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首斬りの鬼  作者: 青梅薄荷
1/11

小刀/白鞘 一

小刀こづか白鞘しらさや


 4月も終盤に差し掛かった頃である。昼間の羽田空港に、とある青年が降り立った。

 名前を花村誠一(はなむらせいいち)と言い、銀縁ぎんぶちのメガネを掛け、スーツを身に付けている。

 年齢は20歳、背丈は170㎝ほど。目に掛かる長さの黒髪を軽く上げ、斜めに流している。

 特段、変わった点も見当たらない。

 顔つきは美形と言わずとも、俳優としてやっていけそうな具合だ。演技ができれば、助演者(バイプレイヤー)として重宝ちょうほうされるであろう。



 所変わって、東京の新木場駅。ホームで電車を待つ青年がいた。

 名前を朝田栄治(あさだえいじ)と言い、たくましく頑強がんきょうな体と鋭い眼光が、近寄りがたい雰囲気をただよわせている。

 年齢は17歳、背丈は185㎝ほど。眉毛に掛かる長さの黒髪をオールバックに整えている

 異様なのは、彼の手に白鞘の日本刀(・・・・・・)が握られているところだ。

 彼がブレザーの学生服(・・・)を着ているものだから、余計に異様である。



 この2人の共通点といえば、『二重で黒髪の日本人青年』という事くらいである。

 そんな彼らが出会うのは、3日後の事であった。





 春の末、初夏の気配を感じさせる湿気を含んだ空気が、夜の東京を包んでいる。

 有楽町に店を構える『Kanzashi(かんざし)』というカフェバーが、稼ぎ時にもかかわらず扉の鍵を締めていた。

 カーテンでさえぎられた窓からは、一切の光が漏れ出ていない。

 しかし、その中には計7人の男女が集まっていた。

 それぞれが離れた場所に座り、あるいは立って、黙ったまま何かを待っているようだ。


「まだ来ないのか? 最後の1人とやらは」


 30代前半の男が、沈黙を破った。

 その男は、苛立いらだった様子で太い腕を組んでいる。


「慌てず待ちなよ。竜崎さん」


 バーカウンターの奥に立つ40代を超えた肌の白い女が、竜崎と呼ばれた男をなだめた。

 この女の名前は、山本由美(やまもとゆみ)と言う。Kanzashiのオーナーである。

 長い黒髪をアップに結い上げているが、そのツヤのおかげか実年齢より若く見える。


「まだ1分も過ぎてない。そうカッカするな」

「山本さんが淹れてくれたコーヒーでも飲んで、ゆっくり待ちましょうよ」


 他のメンバー(・・・・)さとされ、竜崎は引き下がった。だが、目つきは人を射殺さんばかりだ。


(どんなヤツか知らないが、シメてやる)


 竜崎は、未だ見ぬ待ち人を殴りつけると決めたらしい。


「お待ちかねの人が来たようだよ」


 山本由美が、裏口の方を見て言った。

 正面の入り口は閉ざされたままだが、勝手口が客人を招き入れたのだ。


「遅れて申し訳ありません」


 腰の低い態度で店内に入ってきたのは、銀縁のメガネを掛けた青年――花村誠一であった。


「やっと来たか」


 竜崎が誠一に詰め寄る。


「まだガキじゃねェか」


 誠一が着るスーツの襟を掴もうと、竜崎が素早く手を伸ばした。

 しかし……


「話を始めよう」


 という声に阻まれる。

 竜崎は舌打ちをして、手近にあったイスに座った。


「まずは、改めて全員の紹介を行いたい」


 先ほどの声の主である男――年齢は40代後半。中肉中背で、灰色のスーツを着ており、丁寧に白髪染めされた髪を七三分けにしている――が、店全体を見回しながら言う。


「私は、警察庁から来た諸川(もろかわ)だ。形式上、このチームの仕切り役になる」


 手始めに、と諸川は自己紹介をした。

 続いて諸川は、


「そこに座るのが竜崎君。自衛官だ」


 と、竜崎のプロフィールを説明した。どうやら、1人ずつ順々に紹介していくつもりのようだ。


「補足すると、元陸自のレンジャーだ。よろしく」


 不満げに、竜崎が言った。

 陸上自衛隊のレンジャーとは、過酷を極める特別な訓練課程を経た者である。

 なるほど、どうりで竜崎の体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としている。いかにも強そう(・・・)なのだ。

 それに、迷彩柄の服にコンバットブーツという出で立ちなのも納得がいく。


「次に、正木(まさき)君。警視庁のSPだ」


 諸川が手で示したのは、紺色のスーツを着た20代半ばの青年であった。竜崎と比べると細身である。


「どうも〜」


 SP――セキュリティポリスは、要人警護を専門とする警察官を指す言葉。そうであるならば、正木は警察官という事になる。

 軽い調子で手を振った正木には、警察官らしい雰囲気はない。どちらかといえば、軽薄そうである。


「そして、奥にいるのが三谷(さんや)君」


 次に名前を呼ばれたのは、30歳前後の肩幅の広い男だ。

 三谷は深くうなずくだけで、声を出しはしなかった。

 実は、Kanzashiに着いてからというもの、三谷は一言も口を開いていない。無口なのだ。


「彼はSAT隊員で、正木君とは面識がある」


 SATというと、警察の特殊部隊である。

 彼が黒いツナギを着て、足元に金属製の大きな盾を置いているのは、そのためらしい。

 竜崎・正木・山谷の3人は、いずれも短髪である。職業柄、機能性を考えた髪型にしているのだ。


「それから、彼女が上野君」


 名前を呼ばれた若い()が、イスから立ち上がった。

 茶髪のショートカットがよく似合う、グラビア体型の女だ。


「そして、花村君」


 諸川は、上野の経歴を言わずして、誠一の名前を呼んだ。


「最後に、朝田君」


 これまた経歴が省かれた。


「いずれも、特武だ」


 その理由は、3人が同じ職に就いているからであった。

 『特別認定武装私人』。民間人という扱いでありながらも、特別に武装を許可された者たちである。諸川は『特武』と呼んだが、他にも『武装人』と略される。

 第二次世界大戦(WW2)後、確実に犯罪が増えると予想した日本とアメリカの活動家からの影響もあり、GHQは日本から完全には武力を奪わなかった。その結果生まれたのが、彼ら特武である。日本での制度化成功を受け、今では国際的なものとなっている。


「やっぱりな。ま、別にいい。特武だろうと何だろうと」


 竜崎が再び口を開いた。

 そろそろハッキリしたが、この男、口数が多いのだ。周りの人間が辟易へきえきしてしまうほどに。


「実力は確かなんでしょう?」


 正木が、諸川に向かってく。

 彼だけでなく、三谷も諸川を見ていた。諸川の口からどのような評価が出るのか、気になっている様子である。


「私が声を掛けたのだから、実力は確かだ」

「信じられねぇな」


 竜崎が噛みつく。正木と三谷も、口には出さないが、もっと具体的な情報を欲していた。


「朝田君は高校生ながら、警察よりも早く、単独で銀行強盗を鎮圧した実績がある」


 そんな言外の要求を汲み取ったか、諸川がそう言った。

 全員の視線が、白鞘の刀を持った青年に集まる。

 朝田栄治――新木場駅のホームにいた、あの青年である。その時と違うのは、制服の上から黒緑色のコートを羽織はおっている事だ。


「そのガキはまだいい。高校生ってのは気に入らねぇが、体もデカくて、武装もしている」


 栄治は、仁王立ちのまま竜崎をじっと見ている。仄暗ほのぐらい照明の光で浮かぶ栄治の顔は、気難しさを思わせる仏頂面ぶっちょうづらである。

 ゆえに竜崎も多少の圧を感じたようであるが、それでもけなすあたり、この男も口が減らない。


「しかし、だ。他の2人は、ちっとも強そうじゃねぇ」


 竜崎が、上野と誠一を指差した。


「ちょっと、どういう事ですか?」


 不満たらたらという風に、上野が頬を膨らませた。

 可愛らしいが色気も感じさせる、ちょうどいい塩梅あんばいの仕草である。


「本当の事だろ」

「まあまあ、竜崎さん。女性でないと入れない場所もありますし、チームに1人は必要ですよ」


 軽い調子で、正木が割って入った。


「えーっと、上野……」

理央りおです」

「理央ちゃんね。あんまり気を悪くしないで、仲良くやってこうよ」


 上野理央が、渋々といった様子で首を振った。ついでに、竜崎にはそっぽを向いた。

 しかし、竜崎にも片目を開いてアイコンタクトを送り、内心は許している事を伝えている。

 自分の魅力を理解し、効果的に使う動きである。


「ああッ、クソッ、認めてやる。ソイツはな」


 そんな彼女にほだされたか、竜崎が言った。


「それでも、コイツはどうなんだよ?」


 竜崎は、その場にいる全員に問いかけた。

 苦笑いをしたのは正木であった。三谷も視線を外している。

 諸川は目を閉じ、栄治は仏頂面を崩さない。

 由美はコーヒー豆を挽き、理央はこてんと首を傾げていた。


「見るからに一般人だ。戦いの役には立ちそうもない」


 竜崎が、誠一を見る。


「お前、何ができる?」

「語学が得意なので、通訳を」

「はっ! 言うに事欠いて、通訳だと?」


 誠一の返答を鼻で笑い、竜崎は目つきを鋭くした。


「ナメてんじゃねぇぞ」

「そこまでだ。早速だが、君たちには働いてもらわねばならない」


 今にも誠一へ手を出しそうであった竜崎を、諸川が止める。仕切り役も苦労するものだ。


「表に車を停めてある。武装は準備できているね?」


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