小刀/白鞘 四
「……がっ」
竜崎が脱力した。死んだのだ。
「よくもまあ、俺の生徒を殺してくれたな」
竜崎の体を地面に転がし、日本刀を携えた1人の男が姿を現した。長髪を後ろで括った男である。
他の敵と同じく黒衣のような服を着ていて、顔の下半分を黒い布で隠している。
「気を付けろ。私の盾を斬ったのはヤツだ」
腹の傷を押さえつつ、三谷が上半分だけになった盾を構える。銃――MP5は戦闘の途中で紛失したらしい。
長髪の男がニヤリと嗤い、駆けた。上段から三谷を斬るつもりである。
栄治は、その動きに反応していた。対して、三谷の判断は間違っていた。
腹に傷を負っているにも拘わらず、自分から敵に向かっていったのである。年少の栄治を護ろうとしたのだ。
振り下ろされた刀を、三谷は盾で受け止めた。しかし、三谷は首を斬られていた。
不可解な事であった。傍から見ていた栄治にも、何が起こったのか理解できなかった。
「むっ」
暗闇に火花が散った。長髪の男が、何かを斬ったのである。
何を斬ったのか。それは、銃弾であった。
「朝田君。ソイツはESPだ」
木の陰から出てきたのは、誠一だった。
誠一は、グロック19という拳銃を握っていた。
そのグロックには、一般的なものより短い減音器と、ドットサイトが付けられている。B&T・ハッシュパピーというキットを使ったカスタムがなされているのである。
「花村さん!」
「俺が動きを止める。隙を見て、仕留めろ」
誠一が、グロックのスライドを引いた。
竜崎や正木が使っていたオートマチック拳銃では、銃弾を撃った後の空薬莢は自動的に排莢され、同時に次弾が装填される。
通常のグロックであれば同じように動作するのであるが、誠一のグロックにはスライドをロックする機能があった。
この機能により、手動で排莢と次弾装填を行わなければならないが、代わりに薬莢をその場に残さずに済むのである。
一長一短。メリットとデメリットは表裏一体なのだ。
「伏兵か」
長髪の男がそう呟き、刀を上段に構え直す。
三谷の体が地面に倒れ、栄治の目にも男の全体像が映るようになった。
右上段に構えられた刀とは別に、鏡写しのように左上段に刀が浮いていたのである。
(超能力者……サイコキネシスか)
栄治も、その存在は知っていた。ただ、このように対峙したのは初めてである。
パシュッ……
耳を澄まさなければ聞こえない音量で、銃弾が発射された。誠一が射撃したのである。
誠一は亜音速弾と呼ばれる特殊な弾を使って、銃弾の速度がマッハに達する際の音すら消しているらしい。
同じく減音器が付けられていた竜崎の銃の発砲音が聞こえ、誠一の銃の発砲音が聞こえなかったのは、そういう理由である。
「チッ……」
長髪の男が、刀で銃弾を振り払う。
超能力に加え、剣の腕も達人級……恐ろしい相手である。
(この勝負、長引く)
栄治と長髪の男は、共にそう感じていた。
彼らの剣術は、高いレベルで拮抗している。だが、超能力という一点が、栄治よりも長髪の男を優位に立たせていた。
しかし、その一点も、誠一の援護により無に帰しているのである。
つまり、膠着状態なのだ。
(先に拳銃を殺るか?)
長髪の男がそう考えたタイミングで、誠一がグロックのトリガーを引いた。
(やはり、あちらの方が厄介だ)
刀で銃弾を弾いた長髪の男は、誠一から狙うよう決めた。
その狙いを看破したのか、誠一が予想外の動きを取った。長髪の男へ向けて、一目散に近付いたのである。
「……来いッ」
男は、誠一が近付いてくるのを、
(むしろ、好都合ッ)
と考えた。
だがしかし……
「朝田君!」
「はい! 花村さん!」
別方向から、栄治が迫っていたのである。
直角に交わるような角度で、2つの方向から誠一と栄治が長髪の男へ攻撃を仕掛ける。
これには長髪の男も、面を食らった
(ならば、1人ずつ刀で捌いてやるッ)
そう。長髪の男には、刀が2つある。
誠一と栄治、片方を手で握る刀で斬り、もう片方は超能力で操る刀で斬ればいい。それが、この男の勝算であった。
「たァ!」
長髪の男が誠一に袈裟斬りを浴びせるが、誠一は紙一重で避けた。さらに避けざま、銃弾を男の太ももに撃ち込んだ。
さすがに長髪の男も、只者ではない。誠一の射撃を読み、足を僅かに動かして銃弾を回避していた。
超人同士の読み合いと攻防である。
「ハッ!」
一連の動作が終わるまさにその時、栄治が横一文字に斬りかかった。
長髪の男は、栄治に対して横を向いている。勝負あり――かと思われたが……
栄治の斬撃は、超能力で動く刀で受けられていた。長髪の男の作戦通りである。
「そのまま押せ!」
誠一の指示に従い、栄治が鍔迫り合いを始めた。
宙に浮く刀との斬り結び。世にも奇妙な光景である。
次の瞬間、長髪の男が腹から折れ曲がった。
誠一が左拳で、殴りつけたのだ。
「ぐっ……」
誠一の一撃は凄まじい威力を帯びていた。
拳の速度は、時速にして70㎞に達していた。常人の技ではない。
「今だッ」
「しまった……っ」
誠一の拳を受け、長髪の男は超能力を弱めてしまっていた。
栄治はその隙を逃さず、左手に持っていた鞘を捨て、両手で素早く刀を握り直した。
(最大出力だッ)
一瞬の出来事であった。
栄治は全身に力を籠めると、左から右へ宙に浮く刀を弾き飛ばし、返す刀で男の喉を斬り裂いた。
「惜しい……逸材……」
最期の言葉と共に、長髪の男が苔生した地面に倒れ込む。
「見事だ」
鞘を拾い上げた誠一が、栄治へ手渡しながら言った。
「ありがとうございます。花村さんのサポートがなければ、斃せませんでした」
「世辞はよせ。それよりも、山小屋の中を確認するぞ」