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変態

 

 王宮北にある庭園はあまり日が当たらず、比較的色合いの地味な花ばかりなこともあり、通りかかる貴族は少ない。私が気分転換に外に出られる数少ない場所だった。

 そこで午後のお茶を嗜んでいるときに、侍女のメイヤさんが緊迫した面付きで近寄ってきた。


「セリオン様がこちらに向かっています」


 その名前に反射的に立ち上がる。

 ギルノール・セリオン。

 燃え盛る炎のようなレッドブラウンの髪の、精悍な顔立ちの男。その強靭な魔力もさることながら、品行方正な性格も相俟って、近衛騎士団長として皆に慕われている。

 ――だが私は、彼が苦手だ。

 なぜなら彼は変態じみているからだ。変態と言うには語弊があるかもしれないが、それに近いものだと思っている。

 彼は、私の魔力が大好きだ。

 大好きなんて言い方はまだ生温い。私の魔力に半ば依存のような執着を見せており、私をひたすら探しては追いかけてくる姿には、どこか薄ら寒ささえ覚える。

 そりゃ最初のころは男らしい紳士に話しかけられて、ちょっとドキドキしてしまったことは否めない。特に私を遠巻きにして近寄らないようにしている貴族が多い中、好意的に接してくれる彼には、最初の方は大分頼らせてもらった、けれども。

 一日に何回も不自然な遭遇を重ねるうちに。話してもない好物を知られていたときに。出席するかどうか教えてもいない行事に合わせて、ドレスや宝石の贈り物が届くたびに。

 なんだかこれはおかしいんじゃないかと、漠然とした薄気味悪さのようなものを段々と感じるようになっていって。そのうちに恍惚とした様子を隠すことなく話しかけられるようになって、その薄気味悪さが不信感に変わっていって。

 ある日彼の琥珀色の瞳に滲む、狂気じみた執着に気付いたときに、彼に感じていた不信感は一気に恐怖のそれに様変わりした。特にここ最近は隠す気もないのか、顕著にそれを出してくるので、顔を合わせるのもおっくうになっている。


「今すぐ部屋に戻ります」


 彼に対するぎこちない態度に唯一気づいているメイヤさんはすぐに頷くと、急に顔色を変えた私に戸惑う護衛騎士を促した。彼らの中では紛れもない品行方正な騎士団長なだけに、誰にも助けを求められない。自分でどうにか回避しないといけない。誰に言ったところで信用などしてはくれないだろう。清く正しい騎士団長殿は、病的なまでに黒の姫を追い求めているなんて。 


「お急ぎを」


 メイヤさんに小声で急かされて、踵を返したそのとき。


「どちらに行かれるのですか」


 男らしい、艶のあるバリトンの声が響いた。

 背筋にぞっと怖気が走る。私は彼を刺激しないように、鳥肌が立つ肌を抑え、振り返りながら必死に笑顔を浮かべた。


「……セリオン様、ごきげんよう」


 目の前の精悍な男前は、琥珀色の瞳を蕩けさせながらうっそりと微笑んだ。


「ああ、黒姫様、今日もなんてお美しい。あなたのその漆黒の髪は、まるで夜空をそのまま写し取ったかのようだし、その濡れた瞳で――」


 彼が出会い頭に到底私のこととは思えないような美辞麗句を並べ立てるのは毎度のことなので、聞き流しながら後退る。以前手を握られて抜け出せなくなったことがあったので、二人の距離感は死活問題だ。じりじりと距離を開けていると、やっと褒め称えるのを終えたのか、とろりと琥珀の瞳が瞬いた。


「……ところで、黒姫様はどちらへ?」


 ピタリと視線が定められ、瞬きもせず見つめられる。彼はにこやかに微笑んでいるのに、異様な重圧を感じて手に汗が滲んでくる。答えを間違えないように、慎重に言葉を選ばなければ。


「少し冷えてきたので、お部屋へ戻るところです」

「それはいけない!」


 彼は止める間もなく上着を脱ぐと、私に掛けようとした。


「大丈夫! ……要らない、結構です」


 反射的に避けてしまった私に、ギルノール・セリオンは目を見開いた。


「要らない?」

「要らない……あー、いや……」


 どうやら、初っ端から答えを間違えたようだ。チラリとメイヤさんを振り返るが、彼女は呆れたような責めるような視線を返してくるだけで、助けてはくれなかった。


「その、寒くないので……」


 言ってることがめちゃくちゃなのは分かっている、でも兎に角、なんでもいいから彼から離れたい。

 ……まぁ、そんな切実な願いは彼に届かなかったようだが。


「要らない?」


 殊更低く響いた声に、空気がシンと静まる。僅かも逸らされない視線に、笑ってない笑顔。

 心が折れそうになった、そのとき。


「――セリオン隊長、ここでなにを?」


 静かな声が、凍っていた空気を切り裂いた。


「……リネイセルか」


 いつの間にか、背後にリネイセルが立っていた。


「今日は休みでは?」

「そうだが、それがどうした」

「令嬢方がサロンでお待ちだそうです」

「ああ……もちろん、分かっているさ」


 ギルノールは軽く手を振った。


「すぐに行く。伝えておいてくれ」


 彼はその場を動かなかった。


「どうした? リネイセル」


 その淡い翠の瞳が――こっちを向く。


「黒姫様、陛下が西の庭園でお待ちです。珍しい花が咲いた、と」


 呆気にとられて見上げるが、リネイセルは淡々とギルノールに礼をするともう彼に背を向けていた。


「では、こちらへ」


 ギルノールのまとわりつくような視線をものともせず、リネイセルは私を促すように手を差し伸べてくる。


「黒姫様」


 懇願するような甘ったるいギルノールの声を振り切って、その視線から目を背ける。


「ではこれで」


 なるべくギルノールを視界に入れないようにしながら、私は足早にリネイセルに続いた。








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