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首斬りの鬼  作者: 青梅薄荷
11/11

科学の弓/透明の矢 四

 荻野モエの自宅は、とある住宅街にある小さな一軒家である。今は、モエの母親が1人で家族の帰りを待っている状態であった。


 一方、モエ自身はというと、所属しているインターカレッジサークルの集まりからの帰宅中で、最寄り駅から自宅までの夜道を歩いていた。民家が立ち並び、人通りも少ない路地である。

 勿論もちろん、モエの横には護衛のクレハがいる。


 突然、彼女たちが歩く前方の電柱のかげから、ぬっ、と黒いものが伸びた。それは、黒い服の袖と、消音器(サプレッサー)の付いた黒い銃であった。

 常人なら、気付かなかったかもしれない。事実、モエは異常事態であるとは露とも思っていなかった。しかし、クレハは別である。いち早く()の存在に気付き、モエの頭を下げさせた。

 乾いた銃声が小さく鳴り、ほんの1秒前までモエの頭があった場所を、フルメタルジャケットの銃弾が通過していく。


「走って!」


 クレハがモエの手を引き、すぐ近くの十字路の角へ身を飛び込ませた。


(危ないところだった……)


 クレハとモエが追撃されなかったのは、敵を牽制けんせいしている者がいたからであった。

 肩に提げているトランクケースに手を伸ばしたクレハが、先ほどまで自分がいた路地に目を向ける。

 そこには、街灯の光を銀縁のメガネに反射させている誠一がいた。誠一は、静かに2人の後ろをついて歩いていたのである。


 拳銃(グロック19)を構える誠一は、電柱の陰にいる敵と睨み合っていた。敵が撃てば、誠一も撃つ。そういう状況であった。

 誠一が、わずかに体を動かした。敵が、電柱の後ろから身を現したからである。

 その敵は、黒いソフトハットを被り、黒のスーツに赤いシャツと白いネクタイという出で立ちの男だった。

 男の手に握られている銃も、全貌が明らかとなった。木製のストックが装着させられたコルト・ガバメントである。


「誰だ? といても、答えないか」


 そう言った誠一めがけて、黒い影が襲いかかった。

 その者はフード付きの黒いパーカーを着て、近くの民家の庭に生えている細い木の上に身を隠していた。顔はフードに隠れているが、体つきからして男のようである。

 ギラリ、と青光りする大型のナイフを持つその男の左二の腕に、矢が突き刺さった。

 ただの矢ではない。透明の矢(・・・・)である。


「助かったよ。長谷沢さん」

「ふんっ……自分でどうともでもできたクセに」


 誠一と言葉を交わすクレハの手には、コンパウンド・ボウ――滑車を活用した現代的な弓で、旧来の弓の2倍以上の威力で矢を放てる――が握られている。

 先ほど矢を放ったのは、クレハなのであった。


「2対2……悪くない状況だ」

「どっちがどっちの相手をするの?」

「ナイフは任せよう。あのハット帽の男、君だけでは手に負えない」


 誠一とハット帽の男は、一言で表せば我慢比べをしている状況である。

 下手へたに撃てば、銃弾を避けられ、反撃の一射を浴びる事となる。そうであるからと、どこかへ隠れようとすれば、背中に鉛玉を埋め込む事になる。ゆえに、2人とも動きを止めていた。


 一方、クレハとフードを被った男には動きがあった。

 男が氷の矢をそのままにして、ナイフを持ち直し、クレハへと斬りかかったのである。

 矢を抜かなかったのは出血を抑えるためであり、斬りかかったのは弓を引く隙を与えないためであった。

 しかし、クレハも只者ではない。ナイフを持つ男の右腕をコンパウンド・ボウのリム――滑車と持ち手の間にあるパーツ――で受け止め、男の左太腿(ふともも)へ自らの手で直接(・・)氷の矢を突き立てた。


「ぐあ……」


 男が小さくうめき声を上げる。同時にハット帽の男の手元で、光がはじけた。銃を発砲する際に発生する、マズルフラッシュと呼ばれる光だ。つまり、ハット帽の男が発砲したのである。

 マズルフラッシュは、誠一の手元でも生じていた。両者が放った銃弾が、空中でれ違う。

 誠一の弾丸は、ハット帽の男の帽子をね上げた。対して、ハット帽の男の弾丸は、フードを被った男の額に風穴を開けた。


「え?」


 クレハの口から、疑問の声が漏れる。


(足手まといと判断して、口を封じたか)


 帽子を拾い上げて逃げるハット帽の男。その後ろ姿を見送りながら、誠一はそう考えた。


「追わないと!」

「いや、護衛対象(マルタイ)の退避を優先すべきだ」


 誠一は無線機を使って事のあらましを諸川に報告し、クレハと共にモエを彼女の家まで護送した。

 その後、諸川たちと合流するまで誠一とクレハが警護を続けたが、遂に誰からの襲撃も起こらなかった。





 ハット帽の男との戦闘から、1日経った夕方。誠一たちは、カフェバー『Kanzashi(かんざし)』に集まっていた。


「杉田を問い詰めたら、簡単に吐いた」


 諸川が言う。


「ヤツが荻野モエを付け狙っていたのは、彼女に『隠し金庫の場所』と『薬の密売場所』を話したと思い込んで(・・・・・)いたからだった」


 隠し金庫とは、廃工場のガラクタの中に隠されていたあの金庫である。では、薬の密売場所とは何だろうか。


「どうやら杉田は、つるんでいた不良たちから違法ドラッグを売っている場所を聞いていたらしい。しかも、その薬にはヤクザが絡んでいた」

「じゃあ、杉田は荻野さんに、それを教えてしまっていたワケですか?」


 Kanzashi(かんざし)のオーナー山本由美が淹れたコーヒーを片手に、理央がいた。


「よくよく荻野モエに思い出してもらうと、一度だけ杉田が彼女の前で酔い潰れた事があったそうだ。その際に、いま言った2つの事が話題に上がった。荻野君は、信じていなかったようだが……」

「じゃあ、杉田はそれらを警察に報告されるのを嫌がったんだ」

「そういう事になる」


 蓋を開けてみれば、単純で馬鹿らしい理由である。しかしながら、世の中の大半は単純で馬鹿らしい理由で動いているものだ。


「そうすると、余計にハット帽の男たちが謎だ。アイツら、明らかにプロ(・・)だった」


 口を挟んだのは、今日初めてKanzashiを訪れたクレハである。


「俺もそこが気になったから、海外の知り合いに尋ねてみた。意外と早く、ヤツの正体が割れたよ」


 クレハの言葉に、誠一が反応した。

 誠一は、ハット帽の男の顔を目にしていた。口髭くちひげのある30代の日本人の男、それが誠一の見た顔であった。

 顔とハット帽、それから派手なスーツ姿、それらの情報を元にして、誠一は何人かの知人にさらなる情報を求めたのである。


「イタリアで、マフィアの用心棒兼暗殺者(ヒットマン)をしていた日本人がいた。トレードマークはハット帽と、木製のストックが付いたコルト・ガバメント。名前は……スドウ」

「スドウか。漢字は?」


 諸川が訊いた。


「そこまでは。なにせ、相手は漢字に詳しくないですから」

「海外の人だもんねー。仕方ないか」


 と、理央がコーヒーをすすりながら言った。


「しかし、そのスドウが日本にいるというのが引っかかりますね」

「そこだ、朝田君。俺が聞いたところによると、スドウが用心棒をしていたマフィアは、内部抗争の果てに崩壊したらしい。そこでヤツは、日本に帰ってきて似たような(・・・・・)仕事を始めた」

「……ヤクザですか?」


 栄治の問いかけに、誠一が首肯しゅこうで答える。すかさず、諸川も口を開いた。


「杉田から荻野モエに薬の密売ルートが漏れたと見做みなして、スドウを仕向けたのか。よほど大事なシノギだと見える。よし、マル暴の刑事に荻野家を見守らせよう。早速、連絡を入れてくるよ」


 諸川が、携帯の画面をタップしながら厨房に入った。

 マル暴とは、暴力団を対象とする警察内の組織の通称である。


「長谷沢さん、君はどうする? 俺たちに加わるのか?」


 諸川が厨房に入ったのち、誠一がクレハに声を掛けた。


「……本当は、モエさんの警護を続けたいところだけど……マル暴が出てくるなら、お役御免かな。報酬もいいし。彼女とは、プライベート(・・・・・・)で付き合う事にするよ」


 口角を上げたクレハの言葉に、栄治だけがいつもの仏頂面ぶっちょうづらを崩して苦い表情をしていた。


「これからしばらく、厄介になるから。よろしく。理央さんも、仲良くしようね」


 理央の肩に手を回したクレハに、その場にいる全員が冷ややかな目線を向けたのであった。


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