?」
「ありゃ? 先輩、幽霊を見続けちゃったんですか? 駄目ですよ、そんな事をしたら。アラームが出ませんでした? それ、きっと憑かれちゃってますよ」
俺は頭が混乱した。
え? え?
本物?
それから俺は、それが全てサトウの冗談だと思おうとした。しかし、そんな俺の目の前で、すっとドアが勝手に開いたのだ。
そして、その向こうには、さっきの女の幽霊が。俺の肉眼でもはっきりと見えている。暗い廊下を背景にして、ボーっと浮かび上がっている。
「ヒーッ!」
瞬間、俺はそう悲鳴を上げた。
こんなアプリ開発してるんじゃねー! とそう思いながら。




