契り
あとは、怒涛の毎日だった。
後処理に追われる王やリネイセルには、しばらく会えないままの日が続いた。
時々アシュリーがやってきては、事態の収拾がどこまで進んだのか、進捗状況を教えていってくれた。
「結局、アシュロムまで共謀していたことは公表しないことになったの。ギルノールは姿を見られているから言い逃れはできないけど、でもそれも高魔力依存障害を笠にするつもりのようよ。だからあんな土壇場になって認めたのだと思うわ。とにかくお兄様は今回の誘拐騒動に関しては、そうお決めになられた」
アシュリーが遠くを見遣りながらそう語るのを、ぼんやりと見つめながら聞く。
「色無しサンダルディア……ではなかったわね、リネイセルは反対したけど、お兄様は聞き届けなかった。その代わり、あなたに対する扱いについて、リネイセルの要求を一部呑まざるを得なくなったけど」
「そうだったんですか……」
「それだけ?」
ぼんやりした私の返事に、アシュリーは面白くなさそうな顔をする。
「もっとこう、反応はないの?」
真っ青な瞳に覗き込まれて、詰め寄られる。
「あんなに想いを寄せていたあなたのリネイセルが、あなたのために昼夜身を粉にして働いているのよ。それこそ、お兄様も呆気にとられるほどにね。何度も言うけど、他でもないあなたのために!」
「なんだか、申し訳なくて……」
そうやってリネイセルが頑張ってくれている間、私は今まで通り、この部屋に閉じこもってじっとしているだけだ。
「なに言っているの。愛しい姫のために尽力するのは騎士の性でしょう。むしろ今までになく活き活きとお兄様とやり合っているわ。それよりもあなた、そうやってぼんやりと過ごせるのも今だけよ? 婚姻後は覚悟しなさい。イスタルシア一族として、今までのように閉じこもりっぱなしって訳にはいかないから」
途中で厳しくなった声音に、頷きを返す。
分かっている。
イスタルシア王が私を保護した理由。
いずれはこの魔力をもって、周辺諸国へと有利になるよう働きかけたいからだ。
これからリネイセルと夫婦になって、イスタルシアの姓をもらうということは、私も一族と共にこの国の発展に寄与しなければならない。
そんなことは分かっている。もうとっくに腹は括った。
でもそれは、この国のためでも、王のためでもない。
イスタルシア一族となったリネイセルのためにと思えばこそ、覚悟も決まったのだ。
いくらその血を引いているとはいえ、彼は今まで“色無し”として過ごしてきた。その彼が認められるには、多かれ少なかれ私の協力が必要だと、そう思ったから。
「ええ、リネイセルがそう望むのなら、私はいくらだってこの魔力を使いますよ」
「……お兄様は一生苦労しそうね」
アシュリーの言葉に、しばらく見ていない翠の瞳に想いを馳せた。
暫くの月日が経った後。
「黒姫様」
かけられたメイヤさんの声に、顔を上げる。
「あら、とても似合っているではないの」
振り向くと、アシュリーがいた。
今日の主役であるはずの私よりもよほど様になっているドレス姿に、思わず苦笑が出る。
「なに? その笑いは。おそらくあなたの人生において、これ以上の幸せなどないという日に、そんな引きつった笑顔は止めてちょうだい」
いつもの歯に衣着せぬ言葉でアシュリーは私を一刀両断すると、珍しく素直な笑顔を浮かべる。
「まぁ、この幸せを手に入れるためにあなたも色々とがんばったのだから、今日くらいはお小言もこのくらいにしておいてあげる」
アシュリーは笑い声を上げて、身を引いた。
「ようこそ、イスタルシア一族へ。果てなく続く長い地獄の旅路へ、歓迎するわ!」
アシュリーが身を翻した先に、純白の衣装に身を包んだリネイセルが待っていた。
さらりと長いプラチナブロンドをビロードのリボンで一つに結び、その透き通るような綺麗な瞳は、温かい光を湛えて私に向けられている。
彼は面白そうに見守っているアシュリーの視線をものともせず、ふわりと柔らかい笑顔を浮かべた。思わずその笑顔に見惚れる。
いつまで経っても、この笑顔には慣れない。向けられるたびに胸がどきりと高鳴って、血が上ったように頭がぼーっとなって、言葉が出てこなくなる。
真っ白な手袋に包まれた手が、私へと差し出された。
「お迎えに伺いました。さぁ、行きましょうか」
リネイセルの手を取る。
二人の愛を誓う儀式へと、共に歩を踏み出した。
カレナリエル杯を制した勝者と太陽の乙女の婚姻とあって、開放された王宮の中庭には、沢山の群衆が詰めかけている。
イスタルシア王の朗々とした演説が終わったあと、私たちは王に呼ばれて、皆の前へと姿を現した。
「後々まで語り継がれるであろう、この素晴らしい日に祝福を! ここに二人の婚姻を、認めよう!」
王の声に応えるように、群衆からは沢山の歓声が上がっている。
それをリネイセルと微笑みながら眺め、小さく手を振り返す。
「準備はいいですか?」
以前から、二人で計画していたことがあった。
リネイセルのその力を見せつける、とっておきのタイミング。
「ええ、私は大丈夫です」
その言葉に頷きを返すと、くいと控えめに、だが力強い腕が私の腰を引き寄せる。
「……? リネイセ……」
呼びかけた言葉は、途中で遮られた。
柔らかい唇が、慈しみを込めるように優しく触れる。戸惑うように硬直した腕を、優しい指が解きほぐすようにそっと握りしめてくる。
その髪が漆黒に染まってゆく。どよめくように上がる歓声。そちらを向こうとして、リネイセルの大きな手が引き戻すように頬に触れた。包み込まれるような感触に、力を抜いて目を閉じる。
珍しく狼狽した声を上げる王、してやられたと楽しそうに笑うアシュリー、それをかき消すほどの群衆の歓声。
賑やかなざわめきを背景に、その腕の中に身を預ける。
かつては、その姿を見られるだけでも幸せだと諦めていた。でも今は、その静謐な湖畔を思わせる優しい翠の瞳は、まっすぐに私だけを見てくれている。
とろけるような甘い口づけを交わしながら、私たちは今この瞬間の幸せに、笑い合った。




