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転~第三楽章

 当日。

 私は白でそろえたラクレイドの慶事の装いで、昼食会を兼ねたアンジェリン王女の誕生会へ向かった。


 同道してきた側付きのものに手伝わせ、支度をする。

 母方の血筋に多い銀色の真っ直ぐな髪を、ラクレイドの慣習に従って丁寧に櫛けずり、ひとつにまとめる。

 昼食会なので、貴石は袖口の飾り釦に翡翠を使う程度に抑える。

 白の一そろいを身に着け、胸元と髪留めに緑色の濃い柊の葉を飾る。

 常盤木には長寿と幸福を祈念する意味が昔からある。

 また、柊は私の紋章でもあるから、誕生祝いの宴に出席するラクレイドの王子に相応しいだろう。


 会場の扉が開かれると、ため息のようなどよめきのような声がどこからともなく広がる。

 私は美しいらしい。

 現宮廷でラクレイド一の美女と誉れ高い母に、息子ながら瓜二つと呼ばれているのだからまんざら世辞ばかりでもないだろう。

 だが、美しいことそのものにあまり意味はない。美しいことと有能なことは、必ずしも一致しない。

 そして王族の男に必要なのは、美しさより有能さだ。

 もっとも、人前に出ざるを得ない身分なのだから美しい方が便利は便利だ、同じくらい煩わしくもあるが。

 賞賛や憧憬のため息、こういう場では必ずある若干の冷ややかな視線等を、まるで何も感じていないかのように私は無視し、進む。


 部屋の中央にいる小柄な少女が、ふと目を上げた。

 カメオ細工の乙女を思わせる白く繊細な面の中で、深みのあるエメラルドの瞳が煌めいた。

 優しく笑む唇は、薄紅の花びらを二枚合わせたよう。

 その顔を、くるくると縮れた深みのある赤い髪が取り囲んでいる。

「お初にお目にかかります。セイイール・デュ・ラク・ラクレイノ殿下でいらっしゃいますね」

 優しみのある、デュクラなまりのラクレイド語で彼女はそう言う。思っていたより低くて蠱惑的な声なのに、私は瞬間的にうろたえた。

「……お初にお目にかかります、アンジェリン・ドゥ・デュクラータン王女殿下。お誕生日おめでとうございます。本日は我が兄・王太子ライオナール・デュ・ラク・ラクレイノの名代として参りました。以後、何卒よろしくお見知りおき下さいますよう」

 型通りの口上を述べ、私は腰を折る。まあ、という小さな驚きの声が、王女の咽喉から押し出される。

「不躾をお許し下さいませ、セイイール殿下。あの、お顔立ちはあまり似てらっしゃらないのに、お声は兄上様と似てらっしゃいますのね」

 私は頭を起こし、口許に苦笑いを含む。

「よく言われます。ラクレイドの王子は現在三人、私の下にもう一人弟がおりますが、彼とも声が似ていますね。我々は三人とも、顔立ちはともかく声は父に似たようです」

「では皆様方の声は、ラクレイド王スタニエール陛下から受け継がれたのですね。響きのいい、王者に相応しいお声でいらっしゃいますわ」

 ほほ笑む彼女の目尻が下がり、愛嬌が増す。

 顔立ちそのものは整っているが、ラクレイドによくある怜悧な感じの美貌ではない。向き合う者の心を自然と解きほぐす、可愛らしい少女(ひと)だなと私は思う。

 ふと、悪戯心が湧いてきた。

「では兄と同じ声で、兄からの言伝(ことづて)を申し上げます」

 一礼し、私は真っ直ぐ彼女のエメラルドの瞳を見る。

「兄はこう申しました。来年を楽しみにお待ち申し上げている、我が心は貴女のものだ……と」

 王女は真っ赤に頬を染め、その瞬間、私の胸は何故か鋭く痛んだ。

 ……何故か。



 どうやってラクレイドまで帰ってきたのか、正直に言うならよく覚えていない。

 身に叩き込まれている、こういう場合の所作と空虚な社交辞令を器用に使い、私はデュクラでの務めを果たして戻ったらしい。

 戻ったその日に熱を出し、三日ばかり寝込んだ。

 元々虚弱な体質なので、私が寝込んだくらいでは誰も驚かないし、そもそも不審にも思わない。

「お疲れが出たのですね、どうかご自愛下さい」

 弟が見舞いに来てくれた。

 自身の住む離宮の庭の秋薔薇を、自ら摘んで持って来てくれたらしい。

「ああ……ありがとう。わざわざすまなかったね、アイオール」

 半身を起こし、枕元に活けられたとりどりの色の薔薇のうちから一本、私は取り出した。

 茶色がかったような渋い赤の花びら。

 きめが細かく、胸が苦しくなるような濃い香りがする。


 弟が辞した後、私は何故か凶暴な衝動に駆られ、その紅薔薇を握りつぶした。

 がくにつながる細い茎に、無数の小さな棘があったらしい。

 てのひらがその後、かなり長くじくじくと痛んだ。

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