魔法が衰退したこの世界で
息抜きで書きました。一応短編ですが、なんだか続きそうな感じがします。
この世界には魔法がある。魔法というのは神様からの贈り物という認識がされており、使える人はみなから尊敬される。
「おはようございます。」
俺は今日も朝起きて両親に挨拶をする。
「ああ、おはよう。」
「おはよう。」
父さんも母さんも朝の農作業を終えてきたのか、疲れたという顔をしている。
「さあ、ご飯ができている。食べよう。」
今日の朝食はパン一切れと林檎半分。この林檎は自家産だ。強い酸味が襲ってくる。
「いってきます。」
簡素な朝食を食べ終え、俺は荷物を持ち家を出る。家と呼べるかは怪しく、所々穴が空いているが、一応家だ。会話は殆ど無い。いや、できない。俺たちは疲れ切っているからだ。
「……」
俺は下を向いたままトボトボ歩き、目的地へ向かう。
「よう!今日も殴りやすそうな顔してるな。」
目の前に現れたのは金髪の少年。俺と同い年で少し離れたところに住んでいるいじめっ子。といっても俺以外にはいい顔をする。
「っち、こいつ。まあいい。一発殴らせろ。」
俺は何も反応せず、ただ待つ。
「本当に面白くねえな。じゃ、いくぞー。」
俺の許可を得ないまま殴りに来る。
ガン
俺は右頬に痛みを感じる。流石に慣れるわけがない。この痛みには。
「っと、そろそろ時間だ。じゃあな!」
下衆な笑い声を出しながら走り去っていく。目的地は同じなのだが、俺と一緒に行くのは嫌らしい。
「……」
俺は歩き出す。先程よりも更に遅い速さで。既に涙というものは出てこない。
「おはようございます!」
「おう、おはよう。」
「おはようです!」
「おう、今日も元気がいいな。」
俺がたどり着いた先は大きな建物だ。表札には【王立学園リムジール分校】と記されている。リムジールというのはこの町の名前だ。この国の第二の都市。王立学園というのは本校が首都に置かれているこの国で最も高等な教育をしている学校の名前だ。俺はそこの最高学年である6年生として通っている。ちなみに学費は9割免除の成績だ。
「おはよう。今日もいい天気だな。」
校門の前で生徒に挨拶していた生徒指導部の先生が俺に挨拶をしてくる。
「……」
俺はそれにも答えずに学校に入る。先生はそれには触れずに他の生徒に挨拶を続ける。
ガラガラガラ
俺は自分の教室のドアを開ける。
「それでさぁ、昨日めっちゃ面白かったんだよね。」
「なにそれ、すげぇ!」
「ねえねえ、これ可愛くない?」
教室は既に俺以外の生徒がみんな揃っていて、騒がしかった。いや、音量的にもうるさいのだが、それ以上に風景がうるさかった。ぷかぷか浮く生徒、指の先から火を出す生徒、そもそも生徒がいないように見えるのに声が聞こえてくる場所。
「はあ。」
俺は朝以来に声を出しながら自席に座り、教科書を広げる。今広げているのは数学の教科書だ。しかし、全く集中できない。
「はあ。」
もう一度ため息をつく。何が魔法だ。なにが先天魔法だ。みなこれみよがしに俺に自慢してくる。向こうにその気がなくても俺は自慢されていると感じる。
「はあ。」
三度目のため息を着きながら俺の姿を見下ろす。足首、手首の先まである長ズボン、長袖。分厚い靴と手袋を常時している。夏でも冬でもだ。そして、首をすべて隠すようにマフラーをして頭にはローブをかぶり口元はマスクで隠している。右目には眼帯だ。完全に左目とその周辺しか見えていない。一見すればカッコつけのような見た目だが、これには事情がある。
「おはよう、ヴィクティム君。」
今朝、俺のことを殴った男が話しかけてくる。話し方はきれいになっており、周りでは女子が王子を見るような目で見つめている。客観的に見て美しい顔立ち。それに、
「あのヴィクティムに話しかけるなんて、なんて心優しい人なの。」
いわゆる嫌われものである俺に話しかけることで、性格までいいということになっている。
「……」
反応するのもめんどくさい。無視を決め込む。
「ふん。」
金髪の男は鼻を鳴らして離れていく。周りの女子から冷たい目線が送られてくる。
「はいはーい、みなさん座ってくださいー。授業を始めますよ。」
小柄な女の先生が入ってくる。担任だ。
「一時間目は歴史です。集中してくださいね。」
先程まで騒々しかった教室は少しは静かになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一日はすぐに過ぎていく。俺は今年からの転校生だし、まだ一年は始まって2ヶ月だ。まあ2ヶ月でこんない嫌われてしまったのには事情がある。今日は体育の授業を見学にした。
「今日もお疲れさまです。明日は休みですからゆっくり休んでくださいね。」
今日も一日が終わった。俺が荷物をまとめて帰ろうとすると、
「ヴィクティム君。ちょっと話があるんだけど。」
俺に話しかけてくる女子生徒。誰だ?
「いいから来て。」
袖を引っ張られる。思ったより強い。俺は抵抗する間もなく立たされる。
「どうしたんだろ……」
周りの人から冷たい目で見られるが、それにはもう慣れた。ちなみにあの金髪からは相当な顔でにらまれた。
「黙って着いてきてね。」
連れて行かれた先は校舎の学食だ。今は放課後のため無人である。
「単刀直入に答えて、あなたの先天魔法は何なの?」
先天魔法というのは人が生まれながらに持っている魔法のことだ。神から授けられたもので、変更は不可能。しかし、人はその先天魔法の扱いは他の追随を許さないものが多い。一般的には先天魔法は魔法と呼ばない。その他の魔法とは性質が大きく異なっているからだ。そしてこの先天魔法こそが他者との最大の差別化だとされ、人間は修練で身につける魔法を忘れてしまった。実際にはごく小規模の魔法なら使える人はいる。しかし、大半の人が自分の先天魔法以外はほとんど使えない。なぜなら、先天魔法が神に許された魔法であり、それ以外を使うという者は邪道だとされているからだ。
「断る、と言ったら?」
「答えて、あなたには拒否権はないわ。」
その時に改めて見てみるとこの女子生徒は随分と端麗な見た目だ。黒色の髪に、紅の瞳。抜けるような白い肌を持ちさぞかし人気のある人なんだろう。少し横暴な人だと思うが。
「そもそもお前は誰だ?」
先天魔法の情報は自分の絶対優位の情報だ。名前を知らないやつに教える義理はない。
「まさか、知らないの?」
少女は驚いた顔をする。まあたしかに同じ教室のやつの名前くらいは知っていないとおかしいのだろう。
「まあいいわ。私の名前はイージス。先天魔法は吸収。これでいい?」
イージス。ああ、あれか。年始めの試験で俺についで学年2位の生徒。それにしても、
「吸収か。珍しい先天魔法だな。」
先天魔法にも珍しいものもあるしそうでないものもある。吸収は今までで片手に収まるほどの人数しか持っていないとされる超レア先天魔法だ。
「で、どうして俺がお前に俺の先天魔法を教えなくちゃいけない?」
「勝たなくちゃいけないから。あなたに。」
勝たなくちゃいけないとは一体どういうことだ?
「私の家はね、実力主義なの。常に一番が当たり前。勉強も何もかも。だから年はじめの試験であなたに負けたことは私にとっては絶対に許されない。だから次の体育祭の個人トーナメントで絶対あなたの上に立つ。」
一体どういう事情かは知らないが、対抗意識を燃やされてるらしい。
「あなたは転校生だから何の情報もない。でもあなたは私の情報を入手し放題。これだと私が負ける可能性がある。だから、日々の生活からあなたの先天魔法を知ろうと思ったのに……」
知ろうと思ったのに何だ?
「あなたは、誰とも話さないし体育にも参加してない。これじゃどうにもできないからこうやって直々に聞きに来たの。」
なるほど、そういうことか。しかし、俺はお前の情報を知り放題といっても教えてくれるような人はいない。
「わかった、まあそんなに隠すことでもないからな。名前だけは教えてやる。」
つばを見込み俺の話に集中するイージス。誰かに集中して話を聞かれるというのも新鮮だ。
「不朽だ。」
それだけ言って席を立つ。
「なにそれ、聞いたことない。」
「そりゃあそうだろう。初確認の先天魔法だ。」
現在確認されている先天魔法はおよそ4000種。そして俺の先天魔法は4156種目のものだ。
「そう。どんなものなの?」
あまり驚かずに聞き返してくる。自惚れていたわけではないが、少し残念だ。
「言うわけ無いだろう。めんどくさい。」
俺は学食を出る。
「ちょ、ちょっとまって。」
なにか後ろから言われた気がしたが、無視する。しかし少し歩いたあとに、
「そうだ、俺に勝ちたいんだろ?」
俺は振り向く。
「そ、そうだけど。」
「それは残念だ。俺はその日の個人トーナメントは棄権する。」
「は?」
イージスの素っ頓狂な声が学食の中に響いた。
「ちょっと、どういうこと?」
「どうでもいいだろ。俺にも事情があるんだ。」
俺はもうイージスの方は見ない。
「もういいだろ。早く帰らないといけないんだ。」
「……」
イージスは何も言わなくなった。よかった。これ以上執着されても困るからな。
「じゃあな、また明日。」
俺はその場を立ち去る。多少のアクシデントはあったが、今日も平和に一日が終わりそうだ。それに今日の出来事もどうせすぐに忘れる。とりあえず帰って寝よう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし、俺は知らなかったのだ。この日を引き金として俺の生活が一変してしまうことを。
補足説明
この世界は魔力を持った人間が生まれるが、その魔力の殆どは先天魔法の行使にのみ使われる。一応超低級魔法くらいは使えるが、それも使用者が限られる。
文章中ではわかりにくかったでうね。すみません。