2. 訪ね人
そんなこんなで神社表と裏にわかれて掃除を始める。千坂と水瀬は神社表のほう、僕は神社裏のほうを担当した。
とりあえずサッサッと竹ほうきを振るい始めた僕。でも本当は正月に掃除をしないほうが良いらしい。
年神様を「掃い除いて」しまうからだ。ただの縁起話というか、言葉遊びなので本気にはしてないが……
だけど新年早々に縁起の悪いことをしてしまうのも、なにか気になってしまう。新年という真っ白なキャンバスに、初っ端から泥をぶちまけるようなことはしたくない……
結局、せめて掃いとばしてしまわないように懇切丁寧にやっていく。
竹かごが落ち葉でいっぱいになったところで藪の中に投げ捨てる。神社裏は急な斜面なので、落ち葉の塊はハラハラと下のほうへ降っていく。
そのゆく末をなんとなく目で追っていると、風景の中に異質なものが混じってきた。なんだろうと身を乗り出して目を凝らす。
それは土砂崩れの跡だった。
最近起きたようで、茶色で湿り気を含んだ地面が、荒々しく剥き出しになっている。
ちょっと前大きな台風があったから、そのせいだろうか?
このあたりは昔から水害や土砂災害とは縁が深い。山間に川を流すという中山間地域の宿命だろう。
千坂も昔父を台風で亡くしている。田舎の豊かな自然とは言うが、実際には自然は厳しい……
とはいえ恵みも受けているからお互いさまなんだろうけど。
そんなことを思っていると、神社表のほうで千坂たちの話し声が聞こえてきた。
あの2人本当に掃除してるんだろうか……
聞き耳を立てていたが、話のトーン的に、どうやら知らない人とのようだ。誰だろう?
不思議に思って表に戻ると、千坂と水瀬に加えて、馴染みのない少女が1人、視界に入ってきた。
「もう終わったんだ? お疲れさん」
竹ぼうきを片手に千坂が言うと、少女はこちらを向く。
「こんにちは……」
ぺこりと小さく頭を下げて挨拶する少女。妙に礼儀正しい。
なので「あ、こんにちは……」と、なにかこっちも改まった返事になってしまった。
見た目は自分と同年代くらいに見える。健気な雰囲気を感じて少し不思議な感覚になった。その細くしなやかさを見せる黒髪は肩先にまで伸びている。
「で、尋ねたいことって?」
千坂は相変わらずのフランクな感じで少女に問いかける。
「はい。実は、とある廃村を探してるんです」
「廃村?」
思ってもみなかった言葉に、千坂だけでなく僕も水瀬も驚いた。
廃村て。まあ確かにこのあたりは廃村がいっぱいあるけど……
千坂は続けざまに「なんていうとこ?」と尋ねる。
「獺畑というんですが……」
「おそはた、ねえ…… 知らない。2人は知ってる?」
ハテナを浮かべてこっちを見る千坂。でもあいにく、聞いたことのない地名だ。
僕はもちろん、水瀬も「私も知らないかな……」と首をかしげる。
「うーん…… 分からないかぁ」
「そうですか……」
「それにしても、なんで廃村なんて行こうとしてるの?」
「そこが祖父の出身だと聞いたんです。ですから少し興味があって……」
「へえ」
「ですが祖父も詳しい場所は分からなくなってしてしまったみたいで。山の中に埋もれてしまっているみたいですから」
「あー……」
「でも、清見神社の人なら分かるんじゃないか、と言っていたので訪ねてきたんです」
なんでまた清見神社なんだろうか……と思ったが、千坂の父は地域の事情に明るい人らしかったので、その繋がりなんだろう。
「なるほどねぇ。まあ、ウチにある資料を漁ればわかると思うよ!」
えっへん、と言わんばかりの得意げな口調で言う千坂。
「じゃあ、葵ちゃんの家にみんなで行く?」
水瀬がニコニコとして言う。
「掃除してるみたいですけど大丈夫でしょうか?」と、佐江野は千坂が持っている竹ほうきを気にするように見つめる。
千坂は「すぐ終わるから大丈夫大丈夫!」と不安を吹き飛ばすように明るく言った。
「そうですか! ありがとうございます」
そんなこんなで掃除を適当に終えると、一同は千坂の家に向かった。
山を下る長い石段を、ポンポンと足を放り投げるように軽快に降りていく。
でもふと重大なことに気がついた。
まだ初詣をしていない。
肝心な参拝をしていなかった。
やったことと言えば、ただ神社に来て掃除をしただけだ。なんのボランティアだよ。
というか、初詣をしに来ただけなのになんでこうなったんだろう……と今さらながら冷静に考える。
そんな中、千坂が口を開いた。
「ところでさ、名前はなんて言うの?」
「えーっと…… 佐江野、佐江野安美です」
「佐江野ねえ。聞かない名前だけどどこから来たの?」
「清見より少し上流側ですよ。『山ノ内』の近くです」
「あ、山ノ内ね!すぐ隣じゃん! 正月に帰ってきてるの?」
「はい。正月ですから祖父の田舎に……」
「へえー。じゃあ弥柳と同じだね!」
佐江野と目があう。彼女はニコッと小さく会釈をして言葉を紡ぐ。
「そうなんですか」
「ああ。しかし清見までよく歩いてきたな。隣と言っても20分くらいかかるのに」
「暇だったのであちこち散歩をしていたら、祖父の話を思い出したので…… なりゆきで行き着いたという感じです」
お前もか……という言葉をのみこむ。水瀬も僕と同じことを考えているのか苦笑いしていた。
そんな話をしているうちに下のほうの明かりが近づいてきた。千坂の家はすぐそこだ。