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秋桜学園合唱部 番外編~Road to USA~

作者: singspieler

さくら学院2019年度の4人をモデルにした短編小説、番外編です。中高6年一貫の学校を舞台に、少し学年設定も変えているので、本編とは矛盾もありますが、あくまでパラレルワールドの物語としてお楽しみください。また、今回、少し百合要素が強くなっているので、そのあたりに抵抗がない方歓迎です。

~ココ~


秋桜学園合唱部スペシャルコンサート Road to USA 有沢南海先輩壮行会の開催について


秋桜学園合唱部 卒業生の皆様

三年生前部長の野島心音です。

まだまだ暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


この度、私たちの一年先輩である、有沢南海さんが、米国の大学へ留学されることとなりました。

お世話になった有沢先輩への感謝を込めて、壮行会という形で、開催できなかった先輩方の代の卒業記念公演を実施できないか、という思いから、現役部員や保護者の方々と議論を重ね、学校に理解も得て、ついに、来る8月31日、秋桜学園講堂にて、表題のスペシャルコンサートを開催できる運びとなりました。

まだコロナ感染状況は予断を許さない中、保護者の方々と卒業生だけをお招きする形の開催となります。


現役生によるコンクール課題曲などのステージに加え、卒業生との合同ステージでは、感染対策を考慮したうえで、松下耕「信じる」、坂本浩美「旅立ちの日に」を全員合唱したいと企画しておりますので、是非ご参加ください。


出席人数の把握と、合同合唱の際の各種注意事項確認のため、出欠および同行される保護者の方のお名前を合わせて、本メールの返信にてご連絡ください。


再び皆様と同じ空間で声を合わせるのを、高3元部員、現役部員ともども、心から楽しみにしております。


ご連絡をお待ちしております。



~サヤとカナ~


「モエから連絡あったの?」カナが言う。

「ない。」

答えてから、念のために、と思ってもう一回スマホを見る。ラインにもメールにもメッセージにも返事はない。ネットって便利だけど、いざつながらないとなったらこの不安感はなんだろう。

「ココにもまだ連絡ないって?」聞くと、カナは首を横に振った。「後輩に心配かけちゃダメだよなぁ。ココだって受験勉強そっちのけで走り回ってるんだからさぁ」頬っぺた膨らませながら、キャラメルマキアートをストローから吸い上げる。

「ミナミが黙って留学決めたのがショックだったんでしょ」チャイラテのカップについた露がゆっくり下に垂れていく。

「・・・なんで黙ってたの?」カナのストローがジュッって音を立てた。「あんなに仲良しだったのに。大学まで一緒でさ。」

「コロナもあったから、留学先が受け入れてくれるか分からなかったって。ダメ元で応募したら合格しちゃって、本人もびっくりだったらしいけど。」

「それでもさ、合格が決まったらすぐに連絡すればいいじゃん」カナが言う。

「・・・怖かったんじゃないかな」思わず言った。チャイラテの露がじりじり下がっていく。すぐ下の露と一緒になってしまえば、あっという間に底まで落ちて行ってしまうだろう。いやだいやだ、まだ落ちてしまうのはいやだ。

カナがこっちをじっと見ているのが分かる。なんとなく、あごに下げていたマスクを引き上げた。「怖かったって、何が?」

「色々さ」と言って、窓の外の人通りを眺める。店の前のスクランブル交差点の信号はまだ赤だ。向こうの角でこっちを見ているあの女の子たちは、懐かしい制服を身にまとって、なかなか変わらない信号に苛立っているような不機嫌な目をしてこっちをにらんでいる。駅から学校までの通学路ではスマホも禁じられているから、ネットの世界に逃げ込むこともできない。そんなに慌てて前に進まなくてもいいんだよって、今の私なら言っちゃうかもしれないな。赤信号で立ち止まってぼんやり空見上げたりするのもいいもんだよって。

「・・・やっぱりミナミは」カナがぼそっと呟いた。「逃げたくなったのかな。」

視線を戻すと、カナはうつむいて、つまんなそうにキャラメルマキアートのストローをぐるぐる回している。マスクを下げて、チャイラテのカップをつかむ。露が手のひらについてひんやり冷たい悲鳴を上げる。

「カナも逃げたくなることあったの?」

「私は現状に満足してますよ」カナが唇とがらせて言う。「サヤだって、4人はやっぱり最強だよねって言ってたじゃん。」

「あの時は浮かれてたんだよ」口に出してみれば、色んな感情沸いてくる。「あれだけ動画バズれば浮かれもするさ。」

「でも確かに、ミナミは複雑な顔してた気がするなぁ」カナがちょっと天井を仰いだ。

「ミナミだけじゃないさ」自分の中に沸いてきた感情が止まらない。「私だってちょっと不安だよ。このまま4人でチーム組んでやってっていいのかなって。なんか押し流されている感じするよなって。これが本当に、今、自分がやるべきことなのかなって。」

「SNSかSOSか」カナが呟く。「私は踊れる場所ができて嬉しかったけどさ。」

「今は発信するべき時期じゃないんじゃないか、とか、もっと学ばなきゃいけないことがあるんじゃないか、とか。」

「モエはどう思ってたんだろう。」

「モエはとにかく寂しがり屋だから。」

「ずっと4人でいたいんだよね。」

「さよならが耐えられないタイプだから。」

「・・・だからミナミは、モエに言うのが怖かったのかな。」

「多分ね」ちょっと苦笑いすると、カナもフッと小さく微笑む。「今のままじゃ将来が怖い。モエにお別れ言うのも怖い。今の場所から旅立つのも怖い。」

そうだなぁ、この感じなんだなぁ。カナといると本当に居心地がいい。言わなくても分かってくれる。言っても受け止めてくれる。この4人でいるときの居心地の良さ。でも居心地がいいから余計に、なんだか怖いんだ。このままでいいのかなって。もっともっと、世界は広いのに。

「私はミナミを応援したいんだよね」カナは言う。「別に、海の向こうに行ったって、ネットでつながってるしさ。これまで通り4人で動画制作だって続けられるし。」

「なにより、カッコいいよね」そういうと、カナは「そうそう」とブンブン頷く。「コロナに閉じ込められたままじゃないんだぞって、負けるもんかって思うよね。」

「ミナミも、そう思って挑戦したんだと思うんだ。4人の世界から逃げるんじゃない、4人で世界と戦うために、自分が外へ飛び出していくんだって。」

「モエも分かってあげればいいのに。」

「・・・分かってるんだと思うよ。」

「・・・そうか、そうだね。」

カナとまた、目を合わせて、しょうがないねって微笑む。分かってる。分かりすぎてる。私たち4人をつなぐ絆は半端なものじゃない。

「分かってるんだから、モエ、来るよね、コンサート。」

顔をあげて、カナの視線を受け止めた。不安そうな視線。多分私も同じような目をしてるんだろう。

「・・・分かってても」カナには適当な楽観論なんか言いたくない。

「受け入れるには時間がかかるかもしれない。」

カナはうつむいて、ふっと息を吐いた。窓の外に目をやると、スクランブル交差点の上空に、小さな白い機体が飛び去って行くのが見える。



~綾とミナミ~


飛行場から飛び立ったプロペラ機が真っ白い雲の峰に向かってぐんぐん上昇していくのを眺めていたら、道の向こうから爆音が聞こえた。熱気でゆらゆら揺れる黒いライダースーツ。仮面ライダーの登場シーンみたい。このクソ暑いのにやっぱりバイクでくるんだ、綾ちゃんらしいなぁ、って思ったら、なんでか涙出てきて止まらなくなった。綾ちゃんがバイク止めて駆け寄ってきて、ぎゅって抱きしめてくれるまで、ずっと泣いてた。なんか久しぶりに思いっきり涙流した気がした。身体の中にたまってた真っ黒なものや灰色のものが、いっぱい身体の外に流れ出ていく気がした。

「ここ、いいねぇ」綾ちゃんが公園の中の丘を登りながら言う。ライダージャケットを腰に巻き付けて、Tシャツ一枚になって、ポカリがぶがぶ飲みながら、飛行場を見下ろして歓声を上げた。「すごい、開放感半端ないなぁ。」

「飛行機公園ってみんな呼んでるんです」ボソッと言った。「南の島に向かう定期便が出てます。」

「ミナミに向かう飛行機ですか」綾ちゃんがにっと笑う。

「・・・面白くないっす」ムスっと言った。

「ご機嫌悪いね」綾ちゃんが顔を近づけてくる。

「・・・マスクしてください。密っすよ。」

「マスクしてたらポカリも飲めない。身も心も乾いちゃいますよ。」

綾ちゃんが差し出したポカリを飲むと、上げた視線の端に小さな機体が旋回しているのが見える。南から帰ってきた飛行機かな。そろそろ着陸するのかな。ミナミの思いを乗せた飛行機。無事に着陸できるといいな。

「モエとは話はしたの?」綾ちゃんが言う。

「一度だけ」ポカリを返しながら言った。

「ちゃんと謝ったの?」

「謝ったんですけど」ベンチに並んで座った。上空の機体はまだ小さく頼りなく見える。「それはいいって。自分だって、ミナミの立場だったら言えないのは分かるよって。」

「じゃ、許してくれたんだ」綾ちゃんが額の汗を手の甲で拭く。「よかったじゃん。」

「でも、信じてもらえないんです。」

スマホの向こうで泣いてたモエの声。私じゃなくて、モエが謝ってた。何度も何度も。ごめんね、どうしても信じられないんだよ。2年間もミナミがそばにいないのに、ずっとチームでいられる自信がないんだよ。私が悪いんだよ。私が弱すぎるんだよ。ごめんね。

「そりゃ確かにモエちゃんの問題だねぇ」綾ちゃんが空を見上げて、上空の機体を見つけて歓声を上げた。もう少しすると着陸する所が見られますよって言ったら、満開の笑顔で手をたたいた。この人の笑顔はいいなぁ。どんなにこっちが辛くても、心の中に淀んだ思いをすうっと軽くしてくれる。

「モエちゃんの方は、モエちゃんに解決してもらうしかないとしてさ」綾ちゃんが笑顔のままで言った。「ミナミはモエちゃんとチームでいたいんだよね。」

「カナもサヤも、一緒にやろうって言ってくれてるんです。」

「カナとサヤじゃなくて」綾ちゃんがぴしゃっと言う。「ミナミはどう思ってるの?」

プロペラの響きが大きくなってきた。

「私は」下を向いた。

「聞こえないよ」綾ちゃんが言う。

「私はこのチームで」プロペラの響きに負けないように、声を張り上げた。「もっと沢山の人を笑顔にしたい。このチームで、モエが作る動画なら、もっと沢山の人を笑顔にできるって、信じてるから。」

北の空から、小さな機体が爆音を上げて緑の木々の上を舞い降りてくる。綾ちゃん先輩とその姿を見上げた。ふらふらと翼が揺れる。綾ちゃんが立ち上がる。タイヤが滑走路をがっつりつかんだ瞬間、エンジン音がひときわ大きくなって機体の速度がぐっと落ちる。

「カッコいいなぁ」綾ちゃんが言う。

「カッコいいですよね」ゆっくり地上旋回をする機体を眺めながら言った。

「違うよ」綾ちゃんが言う。「飛行機じゃなくて。」

振り返ると、綾ちゃんがまっすぐこっちを見ていた。優しい笑顔。

「ミナミはカッコいい。飛行機みたいにカッコいい。でも、カッコいいだけがミナミちゃんかな?」

「どういう意味ですか?」飛行機のエンジン音が次第に小さく、頼りなくなる。

「飛行機がカッコよく飛ぶのは、着陸する飛行場があるからだよね」綾ちゃんの笑顔は変わらない。「たどり着く場所、帰る場所があるから、飛行機は飛べるんだ。永遠に高い空の上を飛び続けている飛行機はないよ。

「ミナミちゃんの飛行場は」綾ちゃんがポカリを私の頬に押し当てる。ひんやり冷たい感触で、身体の熱がすうっと下がる感じがする。「どこかな?」

ミナミは、私がいない方が、きっと遠くに行けると思う。モエは泣きながらつぶやくように言った。違う。そうじゃない。

「私は飛べない」やだ、また涙出てきた。「モエがいないと、私、飛べない。」

「カッコ悪いなぁ」綾ちゃんがニヤニヤする。先輩のイジワル。でも涙止まらない。私の飛行場はモエだ。モエが私に力をくれる。モエの思いがなかったら、私の歌もない。世界に伝える声もない。

「カッコいいミナミちゃんだけじゃなくて、カッコ悪いミナミちゃんもひっくるめて、モエちゃんにしっかりぶつけてみなさいよ」言いながら、綾ちゃんはジャケットからスマホを出した。画面を眺めて、言う。「行くよ。」

「・・・行くって、どこに?」

「モエちゃんに、最高にカッコよくて、最高にカッコ悪くて、でも最高にカワイイミナミちゃんをぶつけに行きましょう。」

「・・・ぶつけて玉砕したら責任取ってくれるんですか?」

「私は責任なんか取りません」マスクを口元に戻しながら、綾ちゃんがシラっと言った。



~ゆり子とモエ~


川べりの公園には子供たちのはしゃぐ声が響いていた。うるさいよ。幸せそうに笑いやがって。こんなところで話をしようなんて、りこりん何考えてるのさ。話なんかしても無駄。言葉なんかいくら並べたって、どれも空っぽな音の連なりに過ぎない。私が欲しいのはそんなものじゃない。日差しが暑いし、ガキどもはうるさいし、投げかけられる言葉は全部虚ろな響きで、私の周りを覆ってるセミの鳴き声みたいに全然意味がなくて、ただひたすらに鬱陶しいだけ。

「私たちの動画をアメリカの友達に見せたんですって」裸足になって、公園の中に作られた人工の水流に、りこりんと二人並んで足を浸した。足の裏にあたるコンクリートの感触を味わう。「ダンスと音楽褒めてくれて、楽しそうに笑って感想言ってくれたんだって。」

「すごいねぇ」りこりんが目を丸くして言う。「ダンスと音楽に国境はないんだなぁ。」

「それで、ミナミが、歌ってる歌詞の言葉を英語に訳して伝えたんですよ。そしたら、その友達、泣き出しちゃったんだって。」

ダンサーも笑顔で、ピアノの音も軽快で、ミナミの歌声も明るかった。楽しい歌だと思った。可愛い女の子たちが楽しく集まってパフォーマンスしている、そんな動画だと思って普通に楽しんでた。

そんな辛い思いを込めた動画だとは思わなかった。叶わなかった夢や、奪われてしまった時間を超えて、それでも前を向こうって思いを、ミナミが教えてくれた。その後で動画を見たら、全然違って見えた。涙が止まらなくなった。私は一体何を見てたんだろうって。

「それで思ったんだって。私はモエの思いをもっと沢山の人に伝えたい。音楽とダンスだけでも十分強い力はあるけど、でも言葉にしないと伝わらないものもある。モエと一緒に作り上げるメッセージを、世界中の人に伝えることができるように、私は海を越えるんだって。」

「カッコいいじゃん」りこりんが言う。ちょっと涙声になっている。感激屋さんのりこりん。分かってる。ミナミはカッコいい。私なんかにはもったいないくらいカッコいいんだ。

「私はミナミが思ってるようなすごいクリエイターじゃないし。」

「そんなことないでしょ」りこりんが言う。「あなたたちの動画、どれもすごく面白いよ。泣けるところも笑えるところもあるし、すごくセンスいいと思う。」

「ミナミの声がいいんですよ」私は何をりこりんにぶつけてるんだろう。「カノのダンスも、サヤのピアノも素敵だけど、私は別に大したことしてない。」

「ミナミに置いていかれちゃうって思ったの?」りこりんが足でバシャバシャ水を跳ね飛ばしながら言った。

「それだけじゃないです」他にもいっぱい思った。けど、ひょっとしたら全部後付けなのかもしれない。一番最初にミナミの留学のことを聞かされた時、感じたのは真っ黒な恐怖だった。足元から無限の空間へすうっと落ちていくみたいな恐怖。その恐怖に何か名前を与えることができれば、少しは不安も和らぐのかもって思って、色んな言葉を探してはみるけど、でもどの言葉も恐怖の全部を語り尽くしてくれるわけじゃない。

「もっと単純なことなのかもね」りこりんが言う。「モエちゃんはただ、寂しいだけなのかもな。」

子供たちが水をはね散らかしながら、歓声を上げて駆け出していく。水しぶきが夏の日差しに輝く光が目に痛い。子供たちの声が耳に痛い。どうしてこんなに世界は輝いているんだろう。私の心は支えをなくして真っ暗な闇の中でもがいているのに。

「ミナミには、私は必要ない」口に出して言うと、また胸が苦しくなる。言葉って、本当に凶器だ。

「そんなこと、モエちゃんが決めることじゃないでしょう」リコりんが言う。遠くでバイクの爆音が聞こえる。

「何を信じたらいいのか分からないんです」リコりんの瞳。笑顔。リコりんの優しさ。それは全部信じられるのに、どうしてリコりんの言葉は私を支えてくれないんだろう。どんな言葉も信じられないのなら、誰の言葉も信じられないのなら、私は何が信じられるんだろう。

「モエが自分自身を信じないとダメなのかもね」リコりんが微笑む。バイクの爆音が近づいてくる。

「スマホ越しの言葉じゃなくて、ちゃんと顔を見て直接話してごらんな」リコりんが立ち上がった。濡れた素足がコンクリートの上で小さな生き物みたいに柔らかく並んでいる。肌に伝わる水の感触も、コンクリートの感触も、なんだか久しぶりだなってちょっと思った。



~ゆり子と綾と麻理~


ミナミがモエの手を引いて公園の先まで歩いていくのを、綾が追いかけようとするから、ライダージャケットの襟首つかんで引き戻した。「二人っきりにしてやりなよ。」

「リコは見たくないの?」綾がヘルメット外しながら暴れているけど、襟首は離さない。「二人仲直りさせるのに私たちがこんなに苦労してるのにさぁ。」

「私たちが見てたら余計にこじれるから」綾を土手の方に引きずった。

「どこ行くのさ?」

「土手の上。」

「なんで?」

「土手からならよく見える。」

「なんだ」綾が大人しくなる。「結局見たいんじゃん。」


「・・・なんか懐かしいね」綾が、ライダージャケットを腰に巻きながら言う。「後輩のお悩み相談で走り回ってさ。」

「頼ってくれるのがありがたいよね。」

「お待たせ~」土手の下から声がした。土手沿いの道路にジープラングラーが止まっていて、その助手席から麻里が顔を出して手を振っている。

「麻里がなんで?」綾が足元に置いたヘルメットを拾い上げながら言う。

「二人を学校に送っていかないとダメでしょ?私は自転車だし、綾はバイクだし」公園の端、川の流れを背にして向き合っているモエとミナミが見える。モエがミナミに背を向けている。ミナミが何か言っているみたいだ。そうじゃないんだよなぁ。ちゃんと向き合って、お互いの顔見て話さないと。

「麻里のお父さんの車、ジープだっけ?」綾が言う。

「麻里の大学のお友達の車だって。」

「お友達」綾が言う。「彼氏じゃなくて?」

「お友達」麻里がジープラングラーから降りて、運転席に向かって笑顔で手を振っているのが見える。「とても親切な、男の、お友達。」

「・・・さすが魔性」綾が呟く。

モエがミナミの方に向き直るのが見えた。そうそう。ちゃんと正面から向き合いなさい。

「どうなってる?」土手に上がってきた麻里が言った。

「お話合いの最中です」綾がヘルメットもてあそびながら言う。

「話してどうにかなるんですかね?」麻里が言う。

「そこなんだよなぁ」またモエが背中向けちゃった。やっぱり通じないかなぁ。

「言葉で分かってもらえないんだったら、身体で分からせるしかないよねぇ」綾が言う。「ひっぱたくとかさ。」

「暴力はダメでしょ」麻里が言う。「いっそさ、腰を抱いて引き寄せて、キスしちゃうとかどうよ。千の誓いがいるのか、万の誓いが欲しいのか。」

「命を懸けた言葉をもう一度言えというのか?愛している。オスカール!」

「いいよねぇベルばら。」

「・・・二人とも楽しんでるよね?」

「・・・なんか懐かしいね」麻里が言う。

「そうそう、いま私も言ってたんだ」綾が言う。「後輩の役職決めとかさ。三人で部室で頭抱えてさ。ずっと話し合ってたりしたことあったねぇ。」

「・・・考えてみたら、三人そろうの久しぶりじゃない?」三人で顔見合わせてちょっと笑った。

「不思議だねぇ」綾が言う。「全然離れてた気がしないよ。」

「ずっと一緒にいたみたい」麻里が言う。

「・・・ミナミって、何年留学するの?」

「2年くらいじゃないかなぁ。」

「たった2年で切れるような絆じゃないのにねぇ」麻里が言って、にっこり微笑む。そうだよ。ミナミ。モエ。あんた達が一番心柔らかい頃につないだ絆だ。そんなに簡単に断ち切れたりするもんか。

ミナミが、背中を向けているモエに歩み寄っていくのが見えた。両肩をつかんで、自分の方に振り向かせるのが見える。そうそう、ちょっと無理やりでも、ちゃんと目を見て話すんだよ。二人の後ろの川面がキラキラ輝いて眩しいくらいだ。ミナミの腕が、モエの腰をぐいっと自分に引き寄せる。

「・・・でぇ?」変な声出た。

綾が手にしていたヘルメットが足元に転がった。乾いた間抜けた音がした。

「・・・ほんとにベルばらしちゃった」麻里が呆然と呟いた。



~モエとミナミ~


ミナミの唇が私の唇に重なってる。腰に回された腕も、唇も、燃えるように熱い。私はモエがいないと飛べないんだ。モエがいないとダメなんだ。私を信じてよ。自分を信じてよ。海の向こうに離れても、例え1万キロ離れても、この熱を、このぬくもりを忘れないで。いくら言葉を並べても信じられないっていうのなら、私のこの体温をあなたの唇に刻み込むよ。一生、決して消えない傷跡を、あなたの身体に残してあげる。これが私の誓いだ。私の思いだ。


ミナミの熱がそっと離れた。顔を見るのが怖くて、額をミナミの胸に押し付けた。胸も燃えるように熱かった。遠くで、なんだか乾いた間抜けた音がしたなぁって、なんとなく思った。



~ユナとジュリ~


「本当に先輩達来るのかな?」ジュリの声が背中から聞こえる。ムカッとして振り返ると、私の剣幕に気づいたみたいに、ジュリが慌ててそっぽを向いた。

「先輩たちが来るかどうかより、自分の歌のこと心配しなさいな」とんがった声が出る。「直前リハでも間違ったでしょ?ばれてないと思ったら大間違いだからね」自分の中の苛立ちを妹にぶつける姉。よくないって分かってるけど、でもイライラするのは、私自身が不安だからだ。

大丈夫、絶対来るよって、ちょっと遅れてるだけだよって、先に到着したカナ先輩もサヤ先輩も笑って言ってくれたけど、ココ先輩は分かりやすく顔を引きつらせて、「在校生ステージのリハの前に、ちょっと正門に見に行ってくれないかな」って私に声かけてきた。カナ先輩とサヤ先輩が、時任先生と打ち合わせしているのを右目でみて飛び出して来たら、なんでかジュリがついてきた。まさか、在校生ステージのリハさぼる気じゃないよね。

「ちょっと様子見に来ただけだよ」ジュリが唇とがらして言う。

「嘘つけ」ぴしゃっと言った。「人気ユーチューバーのコスモスミナミちゃんに会いたいだけでしょうが。」

ジュリが舌を出した。正門近辺にうろうろしている在校生が、みんなミナミちゃん目当ての追っかけ連中に見えてくる。合唱部の関係者だけ、といくら限定しても、校内に噂が流れるのは止められない。カナ先輩とサヤ先輩が到着した時にも、黄色い声上げてた連中いたしなぁ。

「あと五分で講堂に戻りなよ。」

「・・・やっぱり在学中から、すごい先輩だったの?」ジュリが言う。

「・・・すごい先輩だと思ってたけど」正門から駅に続く道に、見覚えのある人影は見えない。「コロナになってからの方がカッコよかったかな。」

「演奏会できなかったのに?」

「演奏会もできなかった。卒業式もできなかった。」

でも、ミナミ先輩は泣かなかった。下級生がみんな泣いてたのに、カナ先輩も、サヤ先輩も、モエ先輩も、誰もみんなの前では泣かなかった。大丈夫、こんな日々にだって、何かしら意味はある。今できないことじゃなくて、今できることを、明日何をするかを、考えよう。

「・・・カッコいいなぁ」ジュリが言う。

「・・・カッコいいんだよ」呟くと、右手からバイクがふいに現れて、目の前に止まった。駅に向かう道だけ見てたから、完全に虚を突かれて棒立ちになる。「綾先輩!」

「久しぶり~」ヘルメットの下からボブカットの笑顔。「誰か待ってるの?」

「モエ先輩と、ミナミ先輩がまだ到着してなくて。」

「リハーサル終わっちゃった?」綾先輩がバイクを止めて、警備室に向かいながら言う。

「今、時任先生とカナ先輩とサヤ先輩が打ち合わせしてます」ジュリが言う。「その後、在校生ステージのリハーサルがあって、それから卒業生との合同ステージのリハーサルです。」

「じゃ、間に合ったな」綾先輩が警備室から駐車券を受け取って戻ってくる。「あんた達は講堂に行ってなさい。二人とも車でこっちに向かってる。多分、ゆり子が一番遅れると思う。あいつ、自転車で動いてるからさ。」

「はい!」ジュリが元気に返事をする。この子は先輩の前だとほんとにいい返事をするなぁ。

「あんた、ユナの妹?」綾先輩が言う。

「はい。ジュリって言います。よろしくお願いします」こいつ猫かぶりやがって。

「秋桜学園合唱部にようこそ」綾先輩がにっこりする。

「ありがとうね。絆つないでくれて。」

「麻野さん?」と、聞いたことがある声がして、正門を振り返ると、ベビーカーを押す西野先生の姿が見えた。綾先輩が歓声を上げる。西野先生の後ろ、正門の前に、ちょっと図体の大きい車がとまった。

「二人とも着いたね。麻里も乗ってる」綾先輩が言って、ぽん、と、私の頭に手を置いた。「頼りにしてるよ、ユナ。『信じる』と、『旅立ちの日に』。私も久しぶりだから、結構自信ないんだ。」

西野先生の押すベビーカーの中で、赤ちゃんの小さな笑顔が輝いているのが見える。なんだか嬉しくなってきちゃって、ジュリの手を取って、講堂に向かって駆け出した。見上げた空に、真っ白い飛行機雲がぐんぐん伸びていくのが見える。

「ようこそ、秋桜学園合唱部へ!」思わず声に出して、そう言っていた。


(終わり)

今でも妄想の中でさくら学院は生きていて、新しい転入生たち含め、輝いている天使たちを想像する日々です。そんな想像の中で生まれたヲタ物語、最後まで読んでくださってありがとうございました。

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