『君、不合格』
何だか運の悪いヤツってのは、どこにでもいるものだ。子供の頃からの知り合いのソイツも実についてなくて、家が貧乏な上に、怪我なんかもしょっちゅう。一体、どうやったら巡り遇えんだ?ってな災難にいつも巻き込まれている。その上、ソイツは頭に馬鹿がつくほどのお人好しでもあったから、誰かの苦労を背負い込んだりもしていた。
だけど、ソイツはそれをそんなに気にしている様子がない。困ったような笑いを浮かべ、「まぁ、仕方ない」とかなんとか言って済ましてしまう。運の悪さを嘆いたり、愚痴をこぼしたりなんかしない訳だ。多分、子供の頃からそうだから、半ば諦めているのだろう。
「ああいう奴にはなりなくないね」
その日、誰かの財布を馬鹿正直に届けたのに、お札がなくなっていたものだから、ネコババの容疑をかけられて警官に問い詰められているソイツを見て、僕はそう呟いた。そして、その時だった。いきなりこんな声が響いてきたんだ。
『まったく、その通り』
その声は下の方から聞こえた。見ると、背の小さい、赤い布を被った、真っ黒にラクガキで描かれたような顔のある、妙なものがそこにいた。
『ああいう“ついてない”奴にだけはなりたくないよね』
「なんだ、お前?」
僕は、そう問い掛ける。すると、それはこう答えた。
『悪魔さ』
「あくま?」
『そう。悪魔。悪いモノ』
悪いモノ。自分でそう名乗る奴も珍しい。しかし、悪魔だと言われて見てみれば、確かにそんな雰囲気があるにはある。僕は続けてこう訊いた。
「それで、その悪魔たる悪いモノが、一体そこで何をやってるのさ」
悪魔はそれを聞くと、こう言った。
『実はパートナーを探していてさ。誰でも良いって訳じゃないから困ってたんだ。体質と、それから性格が大事でさ。いくら体質が合っていたって、性格が駄目ならやっぱり駄目なみたいなんだ』
僕はそれを聞いて、こう答えた。
「なるほど。まぁ、分かるよ。おうおうにしてそういうものだ」
『おお、ありがたい。分かってくれるか。それでボクは実は、君に目を付けたんだ。なぁ、君、ボクと組まないか?』
「どういう事?」
どうやら、それはこういう事らしかった。悪魔は、“運”を物みたいに扱える能力、それを与える力を持っている。しかし、それを人に与える事しかできない。自分では使えない。そこで、誰かと組んで、その能力を与える代わりに奪った運の何割かを得る契約を結びたい。
「なるほど。そいつは面白そうだ」
悪魔がどうやって得をするのか分かっていなかったら、騙されているかもしれないと疑うところだけど、きっちり得をする仕組みが分かっているのなら話は別だ。自分の運が良くなるのなら、やらない手はない。世の中には運が良い奴ってのもいるもんだ。そういう奴から運をちょっと貰うくらい別に良いだろう。「契約を結ぼう」、僕は直ぐにそう答えた。しかし、それを聞くと悪魔はこう言ったのだった。
『おっと、ちょっと待ってくれ。実は前に人選を誤って失敗しててさ。能力だけ、持っていかれちゃった事があるんだ。だから、仮契約にしてくれないか? 君を試してから本契約にしたいから』
一体、何があったのかと思ったけど、僕は大して気にしないで、「分かった」と、そう頷いた。
悪魔から能力を与えられると、僕には“運”が見えるようになった。運はまるで餅みたいで、空気みたいに軽かった。それが頭の少し上の辺りを、ふわふわ浮いているんだ。それから僕は、金持ちの家に生まれたとか、可愛い彼女がいるだとか、或いは明らかに悪そうな奴だとか、そういう人間達から運を奪い取っていった。まぁ、そんなに大した量でもないのだけど。
少しずつ集めて、運がそれなりの量になった頃、僕は例の運の悪い知り合いを見かけた。案の定、ソイツの運はとても小さかった。思わず笑ってしまう。そりゃ、あれだけ苦労も背負い込むわ。
だけど、それから変な光景を僕は見かけたんだ。
ソイツの前には、しょぼくれた小さな子供が歩いていた。その子供の運もかなり小さくて、咳なんかをしているところを見ると、どうやら病気じゃないかと思えた。そして、それから運の悪いソイツは妙な行動に出たのだった。
ソイツは、頭の上に手をやって自分の“運”を少しちぎり取ると、それをそのままその小さな子供に加えたんだ。
なんだ?
僕がそう思った瞬間、悪魔がこう言った。
『ああ、またやってるよ。アイツ』
「どういう事?」
『実は、前に人選をミスったってのは、アイツの事なんだよ。元々運が悪いから、もっと貪欲に運を奪い取るかと思ったのだけど、誰かのを奪い取るのよりも、分け与える方が多いのだもの、アイツ。少しも稼ぎになりやしなかったんだ』
僕はそれを聞いて、もちろん驚いた。
――なんだって?
「じゃ、何か? アイツは運が悪い癖に、こんな能力を持って、それを他人の為に使っていたってのか? 自分を犠牲にして?」
『まぁ、そうだよ』
僕はそれを聞いて笑った。
「ははは、そりゃ馬鹿だ」
そして、そのまま通り過ぎようとした。足早に。でも、何故か足は途中から、動かなくなった。
――本当に、馬鹿か? アイツは。
振り返る。
『どうしたの?』
悪魔がそう問い掛ける。僕はこう返した。
「運をアイツに分けてやろうと思ってさ。なに、これ一回だけだよ。こんなに溜まったんだから、少しくらいな」
すると、悪魔は大きな声を出して、それに反対した。
『何言ってるのさ? 君ががんばって溜めた運じゃないか。それをあんなヤツに分けてどうするのさ? これだけあれば、君は楽に金持ちになれるよ』
それに対し、僕は説得するようにこう言う。
「何、少しだけだよ。それに、元々、これは他の連中の運じゃないか」
『ああ、もうそんな事を言っちゃって。やめなよ、やめな』
――やめられるか!
僕はそれから走って近付くと、自分が溜めた運を掴んで、ヤツの頭上に加えた。後から。これで少しくらいは、楽をしろ!ってな感じで。
ヤツは僕には気が付かなかったみたいだった。そのまま歩いていく。
そして、その瞬間、悪魔の顔が目の前に現れたのだった。真っ黒なラクガキみたいな悪魔の顔。
『君、不合格』
それから悪魔は、そう言うと、ブツッとまるでテレビの電源が切れるみたいにしていなくなった。もちろん、能力も消えていた。
「まぁ、仕方ない」なんて、アイツみたいに言えるはずもなく、僕は大いに悔しがった。




