一緒にいるから
『キスでも落ちない。試してみる?』
挑発的な表情のかのん君……の特大広告パネルが駅に飾ってある。真っ赤なリップにリンゴを持ったかのん君が、シーツ一枚を身につけている写真だ。
「ちょっと新境地だったよー」
かのん君が照れながら見せてくれたCMの撮影風景は大きなベッドに寝そべって、女性に見立てたフルーツに囲まれている……というものだった。
「前バリっていうの、前隠すヤツあれ貼ってさー」
撮影の様子を語るかのん君はとても楽しそうだ。
「でもアレだよー? 実際のモデルと絡むって案もあったんだよ」
「えっ」
「さすがにそれはねー。真希ちゃんに悪いし。ほら、サンプル貰ってきたから真希ちゃんにもあげる」
そんな訳で私の唇は今新製品のリップでつやつやなのである。確かに出かけのキスでも落ちなかった……。
「男でもなく、女でもなく……美しい仕上がりだわ」
「そうですか……」
すでにかのん評論家となりつつある桜井さんが今回のCMの出来を褒める。
「ベッドの中ではこんななのかなーなどど……」
「そんなんじゃないよ!」
「ほうほう」
あーもう、余計な事を言ってしまった。今日はかのん君も遅いみたいだし、ちょっと寄り道でもしようか。
「いらっしゃい……おや」
「どうも、ご無沙汰してます」
私が向かったのは両国のかのん君の叔父、宏明さんの経営するカフェだ。
「珍しいね」
「ええ、かのん君今日も遅いので外食しちゃおうかなって」
「そうか、こっちがフードメニューだよ」
「あ……じゃあ肉味噌パスタ。それと食後にコーヒー下さい」
前にかのん君が作ってくれたな。肉味噌パスタ。宏明さんが作ってきてくれたそれはあの時と同じ味がした。
「……」
「どう? お口に合ったかな」
「はい、美味しかったです」
宏明さんは食後のコーヒーを運んできながらさりげなく私を気遣ってくれている。ここにいると、かのん君のそばにいるときみたいな感じがするな……。私が食後のコーヒーを頂きながらほっと一息ついていると、思わぬ来客があった。
「よお、おっぱい」
「……真希です」
ふらっと入ってきた時からオーラを放つ男、アレク。今日も人をおっぱい呼ばわりだ。
「ビールちょうだい、ヒロさん。なんだいつにもましてしけた顔をしてんな、真希」
「そうですか?」
「かのんに戸惑ってるんだろ?」
私はぎくりと肩を震わせた。アレクは長い足を組み、なんでもお見通しだとでも言いたげに笑った。
「かのんは確かにモデル一本じゃこの先きついだろうな。懸命な選択だとオレは思う」
宏明さんが持って来たビールをクッと飲み、私を見た。
「不満そうだな」
「……そんな事ないです」
「足を引っ張るようなつまらない女になるなよ、真希」
アレクは肘をついて、残りのビールを流しこんだ。
「そんな女はオレの友人の彼女なんて呼びたくないね」
「私はかのん君の好きなようにして欲しいだけです。……、ちょっと無理してるんじゃないかって」
「無理も通さなきゃなんない時が男にはあるさ。ヒロさーん、ビールお代わり」
アレクはグラスをカウンターに持っていくと、代わりのビールを手に戻ってきた。
「まぁまぁ、アイツの考えてる事なんて……おっと、しゃべりすぎたかな。せいぜい悩めばいいさ、おっぱいちゃん」
「だから真希ですって……私、そろそろ帰ります」
私はアレクの言葉を反芻しながら帰途についた。かのん君の足を引っ張るですって? そんな事は私自身がゆるさない。
「そうよ、私は公認の彼女なんだから」
私はそう思いながら自分を鼓舞した。かのん君が忙しくなって最近はちょっとすれ違い気味だけど、二人の時間は以前と変わらずほっこりと甘い。
『真希ちゃん、そろそろ帰るよ』
『私も外でご飯食べてたからこれから帰る』
ちょうどその時、かのん君からメッセージが届いた。
『ベーコンってまだあったっけ』
『昨日私が使っちゃった』
『じゃあスーパー寄ってく。一緒に帰ろう』
『OK』
ハートいっぱいのうさぎのスタンプで返事をすると、私は高円寺へと向かった。




