小刀/白鞘 七
「彼女たちは警察病院に送られた。事情聴取は目覚めてからだ」
カフェバー『Kanzashi』に戻ってきた誠一たちは、その店内で一服していた。
ただし、漂う空気は重く、暗いものである。
「死んじゃったんですね。竜崎さんに正木さん、三谷さんも」
理央がぼそりと言った。
「不運だった。そうとしか言えない」
一瞬、誠一が鋭い目つきで諸川を見た。
「これから、俺たちはどうなるんです?」
栄治が訊いた。
「チームは存続させる。君たちは据え置いて、新たに人員を補充する事になるだろう」
諸川が、一息にコーヒを飲み干した。
「今日のところは解散にしよう。次に集まる時は、また私から連絡する」
腕時計を確認して、諸川がKanzashiを出た。
「俺も帰りますけど、上野さんと朝田君は?」
「ご一緒させていただきます」
「待って、待ってー。私も一緒に行くよ」
誠一たちが席を立つ。
「山本さん、ごちそうさまでした」
「気にしないでよ、誠一さん」
互いに会釈すると、誠一は玄関へ、由美は裏口の方へ行った。
カランコロン、と誠一たちがKanzashiのドアを潜る。
「誠一くんの自宅は、どの辺りなの?」
「実は家が無いんですよ。日本に帰ってきたばかりで」
「だったら、私の家に泊まる?」
「いえ、それには及びません。ホテルを取ってあるので」
「なーんだ、ざんねーん」
理央は有楽町駅が見えてきた所で、
「私、タクシー呼んであるから。じゃあね、バイバイ」
手を振りながら、駅へ向かって走っていった。
「はい、さようならー」
誠一は応じて手を振るが、栄治は黙ったまま理央の背中を見送っていた。
「花村さん」
理央の姿が見えなくなった頃合いを見て、栄治が誠一に話しかける。
2人は、駅から方向を変えて歩き始めていた。
「あなたに、弟はいませんか?」
「なぜ、そんな事を?」
栄治には、誠一の顔に見覚えがあった。花村という名字にも聞き覚えがある。
というのも、栄治の通う高校に、花村という名字で誠一にソックリの後輩がいるのだ。
「なるほど。君は弥研宮学園の生徒か」
弥研宮学園は、東京の目黒にある私立の中高一貫校である。
そうなると、栄治は意外と金持ちの子供という事になるのだろうか。
それは違う。弥研宮学園は少々、いや、かなり変わった学校なのである。
プロの武装人を育成するカリキュラムを組んだコースがあり、栄治はそこに在籍しているのだが、そのコースは学費が高くない。
武装人などという危険な職につこうとする少年少女は希少であり、学費を高くしてしまうと人が集まらないのである。
「という事は、やはり……」
「景介は俺の弟だ。実の、な」
花村景介。誠一の弟である。
その景介も、栄治と同じく武装人養成のコースに在籍していた。
「弟さんの活躍は知っていましたから、花村さんも強いと分かっていましたよ」
「どうかな。途中、疑ったんじゃないか?」
「ははっ、お見通しですか」
栄治が仏頂面を崩した。
この顔を見れば、惚れる女もいそうである。
「さっき……弟が活躍してると言ってたが、本当か?」
「ええ、まあ。評判いいですよ。俺の同級生も、助けられたらしいですし」
「そう……か」
誠一が、ふっと口の端を上げた。
少年の頃に両親を亡くした誠一にとって、4歳下の弟はかけがえのない存在である。
そんな弟が褒められるのは、誠一にしてみても、
(嬉しい)
のである。
しかし誠一は、その事を感じさせないよう顔を真顔に戻した。
「君と会えて、弟の話を聞けただけでも、今日の価値はあったようだ。ありがとう、朝田君」
栄治が、
「どういたしまして」
と言うや否や、誠一が姿を消した。
栄治がマバタキする直前から動き始め、瞼を閉じている間に近くの電柱の裏に周り、そのまま路地裏へと入っていったのだ。
誠一は歩きながら、電柱がそばに来る場所を探していたのである。
(さすが、だな)
栄治は流れる冷や汗を拭い、雲の無い夜空を見上げた。
山小屋の1件から2日後。
諸川に呼ばれた栄治たちは、警察病院の個室の前に集められた。
栄治は病院内という事もあり、コートの背中側の裏に刀を隠していた。
彼がコートを着ているのには、こういう理由もあるのだ。
「今から、朝田君が運んだ少女と面会する。ただ、1つ注意事項がある」
「注意事項ですか?」
理央が首を傾げる。
「まず、彼女は身元を証明するものを持ってなかった。次に、ショックが大きかったのか、記憶喪失を患ってしまっている」
「つまり、彼女が何者か分からない……と?」
「その通りだ。花村君」
誠一と理央が顔を見合わせる。
「問題はここからだ。彼女は、自分を助けた者と合わせてくれと言って聞かないんだ」
その場の視線が、全て栄治に集まった。
「というワケだから、会ってもらうよ」
諸川を先頭に、栄治たちが病室に入る。
名前も分からぬ少女は、真っ白なベッドに上体を起こした状態で座り、窓の外をボーッと眺めていた。
儚げで、絵になっているが……
「あっ!」
少女が、振り返った。目を爛々《らんらん》とさせ、声も嬉々《きき》とした調子である。
「来てくれたのですね! どうでしたか? きっとわたし、こういうシチュに憧れていたのです」
少女は、ずっと栄治から目を離さない。
(……?)
栄治たちは、困惑していた。当然である。
「まさか、こんなキャラだったとは」というのが、総意であった。
「どうかなさいました?」
ベッドから降り、軽い歩調で栄治に駆け寄った少女が、彼の右手を両手で優しく包み込む。
「あなたが助けて下さったのでしょう?」
改めて聞いてみると、少女は美声だ。澄んだ小川のような声である。
同性の理央を持ってしても、思わず聞き入ったほどだった。
「ミナ君。まだ寝ていないと」
「ミナ? その娘の身元は分かってないのでは?」
「仮の呼び名がいるだろう? 未詳の名前でミナ。漢字は変えて、『美しいからなし」だ」
「からなし?」
「奈良の奈ですよ」
「へー。よく知ってるね。誠一くん」
「俺の名字と同じ読み方で、奈の俗字を使ったのがあるんです。それで、たまたま知っていました」
諸川は、イタズラが失敗した悪童のような顔になった。
「はぁ……せっかく辞書を引いたってのに」
「運が悪かったですね」
「まったくだ」
芝居めいて首を振る諸川の視線の先で、美奈に手を掴まれたまま栄治が固まっていた。
栄治を病室に残し、他の3人は一度外へ出る運びとなった。
3人は今、病院の外周にあるベンチに座っている。
「どうするんです? 美奈ちゃんのこと」
「しばらくは病院に滞在させるが、その後については未定だ」
理央の質問に、缶コーヒーを片手に持った諸川が答える。
「それと、山小屋で死んでいたヤツらの解剖が終わった。急ピッチとはいえ秘密裏に行ったから、2体しか終わってないがね」
諸川が胸元からメモを取り出す。
「その結果、指紋やDNAは警察に保管されてないことが分かった。前科なしってワケだ」
溜息混じりに諸川が言う。額にも手を当てて、頭が痛いとでも言いたげだ。
「生け捕りにしたヤツは?」
「尋問中だが、口を割らない。というより、喋れないらしい」
「喋れない? 発声障碍ですか?」
「そうらしい。私も尋問には係われなくてね。詳細は後日回ってくるハズだ」
誠一と諸川の会話を、理央は静かに聞いていた。
「敵は黙っていたのではなく、もともと声を出せなかったのか?」
誠一が呟く。
「ありえるな。発生障碍は、精神的な面の影響も大きい。解剖されても、その特徴に気付けない……」
諸川が続ける。
「となると、不可解なのは、そういった人間で部隊を編成していた理由ですね」
「情報を漏らさないため、というのは安直すぎます?」
「意外とシンプルな答えかも、ですよ。上野さん」
「理央でいいよ。誠一くん」
若人の遣り取りを横目に見つつ、諸川がベンチを立った。
「私は病室の様子を見てくる。君たちは帰ってくれてもいい」
「分かりました。ああ、そうだ。諸川さん」
「何かな?」
「サクラとチョウメン、用意できますか?」
「時間はかかるが、可能だ」
「なら、お願いします。多分、これから役に立つと思うので」
「君に頼まれなくても、用意するつもりだったよ。花村君」
「抜け目ないですね。諸川さん」
誠一が諸川にソレを頼んだという事は、誠一がこのチームで仕事を続けるという意思の表れでもあった。
それは、理央も感じ取っていて……ホッとしたのである。
これからも、誠一との関係が途切れないと分かったゆえに。
そう。彼らと百足の会の戦いは、始まったばかりなのである。
「朝田君にも後で伝えるが……人員の補充は、私に一任される事になった。もし、いい候補がいれば、教えてくれ」
諸川が、誠一と理央に背を向けながら言う。
「候補は……武装人の方がいいですか?」
「どうして?」
「竜崎・正木・三谷……彼らは決して弱くはないが、突出した才能も無い。むしろ周りと不和を起こす質で、それぞれの所属先で厄介者だった」
目つきを鋭くさせた誠一が、推理を語る。
「あなたはわざと彼らを集め、頃合いを見て排除させるつもりだった。力不足により、自然と斃されるように。チームワークを培う前に山小屋を強襲させたのも、それが目的だ」
諸川の足は止まっている。
「警察も軍も係わらない、法律上は民間人である武装人だけで組んだ部隊……それが、あなたの狙いでしょう? 諸川さん」
「面白い話だ。だが、彼らだけが死んだのは、都合が良すぎないかね。それも、最初のミッションで」
両手を挙げた諸川が、誠一の方へ振り返った。
「やれやれ」、と言いたげである。
「君の推理力に関しては、見込み違いだったかな? 花村君」
そう言った諸川が、病院の玄関の方へ歩いていく。
湿った空気が、雨の気配を運んできていた。
「……降る前に帰りましょうか。理央さん」
「ええ、誠一くん」
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