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庭園

 

 リネイセルに案内された西の庭園には、地球では有り得ないような様々な色を纏った花々が咲き乱れている。北の庭園とは違い、まさに百花繚乱といった様子だった。だけど肝心の王の姿が見当たらない。


「あの、陛下は?」

「……いらっしゃいません」


 背中を向けたまま答えたリネイセルに戸惑う。


「え……?」

「あの場を去るために、偽りを」


 振り返った彼の表情は相変わらず無くて、どう反応していいのか分からない。


「黒姫様がお困りのようでしたので」


 それきり黙り込んでしまったリネイセルに、纏まらない思考をどうにか抑えながら頭を下げる。


「あ、あの……助けてもらって、ありがとう、ございました」


 返事はない。

 不安に顔を上げると、透き通った湖のような翠の瞳と目が合い、瞬く間に頬が熱くなった。


「……なぜ」


 ザァっと吹き抜ける風に、絹のようなプラチナブロンドが乱される。


「……なのですか」


 思いの外強い風に、言葉がかき消される。

 よく聞こえずに言葉を返せない私に、リネイセルは表情のないまま瞼を伏せると、騎士の礼をとり、踵を返して去っていく。

 ピンと背筋の伸ばされたその後ろ姿が見えなくなるまで、私はその場から動けなかった。







 娯楽の少ないこの世界では、暇を潰すのも一苦労だ。マナーを学んだり、書物を読んだり、刺繍に挑戦してみたり。貴族との交流が絶望的にできない私は、基本一人で出来ることで一日を潰すしかない。

 私の相手を長いこと出来る数少ない人物は、やはり高魔力を有する王族に限局されてくる訳で。その中でも比較的ではあるが執務等が少なめなこの方は、お茶の時間によく誘ってくれた。


「あなた、カレナリエルの乙女役に選ばれたって本当?」


 惚れ惚れするような所作でカップを傾けているのは、アシュリー・ティボリ・イスタルシア。

 王の年の離れた妹だ。

 皺一つないテーブルクロスに、少しでも力加減を間違えたら割れてしまいそうな繊細なティーセット。華美な装飾はないが、落ち着いたアイボリーとペールグリーンのアクセントで統一された、優美な曲線を描く家具の数々。その中においても強い輝きを放つ、王族に名を連ねるに相応しい美貌を煌めかせて、王女殿下は聞いてくる。


「はい。あの、そのカレナリエルの乙女ってなんですか?」

「知らないの? ってあなた、この世界の人じゃなかったわね」


 王女は「失礼したわ」と悪びれる様子もなく言うと、説明してくれた。


「カレナリエルの乙女っていうのは建国時代、イスタルシア一族を勝利に導いた太陽の乙女に由来しているの。太陽の乙女の口付けを与えられたものは、悪しきものを打ち砕く力を手に入れたと言われているわ。祝福の口付けを受けたカーディナル・イスタルシアは混乱の世を平定し、永きに渡るイスタルシア王朝の礎を築いた」


 王女は一息つくと、王によく似た宝石のような蒼の瞳を輝かせ、無邪気に笑う。


「それに因んで、大会に勝利したこの国一番の騎士に祝福の口付けを授ける乙女が選ばれる。とっても名誉な役よ? なにしろこの乙女目当てに皆参加するのだから」


 それならば、今年はさぞかし盛り下がることだろう。その乙女役に私が選ばれてしまったのだから。


「今年はその乙女があなただから、荒れに荒れそうね」


 私もそう思う。

 同意しながらお茶を飲んでいると、王女から呆れたような視線が飛んできた。


「……分かっていないみたいだけど、まぁいいわ。あなたにはいつも楽しませてもらっているから」

「そうですか……」


 道化の真似などした覚えもないが、この一族に歯向かうと碌なことにならないのは経験済みなので、適当に頷いておく。


「あなたって、なんでもすぐに顔に出るから好きよ」


 キラキラと輝く瞳に満面の笑顔で言われて、不覚にもドキリとした。そこに居るだけで、圧倒的な存在感を放つ神の領域の美貌。絹よりも勝る艷やかな金糸のような髪が、はらりと揺れる。


「ありがとう、ございます」

「そういういやに正直なところも」


 クスリと桜色の唇から漏れた笑み。


「今年は楽しめそうね」


 なんだか上機嫌な王女とは裏腹に、気持ちはずんと重くなる。

 人前に姿を現したときの、数々の囁き、視線、疎外感。私はこの世界とは相容れない存在なんだと、思い知らされるあの瞬間。それでもやれと言われたらするしかない。それが贅沢な衣食住を提供してもらっている代償なのだろう。








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