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首斬りの鬼  作者: 青梅薄荷
8/11

科学の弓/透明の矢 一

科学の弓/透明の矢


 5月に入って、最初の日曜日。

 とある喫茶店のテラス席、そこで花村誠一と上野理央は冷たいコーヒーを飲んでいた。


「今日は暑いね」

「ええ、イヤになるほど」

「まだ春なのに……今年の夏はどうなっちゃうんだろ」


 理央が、ストローでコーヒーを飲む。

 今日の理央は、気合いを入れて化粧けしょうをしていた。この喫茶店に誘ったのも、理央である。


「そういえば、誠一くん。この前、諸川さんの狙いがどうとか話していたけど……」

「くだらない推理モドキですよ。仮に、あれが合っていたとして――諸川さんが武装人を集める理由は分からない。あの人が言ったように、話が出来すぎていますしね」


 誠一は、諸川のたくらみを暴くつもりなど、毛頭なかった。ただ、諸川の反応を見たかっただけである。


「すみません。お手洗いに」


 くいっ、と銀縁のメガネを直した誠一が席を立った。

 携帯電話が鳴ったのである。正確には、マナーモードの携帯電話がバイブレーションをし始めたのだ。


「はい、花村です」

『花村君。頼まれていた2つ、用意できたぞ』


 喫茶店内の手洗い場に入り、誠一が電話に出ると、相手は諸川だった。


「もうですか?」

『君の分だけ、一足先に手配させたんだ』

「わざわざ、ありがとうございます」

『……この際だから念を押すが、私は君の敵ではない』

「分かっていますよ。先日の事は忘れて下さい。では、失礼します」


 電話を切り、手洗い場から出た誠一が見たのは、理央に絡む女だった。

 その女は、もともと誠一が座っていた席に座り、身を乗り出して理央に話しかけていた。

 黒色の長髪で短めのスカートをはいた、高校生か大学生くらいの若い女である。


「俺のツレがどうかしましたか?」


 携帯電話をしまった誠一が、その女に声を掛ける。


「花村……?」


 長髪の女が、誠一の名字を口にした。


「……ッ」


 誠一とその女の間に、不穏ふおんな空気が流れ始める。


「誠一くん、この人と知り合い?」

「知りません」


 首を横に振る誠一を見ながら、


「……アイツじゃないのか?」


 と、女が誰にも聞かれない声量で言った。


「ところで、あなたは?」

「私? 私は……冴木(さえき)クレハ。てっきり、アンタなら知ってると思ったけど」

「さあ? 知らないね」

「でも、冴木さんは誠一くんのこと、知ってるみたいだけど?」


 理央が言う通り、冴木クレハと名乗った女は、花村という誠一の名字を知っていた。


「……分かったぞ。君は、景介を知っているね?」

「そう言うアンタは、アイツの縁者えんじゃだな?」


 誠一は逡巡しゅんじゅんの末、


「景介は弟だ」


 と言った。


「なるほど。どうりで似ているワケだ」

「話はそれだけか? なら、そこをどいてくれ」

「ちぇっ。まあ、男がいるならダメか」


 クレハが席を立つ。


「じゃあ、お姉さん。いつかまた」


 理央へウィンクを投げると共に、横長のトランク持ち上げて、店を出ていった。


「何だったんだろ?」

「変わったでしたね」


 冴木クレハと誠一たちが再会するのは、1週間と少し経った日の事だった。





「さて、集まったな」


 夜営業前の準備時間。客のいないカフェバー『Kanzashi(かんざし)』の店内に、夕日が差し込んでいた。

 その光を遮光カーテンで断ち切った諸川が、店内に集まった誠一たちを見回した。


「明日から、君たちには護衛の任務についてもらいたい」


 諸川が、1枚の写真をテーブルに置く。


「護衛対象は、このお嬢さんだ」


 写真に写っているのは、髪を明るい茶色に染めた若い女だった。


「このの命を、百足(むかで)の会が狙っているんですか?」

「その通りだ、上野君。といっても、確度かくどは低いがね」


 由美がれたコーヒーを飲んでいた誠一が、


「百足の会が出てくるかは分からないが、命を狙われているから護ってみろ。というワケですか」


 あごに手を当てながら言った。


おおむね正解だ。()は百足の会の関与が疑われる事件を、片っ端から我々に担当させるつもりらしい」


 迷惑そうに、誠一と理央が溜息ためいきをついた。


「とにかく、今日の夜8時に護衛対象(マルタイ)と顔合わせをする。準備してくれ」


 ここまでの話を、朝田栄治は仁王立ちのまま聞いていた。

 その栄治がやっと口を開き、


「人員の補充はどうなりましたか?」


 と、いた。


「まだ目処めどが立っていない」

「俺は彼女(・・)も任されていますし、長時間の活動は難しい。少なく見積もっても、あと1人ほど人員が必要では?」


 栄治の言う彼女とは、高尾山の山小屋で見つかった記憶喪失の少女の事である。

 諸川によって美奈と名付けられた彼女は、栄治によく懐いていた。そのため、栄治が美奈の護衛と監視を命じられたのだ。

 美奈はまだ身元が不明で、敵か味方かも分からない。ゆえに護衛と監視の両方が必要なのである。

 そんな美奈も、今は警察病院から退院し、栄治と二人暮らし(・・・・・)をしている。


「美奈ちゃんなら、私がかくまうよ」

「山本君、頼めるかね?」

「任せなさいよ」


 諸川が栄治を見る。納得したか、とたずねているのだ。

 栄治が、静かに首を縦に振った。


「それから、花村君」


 諸川が、鞄から何かを取り出した。

 それは、警察手帳(チョウメン)とS&W・M360――日本の警察官に支給されているM360JSAKURA(サクラ)というモデル――というリボルバー拳銃だった。

 誠一が諸川に手配を頼んでいたのは、この2つだったのである。


「忘れないうちに、渡しておく」


 今度は、誠一がうなずいたのだった。





 東京都内、とあるコンビニエンスストア(コンビニ)の近く。誠一たちは、そこの駐車場に停めた車の中にいた。

 車種は、黒のトヨタ・アルファード。高尾山に向かうために使用した車と同じである。


「あれが、護衛対象(マルタイ)だ」

「顔合わせって、帰宅中の女の子をコソコソ見る事でしたっけ?」


 諸川に対して、理央がツッコミを入れた。


「花村君。彼女の後をけてくれ」

「分かりました」

「問題があったら、電話を2コールして切る。そちらも同様にするんだ」


 静かに頷いた誠一が車から降り、コンビニの前を横切る女を尾行し始めた。


「諸川さん、あれを」


 誠一の姿が闇夜に紛れて見えなくなった時、栄治が駐車場の一角を指差した。そこには、金髪の男が乗る原動機付き自転車(原付)があった。


「少し、様子がおかしい」


 男はヘルメットを脱ぎ、先ほど誠一が行った道の先を気にしていた。


「挙動不審……警察としての勘で言わせてもらうと、何かある」

「さすがに、百足の会とは関係なさそうですが……」

「念のためだ。行こう、朝田君」


 理央を車内に残して、2人が車を降りる。


「そこのお兄さん。ちょーっと、お時間よろしいですかね?」

「なんだよ?」

「私たち、こういう者なのですが……」


 諸川が警察手帳を見せると、金髪の男が息をんだ。


「おっと、危ない」


 男が原付のスロットルに手を伸ばしたので、諸川がハンドルを引いて車体のバランスを崩す。

 原付から落ちて踏鞴たたらを踏んだ男は、そのまま走り出した。


「追います」

「任せた」


 栄治が白鞘の日本刀を片手に、金髪の男を追いかける。


(素人……)


 逃走する男は、直線的に走っているだけ。罠はおろか、何らかの攻撃を仕掛ける素ぶりもない。栄治の感想は真っ当だった。


「止まれ!」


 追いついた栄治が肩をつかむと、男はその手を振り払おうとした。

 しかし、その程度で振り払われる栄治ではない。


「おとなしくしろ」

「クソッ」


 男が栄治に殴りかかる。

 栄治は刀の柄頭(つかがしら)喉笛のどぶえに当てて、その動きを制した。


「二度言わせるな」

「は、はいぃ……」


 金髪の男は、情けない声で返事をし、その場にへたり込んだ。


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