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呆然

久しぶりの更新ですみません…!

いつもブックマークなどありがとうございます!

 

 だからと言って、あの場での陛下の口約束がすんなりと通るとは思っていなかったけれども。

 だけどまさか、アシュロム様がああも乱暴な手段に出るなんて。








 カレナリエル杯決勝の翌日。

 今日も念のためにと陛下に言われて、左腕の診察のために医務室を訪れる。

 騎士団付きの医師よりじっくりと左腕を調べられた後に、正常状態となんら変わらない、自分にはこれのなにを治療すればいいのか分からないと匙を投げるように言われて、専門家がそう言うのであればとさっさと帰室の準備をしているときだった。


『……いや……!』


 まるで叫び声のような耳鳴がしたと思ったら、突然圧縮された空気が一度に押し寄せてきたかのように、ほのかに甘い魔力が漂い始めてきた。


「こ……これは……」


 目の前でサッと青褪めた医師を見て確信する。

 間違いない。これは黒姫様の魔力だ。こんなところまで漂ってくるとは、きっとなにか尋常でないことが起こっている。


「ありがとうございました。ではこれで」


 さっと立ち上がり、すぐに医務室を出る。扉一つ開けて近づいただけで、さらに濃厚になる香り。

 不安そうに魔力の元から遠ざかろうとする人々の合間を分け縫って、私は黒姫様の元へと駆け出した。








 魔力が漂ってくる方向に向かうと、途中で苦虫を噛み潰したような顔の陛下と遭遇する。

 辺りには人っ子一人いない。濃密な魔力に包まれ、シンと静まった王宮の廊下は、まるで別次元に迷い込んだかのようだ。


「リネイセル!」


 いつも飄々としている陛下には珍しく、わずかに表情を歪めている。


「どうやらアシュロムが……って、ちょっと話を聞いてよ!」


 陛下を待たずに駆け続ける私に、陛下が後ろから悪態をついている。だが、今はそれどころではなかった。








「黒姫様!」


 見つけたその瞬間、崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ黒姫様。気を失ったかと思い慌てて駆けつける。

 声をかけるも、呆然とした黒姫様からは返答はない。


「っ……! これは、道理で……とりあえず黒姫、落ち着こうか」


 近づこうとした陛下は、あまりの濃密な魔力に顔を歪めると後退ってしまった。そんな陛下の姿にショックを受けたのか、黒姫様がくしゃりと顔を歪める。

 立ち去って行く陛下の後ろ姿を心細そうに見送る黒姫様を立ち上がらせると、彼女はやっとよろよろと歩き出した。

 緊急時用の避難部屋になんとか辿り着くと、そこで待っていたベルゼンヌ侯爵夫人の姿を見て、黒姫様の肩からやっと力が抜ける。そんな黒姫様に甲斐甲斐しく世話を焼いているベルゼンヌ侯爵夫人。だが彼女も毅然とした態度のその裏では、圧倒的な黒姫様のその魔力に酩酊する瀬戸際で堪えているのを知っている。


「黒姫様、お茶をお持ちいたしますね」


 お茶を淹れるついでに、ベルゼンヌ侯爵夫人には少し休んできてほしい。今の黒姫様のおそばに控えているのはかなり厳しいものがあるだろう。私は今のうちに事実を確認することにした。


「黒姫様、なにがあったのか聞かせてくれませんか?」


 そう尋ねた途端、黒姫様は表情を崩された。


「多分、アシュロム様の面目をつぶしてしまったのだと思います。私のせいで……」


 淡々とそう紡ぎながらも、表情はそのときの感情を如実に表している。

 ――駄目だ。そう思った。

 これ以上、アシュロム様の隣にいることを黒姫様に無理強いさせられない。

 改めてこれから自分が成し遂げようとしていることに対しての決意を固める。

 例えそれが独りよがりな善意だったとしても、黒姫様にとってはどちらも押し付けられたものであるとしても、少なくとも私は黒姫様に強要などしない。彼女の心の自由までは奪いたくない。


「黒姫様、どうぞ」


 タルブム草のお茶を用意してくれたベルゼンヌ侯爵夫人は、そのあともしばらくどうにか堪えていたようだが、やがて彼女にも限界は来た。


「黒姫様、本来ならばおそばにいなければならないところを、申し訳ございません」

「気にしないでください。私は大丈夫です」


 あとは任せるようにと目配せすると、ベルゼンヌ侯爵夫人は縋るように私に目礼を返して退室していった。








 ずっと俯いて考えごとをしていた黒姫様は、やがて顔を上げて話しかけてきた。


「……あの、こんなに長い時間私と同じ部屋にいると、気分が悪くなりませんか」


 その言葉に、わずかに身動ぎする。動揺していたとはいえ、いつまでもそばに控えていられる私に疑問を持つのも当然だろう。


「その、みなさん耐えられないようですぐに出て行きますので、いてくれるのは心強いんですけど、しんどくないのかなって」

「……恐らく私は、魔力の入っている器のようなものが人よりも大きいのだと思います」


 さて、黒姫様はこんな私をどう思うだろうか。……この自分の特性を今まで誰にも打ち明けたことはなかった。

 なによりも人の魔力を吸収するなど知られてしまえば、あの陛下に骨の髄まで利用され尽くしてしまう。

 もちろん、せっかくのこのチャンスをもふいにしてしまうだろうことは、言われずともわかっていた。


「じゃああなたは、私の魔力を吸収できるってことですか?」

「……そうとも言えます」

「それって一緒にいれば、私の匂いが抑えられるってことですよね……!」

「陛下にはご内密にお願いします」


 私の言葉に、黒姫様が戸惑ったように口を閉じる。


「陛下には未だこのことをお伝えしていません。黒姫様の魔力を吸収することが可能だと、知られたくない」


 黒姫様の魔力を吸収できることが今知られてしまえば、陛下は私の存在を危惧されるだろう。この話は立ち消えになってしまうばかりか、下手したらもうお会いすることも叶わなくなるかもしれない。そんなことは――私は黒姫様の心を慮っていると言いながら、そんなことは私には耐えられそうになかった。

 だから私はそれを伝えた上で、私には黒姫様と添い遂げる意思があること、しかし黒姫様は必ずしも私に縛られなくていいことをお伝えするつもりだった。

 だが私には運のないことに、ここで時間が尽きてしまった。


「いやぁ、とんでもないことをしてくれたよね」


 そうボヤきながら入ってきたのは当の陛下で、思わず口を噤む。

 疲れ切った陛下はおざなりに事実確認をすると、今度は堰を切ったようにアシュロム様との婚約解消を申し出る黒姫様に目を丸くしていた。


「……まぁ、君をこの地に引き留めておきさえすればいいわけだから、その役目を担うのはなにもアシュロムじゃなくてもいいわけだ。騎士サンダルディア」


 ここで私という駒を使ってくるまでは、想定内だった、けれども。


「昨日の今日で全然話を詰めてなかったけど、君には権利があるね。カレナリエル杯の勝者として黒姫に求婚する権利だ。行使するかい?」

「ええ」


 呆然と私を見上げてくる黒姫様に、心が痛む。

 ああ、こうなる前にきちんと彼女に伝えておきたかった。

 私はあなたを蔑ろにするわけじゃない。これが私ができる最大限の、あなたを守るための手段だった。

 あなたに完全なる自由は与えられないけど、せめてその心だけでも少しでも自由を感じてほしい。もっとあなたと言葉を交わして、あなたのことを知って、あなたの望むことを叶えて、少しでもあなたにこの世界を好きになってもらえるように。

 またあなたを縛るために私はこの役目を選んだのではないのだ、と。

 でも、そんな私の思惑など関係なしに、話は驚くほど淡々と進んでいく。

 呆然としたまま表情を無くしてしまった黒姫様を一人、取り残したまま。








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