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外交

ここまで読んでいただいてありがとうございます!

長らく更新せず、すみませんでした。

婚姻後、在りし日の二人の姿、三話ほどです。

 

 真っ黒な頭髪を靡かせた一組の男女の貴人が、物々しい警備体制にも臆することなく、入室してくる。

 噂には聞いていたが、実際にその姿を目の当たりにして、ニムラス国第二王子グルーイルは驚きを隠せなかった。

 夢にまで見た甘い甘い黒色の魔力。その魔力が今まさに、目の前にある。


「初めまして、グルーイル様」


 少々ぎこちないが、なんとも愛嬌のある仕草でカーテシーを披露した黒色の姫は、体を起こすとにっこりと笑いかけてきた。

 顔はごくごく平凡。あまり見たことのない造りかもしれない。

 だがその目は今にも吸い込まれそうに真っ黒で、あまりにも芳しいその魔力(におい)に、グルーイルは思わずうっとりと表情を崩しそうになった。

 だがそれも仕方のないことなのかもしれない。なにせこれだけ芳しい魔力の持ち主になど、会ったこともないのだから。


「このたびはお招きいただいてありがとうございます。ニムラスの素敵な魔道具を拝見できる機会に恵まれるなんて、なんて光栄なんでしょう」


 黒色の姫が嬉しそうに喋るたびに、ふわりふわりとなんとも言えない香りが漂ってくる。同じく芳しい魔力を漂わせている彼女の伴侶は、一言も喋らずにずっとグルーイルを見据えていた。


「いえいえ、我が国の魔道具なんて所詮は紛いもの。素晴らしき栄光の一族、太陽の乙女と黒色の姫に愛されたイスタルシアに比べれば、どうということもない」


 実際にこの国ニムラスでは、隣国のイスタルシアと比べると強い魔力を持つ者がいなかった。だからこの国では、その足りない魔力を補うために魔道具の助けが必須だった。

 グルーイルはスカイグリーンの淡い輝きを放つその頭髪の奥から、ひたりと舐めるような視線を黒姫に定めた。

 ずっと、この(魔力)が欲しかった。

 この女さえいれば、イスタルシアなど恐るるに足らぬ国となる。

 人心掌握に長けたその魔術を持って、この世界の覇者となるのがグルーイルの野望だった。そしてそれは、魔道具の製造に長けた自分にしかできないことだと自負していた。

 あの日。

 腹心の部下を迎えにやった日。

 もう少しで黒色の姫を我がものに出来ると、慢心していたのがいけなかったのか。

 なかなか返ってこない部下に業を煮やして偵察を送ったところ、結果はあまりにも悲惨なものだった。

 部下は虫の命で回収されたあとで、同時に手に入るはずだったイスタルシアの王族は爆散。魔力依存の騎士は廃人となり、自分が作った自慢の魔道具は、ことごとく破壊され尽くしていた。

 グルーイルはあのときの屈辱を、あれから一日たりとも忘れたことはない。

 すべては完璧だった計画を黒色の姫の膨大な魔力、ただそれだけが邪魔をして、そして台無しにしていった。

 屈辱に腸を煮えくり返しながら、どれだけの年月をかけただろう。一心不乱になって作りあげた魔力吸収装置は、あのときの十倍以上もの威力を誇る。

 今度こそ、完璧にこの女を封じてみせる。

 グルーイルは爽やかに浮かべた笑みの奥で、屈辱の炎に心を焦がしていた。


「さあ、黒姫様、こちらへ。さっそくご紹介いたしましょう」


 グルーイルは高揚する気持ちのままに極上の笑顔を浮かべ、無邪気にはしゃぐ黒姫のエスコート役を買って出ようとした。

 だが、彼が差し出した手は黒姫に届くことはなかった。

 グルーイルの手を遮って、彼女の伴侶が守るように黒姫の体に手を添える。

 向けられた翠の瞳に、温度はない。


「黒姫様、お手を」


 静かな声にも、感情はない。黒姫は二人の様子などまったく気づいた様子もなく、信頼しきった眼差しを己の伴侶に向け、躊躇うことなく伴侶の手をとった。

 瞬間、グルーイルの心を占めたのは嫉妬だった。

 その女は、その魔力はもうじき自分のものになる。それをほかの男に軽々しく触ってもらいたくない。

 それは自分のものだ。ほかの誰のものでもない、自分だけのものなんだ!

 手を離せと主張したくなる元来の傲慢さをなんとかねじ伏せて、グルーイルは今に見てろとどうにか笑みを浮かべ直した。








 別室に展示されていた魔道具の数々に、思わずといったように黒姫は声を上げた。


「すごーい! こんなに沢山あるんですね!」


 展示品の一つに駆け寄って眺め始めた黒姫に、隣の伴侶は微笑ましげな甘い笑みを浮かべている。その姿に内心歯軋りしながらも、グルーイルは着々と計画を進めていた。

 黒姫が展示された魔道具を眺めようと奥に進めば進むほど、徐々に魔力が吸い取られていく。

 展示品を案内するルートは事前に決めていた。あとはその床に魔力吸収装置をこれでもかと敷き詰めておけばいい。スイッチはグルーイルの踏圧だ。だから確実に歩ませるためにも本当は黒姫はグルーイルがエスコートしたかったが、まあいい。

 確実にグルーイルの誘導する通りに二人が歩んでいるのを見て、彼は内心の嘲笑いを深くした。

 一つ一つ、グルーイルは懇切丁寧に通釈した。彼の本意を悟られないように、これ以上したことないというほど愛想笑いを浮かべて、噛み砕いて説明した。なにも知らない黒姫は、ふむふむとえらく熱心に頷きながら聞いている。時折質問してくる黒姫のそばで、彼女の伴侶はまったく興味の欠片もない素振りであらぬ方向を眺めている。


「そして、ああ……黒姫様、ぜひとも最後までその目に焼き付けていただきたい。私は今日この日のために、黒姫様にお披露目するそのためだけに、とっておきの魔道具を開発したのです!」


 グルーイルはとうとう高揚を抑えられなくなった。彼は逸る気持ちのままに黒姫の腕に手を絡め、その体を引っ張る。彼女の伴侶が抗議する前に、手早く奥の部屋へと続く扉を開けさせた。


「どうか黒姫様! その目に深く深く刻みつけてください! これがそう、我が人生で最初で最後の最高傑作――」


 開いた扉の先、目の前に聳え立つ巨大な魔道具――いや、それはもはや建造物に近かった――を目にして、黒姫はぽかんと口を開けた。その顔のまま、黒姫の体が横に揺らいで倒れていく。

 その体を優しく抱きとめて、グルーイルはうっそりと笑った。








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