小刀/白鞘 五
時は遡り、数分前。
栄治が、誠一の姿を見失った時である。
(急がないと)
誠一は走り、来た道を戻っていた。
(敵は、俺たちを挟み撃ちするつもりだ)
という誠一の考えは、あながち間違ってはいなかった。
事実、今この瞬間も諸川と理央に危険が迫っていた。
ここで疑問がある。なぜ誠一は、無線でその事を知らせず、自分の足を使っているのだろうか。
その答えは、このチームが出来たばかりだからである。
無線は全員に聞こえるため、不用意に知らせれば、竜崎らにも混乱を齎す虞があったのだ。
結果論ではあるが、誠一が無線を使わなかった事により、栄治が竜崎たちの援護をした。
仮に栄治が窓ガラスを割って山小屋に入らなければ、竜崎たちはさらに早く殺され、栄治は長髪の男に加えて5人の敵を相手しなければならなかった。
つまり、誠一の判断は間違っていなかったのである。
「諸川さん! 上野さん!」
斜面を駆け下り、車道へ出つつ、誠一が叫ぶ。
「花村君?」
諸川が、怪訝な顔をしている。
「何かあったか?」
「もうすぐ襲撃されます。備えて下さい」
「なに?」
「それから、無線は使わないように。その余裕も、ないかもしれませんが」
キュルキュル……
(スキール音……)
誠一が、暗闇に閉ざされた道、そのカーブの奥を睨んだ。
スキール音とは、車などのタイヤが路面と激しく擦れる際に発生する音のこと。
そう。今まさに、カーブの奥から車輌がやってきているのである。
「諸川さん。上野さんを連れて、車を移動させて下さい。ヤツらの狙いは、我々の足です」
「逃げられなくして、全滅を狙うつもりか」
「敵が来ます。急いで」
「誠一くんはどうするの?」
「ここで迎え撃ちます」
誠一の目つきが、鋭くなっていた。まるで人が変わったようである。
(カッコイイ……?)
理央は、先ほど抱いたのとは逆の感想に戸惑っていた。
(これは、ギャップ萌え⁉︎)
赤くなる顔を押さえ、理央が誠一を見つめる。
「さあ、上野さんも車に乗って」
「せ、誠一くん」
心配する理央をアルファードに乗せ、誠一がスーツのジャケットを開いた。
「任せたぞ。花村君」
「ええ。It's my business. 私の仕事ですから」
諸川が、車を発進させる。
誠一はそのエンジン音を背に受け、ジャケットの内側からグロック19を引き抜き。その延長された銃身に手早く減音器を取り付ける。
(さて、と)
減音器の固定を確認した誠一が、人差し指で眉掻く。
これは、困った時やバツの悪い時に無意識に出てしまう誠一の癖である。
(もう少し、隠しておくつもりだったが――仕方ないな)
ヘッドライト消した車が、誠一の目の前に停まった。
黒のレクサス・IS。国産のスポーツセダン車だ。
「そのまま轢けば良かったのに」
誠一がそう言った。車の中から返事はない。
その代わり、車の全ドアが開き、中から4人の黒衣のような恰好をした人間が降りてきた。
(男が3人で、女が1人。武器は全員ナイフ。音が鳴らないよう、銃は使わないつもりか)
誠一の分析通り、黒衣たちは銃を使わずに戦うつもりのようだ。
パシュッ……
誠一が、何の躊躇いもなくグロックのトリガーを引いた。
銃口から飛び出した銃弾が、敵の1人の額を貫く。
(動揺しないか。よく訓練されている)
仲間が殺られたというのに、黒衣たちは一言も発さない。
(冷静とは違う。もっと、人間味のない……不気味な何か……)
スライドを引いて、誠一が薬室から空薬莢を排出、次弾を装填する。
その隙に、と敵が一斉に誠一へ襲いかかった。
誠一は慌てる事なく、横に転がり飛び、攻撃を躱す。そこへすかさず、女の黒衣が追い討ちをかけた。
立ち上がりざまに、誠一が迫る女の胸の中心めがけて撃つ。
ところが、女はよろめいただけで倒れなかった。
(防弾性のあるモノを着込んでいる。だったら――)
女がナイフを突き出すのに合わせ、誠一が跳び上がった。
高さにして2mほど。ちょうど、女を跳び越えられる高さである。
誠一は女の頭上に達すると、前方宙返りをしつつ女を跳び越え――
――着地の寸前、女の後ろ首、うなじに小柄と呼ばれる小刀を刺した。
カクンッ、と女が膝から崩れ落ちる。
誠一は女から小刀を引き抜くと、既に再装填を済ませていたグロックを構えた。
一陣の風が吹く。木々の葉が擦れる音に紛れて、グロックの発砲音が小さく鳴った。