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休憩

 

 淡々と進むリネイセルに、まるで護衛のように後ろに付き従うスールウェ。

 行く先々で騎士たちに声をかけるわけでもなく、工場見学のように事務的に説明しながら、二人は素通りしていく。一通りささっと回ると、リネイセルはやっとこっちを振り向いた。


「休憩にいたしましょう」


 訓練場の端、スペースの空いている場所にいつの間にかテーブルとイスが用意されていた。

 スールウェがイスを引いてくれたので、そこにこわごわと座り込む。


「それではお茶を用意してきますので」


 軽く礼をすると、リネイセルはすたすたと行ってしまった。

 あとに残されたのは、ずっと無言のスールウェ。彼は元々寡黙な性なのか、しんとした空気を気にする様子もなく、少し離れた所に控えている。

 私も彼にどう接していいのか分からず、ひたすらじっと遠くを見つめて場をやり過ごす。二人とも彫像のように微動だにせず固まっていると、ふいに聞き覚えのある声に呼ばれた。


「私の黒姫、ここにいたのか。慰問の方はどうだい?」


 伏せていた視線を上げる。

 美しい貴婦人をエスコートしているアシュロムがそこにいた。


「アシュロム様……」

「おや、つれないねぇ。婚約者がわざわざ様子を見に来たっていうのに、挨拶もくれないなんて」


 大仰に肩を竦めるアシュロムに、扇の下でクスクス笑っている女性。しぶしぶ立ち上がり、ぎこちないカーテシーを披露する。


「アシュロム様、ごきげんよう。わざわざ来ていただいてありがとうございます」


 よっぽど私が不格好だったんだろうか。貴婦人は扇で顔を覆ったまま顔を背ける。

 アシュロムはそんな彼女の様子を気にすることなく、いつもの笑みを浮かべている。蕩けるような甘い笑みなのに、目だけが全然笑ってない笑み。


「うん、君がちゃんと上手く出来ているか見に来たんだけど。今はなにをしているのかな?」

「少し休憩をとらせていただいています」


 アシュロムが片眉を上げる。またいつものお説教が始まるのかと身構える。けれどアシュロムのお説教の代わりに、凛とした声が響いた。


「お待たせいたしました」


 ティーセットを手にしたリネイセルが戻ってきていた。アシュロムがその姿を見て、すっと目を細める。


「ふぅん……丁度良かった。私たちもお茶にしようかと思っていたところなんだ。せっかくだから、黒姫にもてなしてもらおう」

「素敵ね! 黒姫様のお茶をいただけるなんて、なんて名誉なの!」


 美しい貴婦人の笑い声が、正直にいうと耳障りだ。クスクス、クスクス……忍ぶような笑い声のはずなのに、いやに頭に響いて憂鬱になる。


「……仰るとおりに」


 いやいやながらもティーセットを受け取ろうとして、リネイセルに首を振られる。


「申し訳ありません。これは黒姫様のためにご用意したものなので、アシュロム様の分はございません」

「……なんだって?」


 アシュロムの顔から表情が消える。


「これは黒姫様のもの、と」


 凄むアシュロムにも物怖じすることなく、淡々と返すリネイセル。

 一瞬にして、場が静まる。

 リネイセルは表情を消したまま動かない。アシュロムが歯ぎしりし、口を開こうとしたときだった。


「おや、みんな集まって、今は休憩中かい?」


 鍛錬に加わっていたのだろうか、上着を脱いだ王が汗を拭きながらやってきた。


「……どうしたの?」


 近づいてきてやっと剣呑な雰囲気に気づいたのか、怪訝な顔になる。アシュロムは瞬く間にいつもの喰えない笑みを浮かべると、とってつけたように礼をした。そばにいた貴婦人も、うっとりと王に見惚れている。


「これは兄上、慰問のほうはどうですか」

「うん、まぁ上々かな。黒姫も頑張ってくれたし」


 王の含むような視線には気づかないふりして、頭だけを下げる。


「それより、なんか揉めてたように見えたけど」

「いえ兄上、そんなことは。丁度今から皆でお茶にしようと話していましてね。せっかくですから黒姫に淹れてもらおうと」


 アシュロムに目配せされ、リネイセルよりティーセットを受け取ろうと手を伸ばす。しかし彼は尚も動こうとしなかった。


「どうした?」


 アシュロムに促されて、彼は王に頭を下げる。そのままリネイセルは動かなくなってしまった。

 再びシン……と静まる場。

 なんでこんなに彼が頑ななのかがわからない。助けを求めるように王に視線を遣ると、王はなぜか、にやにやとにやついていた。


「あー……そういえば、そのお茶って確か、アシュリーが黒姫のためにブレンドしたものじゃないかな?」


 アシュリーの名前に、アシュロムは一気に渋い表情になる。


「アシュロム、それに手を出したら、あとでアシュリーが煩いんじゃないかな?」

「それは……勘弁願いたいな」

「ねぇ、君」


 王はアシュロムの腕にしがみつきながらも、視線は王へと釘付けの貴婦人へと声をかける。


「悪いけど、僕たちのためにお茶をもらってきてよ」

「え……ええ! 仰せのままに!」


 王に声をかけられたことに跳び上がらんばかりに喜ぶと、貴婦人は驚くほどの速さで一目散へと消えていった。その様子をニコニコしながら王は見守っていたが、貴婦人が消えたタイミングですっとその笑顔を消した。


「ところで、アシュロム。君はまたそんなことをして……説教が必要みたいだね?」

「なんのことでしょう」


 ふざけたように片眉を上げ、アシュロムはヘラリと笑ってみせるも、王はそれに乗らなかった。


「いつまでこんなことを続けるつもりなんだい?」

「こんなこと、とは?」

「いつまで経っても子どもみたいな、不器用な真似だよ」


 王は美しい曲線を描く眉を顰めながらも、厳しさと心配の入り混じった目でアシュロムを見据えている。だがアシュロムは喰えない笑みを浮かべたまま、紺碧の瞳に冷たい光を湛えて王を見返すだけだった。


「今のままでは駄目だってことくらい、薄々気がついているんだろう? ならなぜ態度を改めない。取り返しがつかなくなってもいいの?」

「……なにもかもすべて、簡単に手に入れてしまう兄上になにが分かる」


 獰猛な光を宿しながらも、アシュロムは口端を上げ続け、決して笑みを崩さなかった。


「兄上にはきっと分からない。分かろうともしてくださらない。そんなあなたにとやかく言われたくはないな」


 一瞬アシュロムは睫毛を伏せ、私へと視線を向けた。


「……興が削がれた。今日はお暇するよ」


 彼はそのままクルリと踵を返すと、立ち去っていった。








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