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時を停める能力

 才能がない。運がない。生まれが悪い。つまるところは自分の所為じゃない。

 自分のくだらない人生を、他の何かの所為にするそんな言葉。僕はついついそんな言葉に頼ってしまう弱い人間の一人だ。

 「他の何かの所為にしているから、お前の人生は駄目なんだよ」

 ――でも、そんな言葉に頼っていると、よくそんなような主旨のことを言われる。

 ああ、そうさ。

 分かっている。

 もし本当に自分が何かしらハンデを抱えているのだとしても、自分の人生の責任を他の何かに押し付けても良い事なんてあまりないだろう。

 偶に現実逃避する時以外は。

 だけど、ありのままに捉えるのなら、世の中の他の人達と比べて僕がそれほど恵まれていないのは事実なのじゃないかとは思う。同じだけ努力しても、きっとあんまり上手くいかないのじゃないか……

 もう少しくらいは恵まれた何かがあったって良いと思うんだ。

 

 「――やぁ、やっと見つけましたよ、あなただ、あなた」

 

 そんなある日のことだった。

 外を散歩していた僕は、不意にそう話しかけられたのだった。

 それは天使のような姿をしていた。裸で子供で弓矢なんか持っちゃて、もし大人っだったら公然猥褻罪で捕まってしまいそうな、よく物語なんかに登場するキューピッドのような姿の天使だ。

 もし、それでその天使が空を飛んでいなかったら、僕は全速力で逃げていたか、警察かなんかに連絡を入れていたかもしれない。

 僕は唖然として、「なんだ、お前?」とそう呟いた。小さな声だったから相手に聞こえていないかとも思ったけど、どうやらなんとか届いていたようで、

 「天使です」

 と、見た目通りにそう答えて来た。ぞんざいな口調で天使はこう続ける。

 「こっちも暇じゃないんで、用件を言っちゃいますが、実はこちらの手違いで、産まれ持ってあなたに与えられるはずだったステータスが与えられていなかった事が分かりましてね」

 「ステータス?」

 「はいな。例えば、顔が良かったり、頭が良かったり、家がお金持ちだったりとかっていうあなた個人が持つ要素ですね」

 状況がまだ上手く飲み込めていなかったけど、それでも常日頃から「才能がない」とか「運がない」とか口にして来た僕には思い当たる節がありまくりだった。

 「手違いって! なんで、そんな事になっているんだ!?」

 そう文句を言う。

 それに天使は悪びれた様子も見せず、「さぁ?」などと言って肩を竦めた。

 「そんな無責任な!」と返すと、飄々とした感じで天使は言う。

 「いやぁ、だって、ボクが間抜けをやった訳じゃありませんからね。それに、世の中にこれだけの人がいれば、そりゃあ、それくらいのミスがあっても仕方ないでしょう。誰しもミスはあるものです」

 「そりゃミスはあるだろうけど、そんなんで片付けられたらこっちは堪らないよ!」

 「それについては、ご安心を。ミスで片付ける気はありません。だからこそ、こうしてボクがやって来たのじゃありませんか」

 「どういう事だ?」

 僕がそう尋ねると、天使は淡々と説明してくきた。

 「はい。ステータスが与えられなかった代わりに、特別に補償がされることになったんです。

 例えば、宝くじが当たるとか、突然何かの才能に芽生えるとか。まぁ、運でもお金でも、欲しかったら今からプレゼントしますよって話なんですがね」

 「それ、マジ?」

 「はい。マジです」

 僕は少し考えるとこう尋ねた。

 「それって、何か特殊能力みたいなもんでも良いのか?」

 「特殊能力? まぁ、ものにもよりますが、別に構いませんよ」

 「ふーん……」と、僕は応える。

 

 才能なんかこの歳で身に付けても凄い努力をしなくちゃそれが実を結ぶ事はないだろう。そして、そんな努力をする気は僕にはさらさらない。だから却下。それならば、安易に考えるのなら、“大金が欲しい”というのが一番良さそうに思える。

 がしかし、金は使ってしまえばそれでお終いだ。

 本当の金持ちというのは“金が集まってくる仕組み”を手に入れた者達の事を言うらしい。しかしそんな仕組みには煩わしい人間関係が付いて回るのが世の常だ。正直言って、それもご免。

 ――が、特殊能力ならば違う。

 人知れずその能力を使って、金を手に入れたり女を手に入れたりできれば、楽をして人生を過ごせそうだ。

 

 「なら、“時を停める能力”をくれないか? その時を停めた中で、僕だけ動く事が可能な能力。

 あ、時間が停まっているから絶対零度とかそんなのはやめてくれよ」

 僕は天使にそう言ってみた。

 これが認められたなら、人生は勝ったも同然だろう。時間を停めて、その間で物を盗んだりなんだりすれば良いんだ。

 それを聞くと、天使はキョトンした顔でこう言った。

 「はぁ。構いませんが……

 本当にそんなので良いんですか?」

 僕は「もちろん!」と快活に返す。まさか、こんなに簡単に認められとは思っていなかった。天使はそれから「じゃあ、はい」などと言う。

 「え?」と、それに僕。

 「もう、これであたなは“時を停める能力”を手に入れられましたよ。“時よ停まれ! お前は美しい!”と唱えれば、時間は停まります」

 天使はそう淡々と説明して来た。

 随分とあっさりとしたもんだ。もっと物凄い演出みたいなのがあるものだとばかり思っていた。

 「時間を再び動かすにはどうすれば良いんだ?」

 「はぁ、必要ないと思いますが、“時は動きだす”と唱えれば、動き出しますよ。またはあなたが死んでも動き出します」

 僕はその天使の返答を奇妙に感じた。時間を動かす必要ないってどういう事なんだ? 絶対に必要あるじゃないか。

 「とにかく、用件はこれで済みましたから、ボクは帰りますね。戻ってまだまだやらなくちゃいけない仕事が山ほどあるんですよ。

 ああ、忙しい、忙しい」

 そう言うなリ、天使はパタパタと何処かへ飛んで行ってしまった。まだ信じられないけど、とにかく力が得られたらしい。

 

 僕はその足で直ぐにショッピングモールを目指した。

 もちろん、“時を停める能力”を試してみようと思ったからだ。金かなんかを盗むのでも良いし、別の何かでも良い……

 そのうち、可愛い女の子が道を歩いて行く姿が目に入った。

 短いスカートをはいている。

 「ふむ」と、僕は一言。

 覗いてみたい。

 中を。

 当然ながら、そんな欲望をそのまま行動に移して社会的な死を迎えないのは小学校低学年までだろう。

 だがしかし、今の僕には時を停める能力がある。

 僕はにやりと笑うと天使に教えてもらった呪文を唱えた。

 「時よ停まれ! お前は美しい!」

 これで時間は停まって、僕だけが動けるはずだった。その停まった時間の中で、あの可愛い女の子のスカートの中を……

 がしかし、そんな事にはならなかった。

 気が付くと僕は物凄い速度で空を飛んでいたのだ。いや、空に…… 宇宙に向って落ちていると表現した方がより適切かもしれない。

 

 ――なんで?

 

 考える間もなく地面があっという間に離れていく。

 そこに至って気が付いた。

 地球は時速約1700kmで自転していて、太陽の周りを時速約108,000kmで公転している。更にその太陽がある太陽系も銀河を物凄い速度で回っていて、その銀河も……

 つまり、普段は地球の慣性系にいるから気が付かないだけで、僕らは常に物凄い速度で動いているんだ。

 そんな中で、もし時を停めて、僕以外が動かない状態になったならどうなるだろう?

 その速度を維持している僕だけが、あっと言う間に宇宙に放り出されてしまっても不思議じゃない……

 だから、あの時、天使は「時間を動かす必要はない」と言ったんだ。

 

 僕は宇宙空間を漂っていた。

 まさか、こんな事で死ぬだなんて。

 せめてあの女の子のスカートの中くらいは見てみたかったな……

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