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首斬りの鬼  作者: 青梅薄荷
9/11

科学の弓/透明の矢 二

 一方、その頃……


 夜道を行く誠一は、護衛対象の女を観察していた。

 その女の名前は、荻野(おぎの)モエと言う。専門学校に通う学生だ。

 モエは、一般的な家庭で育った。虐待や貧困に苦しめられもしなかったが、贅沢ぜいたく三昧というわけでもない、そんな家庭である。父親のはからいで学校に通えている事が、唯一の贅沢と言えなくもない。

 なぜなら、彼女が生粋きっすいの勉強嫌いであるからだ。大学の講義には出席もせず、サークルやバイトに明け暮れる日々を過ごしていた。

 そんな彼女の恋人――既に別れている――は、とある地方議員の息子だった。名を杉田(すぎた)(なにがし)といい、大学に通うために上京していた。その杉田が、どうやら誠一たちに依頼が回ってきた原因のようなのだが……


(髪が黒い。染め直したのか?)


 尾行に勘付かれないよう、自動販売機で飲み物を買うフリ《・・》をする誠一は、心の中で首をかしげた。

 諸川が見せた写真では、明るい茶色の髪をしていたはずである。


「そのまま動くな。花村のお兄さん」


 モエを盗み見ていた誠一に声を掛けたのは、カフェで理央に絡んでいた冴木クレハだった。

 今も、カフェで持っていた横長のトランクを肩にげてある。


「どうして君がここにいる?」

「仕事。アンタは?」

「俺も仕事だよ」

「黒い車に乗ってたのは、お仲間さん?」

「さあ?」


 とぼけてみせた誠一の背中に、クレハは透明な(・・・)棒状のモノを突き合わせた。


「あの子の元カレ、地方議員のドラ息子なんだ」

「それぐらいの情報は知っている」

「アンタも特武(・・)だったら分かるよね? クライアントの事情で、特武同士が争う事も珍しくないって」

「安心しろ。俺は、ドラ息子とやらに雇われたワケじゃない」

「なら味方かもね。アタシとアンタは」

「そうかもしれないな」

「協力しない?」

「イヤだと言ったら?」

「……正直に言うけど、アタシは情報が欲しい。あの人をまもるためのね」

「だから、力尽ちからづくで聞き出すと?」


 クレハは不敵に笑ってみせたが、内心では焦っていた。

 彼女は、誠一の弟である『花村景介』を知っている。それは、景介もまた腕の立つ武装人であるからだ。

 ただし、誠一に言わせれば、


(まだまだ未熟)


 なのだそうだが。

 しかし、クレハからすれば、


(アイツはアタシと同レベル)


 と、実力を認めているのだ。

 つまり、その景介の兄ともなれば、警戒せずにはいられないという事である。

「俺の一存では決められない。日を改めよう。この場は君に任せるよ」

 誠一はクレハに名刺を渡して、その場を去った。

 残されたクレハは、去っていく誠一の背中を睨みつけながら、白い息(・・・)を吐いた。





「おかえりなさい。誠一くん」


 誠一がアルファードの車内に戻ると、手錠を掛けられた金髪の男が座らされていた。


「詳しい事は、私が聞き出す事にした」

「そうですか」

「だから、俺はバイトの子を見張れって言われただけなんだよ! ストーカーでもねェし、襲ったりするつもりないっての!」

「まあ、まあ。署の方で話してくれないと。正直に言ってくれれば、起訴されたりしないから」


 諸川が、誠一に向かって首を振った。

 この男は、百足の会とは関係が無いらしい。少なくとも現時点では。

 そこを明らかにするためにも、諸川は引き続き取り調べを行うつもりのようだ。


「そちらはどうだった?」

「収穫……というよりは、厄介な事と出会いましたよ」


 誠一が冴木クレハの事を面々に話すと、


「冴木さんなら、面識があります。確かに俺と同じ学校で、1つ下の後輩です」


 と、栄治が言った。

 そして、


「だったら、引き込んでみよう」


 続けて諸川がそう言った。


「本気ですか?」

「そうだとも、花村君。有能なら、そのまま仲間にしてしまえばいい」

「もし、敵であれば?」

「簡単だ。始末するのみ」


 誠一が、いぶかしげに諸川を見つめる。

 一方の諸川は、飄々《ひょうひょう》と車のエンジンを掛けた。

 ここに用は無くなったのだから、さっさと立ち去ろう。とでも言うかのようである。

 ちなみに、金髪の男には理央がヘッドホンを被せており、今の話は聞こえていない。ただ不安げに震えているだけであった。

 そうして発進した車の中で、誠一は思考を巡らせていた。


(諸川さんの狙いが読めない)


 誠一の一番の疑問は、


(女子高生を仲間に引き入れて、何がしたいのだろうか?)


 という事であった。

 やがて誠一は、


(まだ、情報が足りない)


 と、答えを出す事に見切りを付けた。





 明朝にクレハから電話があり、諸川と誠一が彼女と会う事になった。言ってしまえば、面談である。

 時間は、夜の8時。場所は、新木場のとある場所にある駐車場、そこに停められたアルファードの車内である。諸川が運転席に座り、後部座席に誠一とクレハが座っている。


「なーんだ。あのお姉さんが来てくれるかもって、期待してたのに」

「悪かったね。こんなおじさんと地味な男で」

「その言い方、ヒドくないですかね? 諸川さん」

「アンタらのコント見に来たんじゃないんだけど?」

「それもそうだ。本題に入ろうか」


 クレハによると、モエの父親から護衛の依頼を受けたという。


「モエさんは杉田と別れてから、身辺にガラの悪い男たちがうろつくようになったらしいのよ。それで、ソイツらを調べてみたら、どうも杉田に指示されてるみたいだったわ」


 杉田はただのボンボン(・・・・)というわけでもなく、地元では不良たちとつるむほどには喧嘩けんかにも覚えがあった。

 そういった事もあり、上京してからも、不良たちと繋がりを持っているようである。

 荻野モエはそんな杉田の暴力性に嫌気が差して、1ヶ月も持たずして破局となったらしい。


「なるほど。我々に伝えられている情報と合致するな」


 モエの父親は、警察にもストーカー被害を通報していた。しかし、取り合ってもらえず、クレハに依頼を出したのだ。

 受理されなかったものの、警察にストーカーの被害届が出されていた事は、諸川も把握していた。というよりも、杉田の周りで起こった事件性のあるものがそれだけであった。


「冴木君。この写真の男に、見覚えはあるかい?」


 懐から写真を取り出した諸川が、クレハにその写真を手渡す。

 写真に写っているのは、栄治が捕らえた金髪の男であった。


「……うん。知ってるよ。コイツも、モエさんの周りをウロついてた1人だ」


 写真を確認したクレハは、


「諸川のおじさん、次はそっちの番だよ」


 諸川の方を見ながらそう言った。


「杉田の父親には、脱税と賄賂わいろの疑いがあるんだ。それで、国税局が動いた」

「へえ……それがモエさんと関わりあると?」

「荻野モエは、杉田との交際期間に何らかの情報を得ている可能性がある」

「つまり、杉田はその口を封じたくて、ヤンキーたちを使っているワケね」

「いや、少し違う」


 諸川が金髪の男から聞き出した事は、杉田が不良たちにモエの監視だけ(・・・・)を頼んでいたという事であった。


「杉田は、荻野モエの動きを見張っているだけのようだよ」

「何のために?」

「さあ? 我々にも分かりかねる」


 それから10分後。クレハを返した諸川と誠一は、車内でクレハについて話していた。


「良かったんですか? 彼女を仲間にして」


 諸川は、正式にクレハを仲間にする事を決めたようである。

 クレハが車を出る前、諸川は彼女と契約を結んでいた。その内容は書面でりされており、誠一は知らない。


「彼女は、何を引き換えに要求しました?」

「そこは、プライベートというものだよ。君が親のかたきを探しているのと同様に、冴木君にもどうしてもげたい事があるんだろう」


 誠一が肩をすくませてみせた。最初から、答えが聞けるとは考えていなかった様子である。

 諸川が言った誠一の親の仇とは、いったい何の事であろうか。それは、今ここで語るべきではない。


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