表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/100

KY

 “空気が読めない奴”

 その言葉に僕は思わず反応してしまう。自分の事を言われているのじゃないかと、つい気になってしまうからだ。それが侮蔑の言葉である事は(もちろん)分かっていたし、それに感性が鈍いとか無神経とか、そんな風に思われるのが嫌でもあったから。

 何より、僕が恐れていたのは、仲間外れにされる事かもしれない。一人ぼっちが怖かったんだ。いや、一人ぼっちと馬鹿にされることが嫌なのか。どっちでもいい。僕はだから、できるだけ皆に合わせていたし、皆の“空気”はできる限り壊さないようにもしていた。

 そんなある日に、僕の学校で校外学習をやる事になった。皆で集まってバスで出かけるとかいうの。今回は何故か、目的地は山らしかった。何グループかに分かれて、それは行われる事になり、僕は自然の流れでできたグループの中の一人になった。本当を言えば、それほど仲の良い連中でもなかったのだけど、“空気が読めない奴”と言われたくなかったものだから、僕はそれに反対をしなかった。

 目的地に着くと、しばらくハイキングコースのような、山中を回ることになった。他のグループはいつの間にかに見えなくなった。先生の姿も見えない。やがて、グループの中の一人がこう言った。

 「なぁ、つまらなくないか?」

 その言葉に皆も同意し始める。

 「確かにな」

 「この歳で、山歩きなんて」

 「どっかで休みたいよ」

 それで僕らは引き返す事になった。馬鹿馬鹿しいから、先に帰って、バスの中で休んでいようって感じのノリで。正直に言えば、それはそれでつまらなそうだったし、そんなくだらない事で怒られるのも嫌だったから反対だったのだけど、空気を読んで、僕は皆の意見に従った。

 バスに戻ると誰もいなかった。運転手すらもいない。それで僕らはしばらくバスの中で寛いでいたのだけど、そのうちに、それにも飽きたのか一人がこんな事を言った。

 「なぁ、バスって運転してみたくないか?」

 なんでも、バスのキーが刺しっぱなしだったらしい。誰もいない今なら、運転できる。皆はそれを受けて「面白いな」なんて言い始めた。“流石にそれは”と、僕は思ったのだけど、やっぱり反対しなかった。僕はほら、空気を読める奴だから。

 そのうちに、言い出した奴がバスを運転し始めた。バスはゆっくりと動き出す。運転している奴は、「すげーっ すげーっ」と連呼していた。周りの連中もそれを囃し立てた。僕は一人で不安な気持ちでいた。やっぱり、止めた方が良い気がする。

 そのうちに、調子に乗ったのか運転している奴は、バスの運転速度を上げた。しかも、駐車場を離れて車道に出る。

 「スゲーッ スゲーッ」

 そんな状況でも、他の連中は盛り上がっていた。僕はとてもじゃないけど、盛り上がる気になんてなれず、一人、押し黙っていた。バスは更に加速していく。そこに至って僕は、ようやくこう言った。

 「なぁ、もう戻らないか?」

 ところが、その言葉を皆は無視するのだった。一人も何も反応をしない。

 「スゲーッ スゲーッ」

 繰り返している。

 「なぁ!」

 僕は怖くなって、大声で叫んだ。皆は運転席の周りに集まっていたのだけど、その言葉を聞いて一斉に後ろを振り返った。

 「ウルサイナ、お前。空気読めよ」

 そして、一斉にそう言う。僕は連中の顔を見て思う。

 あれ? こいつら、誰だっけ?

 空気を読んで自然の流れで加わったグループ。確かに、そんなに仲が良い連中って訳でもないけど……。

 『皆で、楽しんでいるんだから、黙っていろよ』

 運転している奴がそう言った。僕は思う。

 あれ? 誰だ、この声?

 それは聞いた事もない声だった。そもそも、こんな奴ら、僕の学校にいたっけ?

 そのうちに、バスは流石に危険過ぎるくらいのスピードになり始めた。山道でこれじゃ、絶対に事故を起こす。

 「止めろ! 何考えているんだ? こんなんじゃ、事故るだろう?! 死にたいのか!」

 その僕の絶叫を聞くと、そいつらはゲラゲラと笑い始めた。僕の言葉を繰り返す。

 『死にたいのか?』

 『死にたいのか?』

 ゲラゲラゲラゲラ、ゲーラ、ゲラ

 僕は急激に怖くなる。絶対におかしい。

 「いい加減、ブレーキを踏め!」

 そう言って僕は運転席に行こうとした。しかし、連中に食い止められてしまう。

 『空気読めよ』

 そう言われた。やがて、目の前に崖が迫ってくるのが分かった。「落ちるぞ!」と、叫んでも無視される。仕方なく暴れると、僕は無理矢理に取り押さえられてしまった。連中はゲラゲラと笑う。そして一人がこんな事を言った。


 『お前みたいな奴っているよな。空気さえ読んでいれば、それで良いと思っている奴。時にはその空気に反発する勇気も必要なのに。

 ロボットみたいに皆の意見に合わせているだけじゃ、こんな破目になるんだぜ。

 とにかく、お前が”空気の読める奴”で良かったよ。これで、オレらの仲間がまた一人増えるんだ』


 バスは猛スピードで、崖に向かって直進していた。このままでは、落ちてしまう。このままでは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ