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承~第二楽章

 馬車と船、さらに馬車を乗り継ぎ、私はようやくデュクラの王都へ着いた。


 ラクレイドの王都どころか、王宮から出ることもなく育った私にとって、この旅は色々と目覚ましい経験となった。

 例えば。

 馬車というものは、長く乗っていると腰がだるくなってくるのだ、とか。

 王族の馬車を見送る民の、遠巻きながら好奇心に満ちた視線というのは痛いほど強烈なのだ、とか。

 風は季節だけでなく、吹く場所によってもまったく違うものなのだ、とか。

 『磯の香り』という文学的表現の実態は、場合によっては悪臭と紙一重なのだ、とか。

 船酔いというものは病に知悉している私であっても、耐え難い苦痛をもたらす拷問なのだ、とか。

 この身で実際に色々と、嫌と言うほど、知ることが出来た……畜生。

「船なんか嫌いだ。いっそ空を飛んで行きたい……」

 無茶は承知でぼやく。

 寝台に転がって吐き気や眩暈に耐えていると、自らの経験に固執して話を聞かない愚か者の気持ちが、なんとなく察せられる気がした。

 経験は圧倒的だ。

 理性も理論も山の彼方へ飛んでゆく。

 この圧倒的な実感の前では冷静な正論など、所詮鼻で笑うしかない机上の空論だろう。

 少なくとも今、私はそう思う。


 へろへろの状態で船を降り、馬車に揺られて三日。

 デュクラ王都の王宮に着いた。

 堅牢な城壁に囲まれた広い敷地の真中に王宮、その周囲に離宮や近衛隊や陸軍の本部などの建物がある我が国の、さながら一つの町であるかのような宮殿と違い、デュクラの王宮はこじんまりとしていて城壁も低くて薄い。

 むろん、賊などが簡単に入り込めるようなちゃちなものではないが、それなりの軍が攻めてくればあっけなく崩されるような壁だなと私は思う。

 デュクラ王家はラクレイドのような覇王の血筋ではなく、諸侯の合議で選出された王だと聞いている。なるほど、そういうところからも『王宮』の在り様は変わってくるのかもしれないなと、馬車の窓から眺めて私は思う。

「お疲れではありませんか?セイイールさま」

 向かい側に座る、乳兄弟で護衛官のトルニエール・クシュタンが気遣わしそうに問う。私は笑みを作った。

「大丈夫だ。船の上では死にそうな気分だったけど、陸路になってからは楽だよ。ラクレイド王家の者は森と山の民なのだね、どういう訳か馬車では酔わない、身体の節々は痛むけど」

言いながら、私は馬車の窓を閉ざして背もたれに寄り掛かった。

 『あっぱれな魔女』との対面が近付いてきた。

 さすがに少し緊張する。


 『私的な訪問』という体裁なので、我々は大袈裟でない程度の歓待を受ける。

 迎賓館の一角へ迎えられ、それぞれが部屋で旅の疲れを癒す。

 一日ゆったり過ごした後、改めて、あちらとこちらの侍従らが打ち合わせた今後の予定を聞かされた。

 今回私は、あくまでも王女の婚約者たるラクレイド王太子の名代なので、王女の私的な誕生会には顔見せ程度の予定になっているそうだ。

 ありがたい。

 他国の王女、それも将来義姉になる方の誕生会など、長居をしなくてはならないのならどれほど気を遣うかしれやしない。

 ここは兄から託った祝いの品を渡し、祝辞を述べて引っ込めばよろしかろう。

 デュクラ王や王太子にも失礼にならない程度に挨拶をし、こちらの大貴族たちと簡単に顔合わせをすれば、それでお役はご免だろう。

 なにせ私は気楽な次男だ。

 臣籍に降る予定はないが、将来は宰相として兄を支えるのが私の務めだと思っているし、そう育てられた。

 外交はおそらく、弟なり辺境伯家の誰彼なりに任せることになるだろう。デュクラを含め、外国との付き合いは必要最低限でかまわない。

「こちらの令嬢方とお会いなって、親交を深められないのですか?」

 トルニエールの言葉に私は笑う。

「まさか。必要ない以上だ。これ以上デュクラと縁を深めるのは、政策上良くないからね」

 虚を衝かれたような顔をしているトルニエールへ、私は軽く説明する。

「兄上は浮かれているけど、そもそもこの婚姻は政略結婚だ。今現在、国内の勢力が保守派一辺倒である状態を脱する為の、言うなれば奇策だね。デュクラ側にもそれなりの利点があるからこそ、この婚姻は受け入れられた。だけど私までがデュクラと縁を結ぶと、勢力の均衡が完全に崩れてしまうじゃないか」

 私は、真面目に見返しているトルニエールの目を覗く。

「昔から虚弱だったせいで、私と縁を持ちたがる貴族は今まであまりいなかったけどね。でも、いざ結婚となると、ラクレイドのそれなりの家から妃を迎えることになると思うよ、多分。そうなれば名乗りを上げる家も出てくるさ」

 政略結婚なんだから多くは期待していないよ、性格の穏やかな、ほどほど以上に賢い女性(ひと)なら申し分ないね、と付け加えると、トルニエールは複雑な顔をした。

「セイイールさまは……本当にそれでよろしいんですか?」

 眉を寄せ、ささやくようにそう言うトルニエールへ、私は軽い笑声を上げる。

「よろしいもよろしくないもそれが王侯貴族さ。(わたくし)よりも(おおやけ)を優先する、その為に何不自由のない暮らしをさせてもらっているようなものなのだからね」

 トルニエールは複雑な顔のまま、笑みを作ってうなずいた。


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