小刀/白鞘 二
黒い大型ミニバン――トヨタ・アルファード――に乗った誠一らは、諸川の運転によって有楽町から西へ移動していた。
車に乗っているのは、由美を除いた全メンバーである。
運転席に諸川、助手席に正木、2列目に竜崎と三谷、3列目に栄治・理央・誠一という席順である。
「どこへ向かってるんだ?」
という竜崎の問いに、
「高尾山だ」
諸川は端的に返した。
「そこに、何があるんです?」
「私も気になります」
正木と理央が訊く。
「山小屋だ。とある組織の息が掛かった……な」
竜崎がニヤリと笑う。俯いていた三谷も顔を上げた。
「その組織の名は、『百足の会』」
その名前に、諸川以外は聞き覚えがなかった。
「百足の会は、複数の暗殺者を飼う組織だ。つい最近まで目立った動きもなく、その存在は浮上してこなかった」
諸川が話を続ける。
「表沙汰になっていないが、1ヶ月前に暗殺者が捕らえられた。その者の口から出たのが――」
「百足の会」
ぼそり、と栄治が言った。
「推察の域を出ませんが……百足の会というのは、暗殺者たちの斡旋業者ではないのですか?」
「その通りだ。花村君」
車内でずっと黙っていた誠一が、手を挙げつつ言う。
「それで、俺たちは何をすればいい?」
「強襲だ」
「山小屋を、ですか?」
「そうだ。山小屋に、何人かの暗殺者が待機しているという情報も引き出された。我々のミッションは、それを確認しに行く事だ」
諸川の言葉に眉を顰めたのは、竜崎と三谷だった。
「俺たちは斥候役かよ」
「情報が間違っていれば撤退、合っていれば強襲。便利な駒だ」
竜崎に続き、無口なはずの三谷も、
(思わず)
という風に口を開いた。
「そう言わないでくれ。私も上から命じられたんだ。それに、強襲が成功すれば、このチームは正式に認められる」
三谷は閉口したものの、竜崎は納得がいかない様子である。
一方、正木は便利な駒という扱いに諦めを抱いていた。
(僕はどうせ、爪弾き者だしね)
正木という男、複数の女性と関係を持ち、同僚たちからも煙たがられていた。
それでも、
(女性は人生の彩り)
という考えを捨てない、ある意味では芯の通った人物であった。
「難しい話はやめて、単純に考えましょうよ。ミッションを達成したら、私たちの懐にお金が入ってくる。そういう事でしょ?」
理央が明るい口調で言う。車内のムードを変えようとしたのだ。
決して、彼女が一連の話を理解できていなかったわけではない。理解した上で場を和ませたのである。
「上野君の言う通り。私も含め、君たちは与えられた仕事をこなせばいい。単純明快な話だ」
諸川がそう締めると、他の面々は誰も喋らなくなった。
「なんだか、みんな怖い雰囲気だね。誠一くん」
そんな中、ヒソヒソ、と理央が誠一に耳打ちをした。
理央は、おとなしそうな誠一に好感を持っていた。みなの前では名乗っていない、下の名前を聞き出すくらいには。
実は、これまで理央にちゃんとした恋人はいなかった。仕事上、一歩手前まで行った男はいたが、あくまで手前止まりだった。
今年で23歳になる理央としては、
(そろそろ恋人が欲しい)
のである。
その候補として、誠一はちょうど良かった。特に、マジメそうな点が理央の心を掴んだのだ。
(成人しているようだし、未成年淫行にも引っかからない)
という点も、恋人候補にした理由の1つであるようだが。
「そうですね。みなさん、緊張しているんでしょうか」
自身の方が緊張していそうな声で、誠一が理央に耳打ちを返す。
その様子が、理央の目には、
(カワイイ……)
そう映ったようである。
もしも誠一が、年上である理央と会話する事にドギマギとしているなら、彼女にとっては嬉しい事であった。
(……)
そのような会話が繰り広げられる横で、栄治はただ静かに瞑想している。
理央と誠一の声を鬱陶しがっているのではない。戦いに赴く前の、ルーティンなだけである。
それはつまり、栄治が戦いを予感している事を示していた。