激突
カレナリエル杯のときとは打って変わって、立会人の王と私しかいない中、目の前の二人は静かに対峙していた。
「これより古の王の定めに従って、カレナリエルの乙女を賭けた決闘を執り行う。両者とも、前へ」
王の声にリネイセルは粛々と前に進み出た。それを受けて、アシュロムは不敵な笑みを浮かべる。
「なにか言いたいことは?」
「いえ、特には」
アシュロムは皮肉げに鼻で笑うと、紺碧の瞳を私に向けてきた。
憎々しげで、それでいてどこか希うようでもある冷たい瞳。
「じゃあさっさと始めようか」
二人が所定の位置に着いたのを確認して、王が合図を出す。
「お互い正々堂々を心がけて。それでは、始め!」
その瞬間、弾丸のように飛び出したリネイセルに向かって、アシュロムは素早く作り出した光の鞭を振り上げた。
みるみる間に伸びていく光の鞭が空中に飛び上がったリネイセルのあとを追いかける。その姿を捕えようとでもするかのようにくねる鞭に、リネイセルは空中で器用に身を捻って間一髪で避けた。
着地したリネイセルに間髪入れず鞭を叩きつけるアシュロム。咄嗟に飛び退いて、リネイセルは地面を転がっていった。
アシュロムは土だらけになったリネイセルの姿に、高笑いを上げる。
「ハハハッ! いいざまだな、色無しめ。カレナリエル杯で満足しておけばよかったものを、余計な欲を出すからだ。さあ、もっと無様な姿を晒すがいい!」
アシュロムは狂ったように笑いながら、無茶苦茶に光の鞭を振り回している。それをリネイセルは素早い動きでなんとか避けているような状況だった。
さすがに腐っても王族だった。
こういった武道とは無縁のように見えていても、ちょっと腕をふるうだけで自由自在に鞭が伸びて、まるで生きているみたいに執拗にリネイセルの後を追いかけていく。
カレナリエル杯とはまた違う、圧倒的な力だった。
ギルノールに引き続いての危機的状況に、胸の奥が悪い予感にざわざわしている。
いっそ勝敗なんかどうでもいい、リネイセルさえ無事なら――そう思いかけて、その考えを振り払うように頭を振った。
リネイセルは自らの意志で一騎打ちを行うと決めた。ならば私は彼を信じよう。信じてその勝利を願おう。
胸の前で両手を力一杯に握りしめる。
ちょうどリネイセルがうねる鞭をすり抜けて、駆け抜けざまにアシュロムに剣を抜き放ったところだった。
光の鞭ごと切り裂いて、その首に切っ先を突きつけようとした瞬間、反対の手から瞬時に光の鞭が現れてリネイセルを貫こうとする。
反射的にリネイセルは飛び退いて、アシュロムから距離を取った。
両手に二本の光の鞭を従えたアシュロムは、うす笑いを浮かべている。
「どうした? 逃げてばかりでは私には勝てないぞ。それとも入る隙もないか? ほんの目の前に愛しの姫がいるのに、お前には手が届かないな?」
アシュロムは愉悦の笑みを浮かべて、鞭を閃かせた。
光の雨のように降り注ぐそれをリネイセルは一瞥する。だが今までと違い、警戒を解くようにリネイセルは起立すると、彼はそれに向かってさっと腕を横に振った。
「なにっ……!」
思わず息を呑んだ私をよそに、アシュロムの光の鞭がサラサラと消えてゆく。
「なんだ……今のは」
顔色を変えたアシュロムに、リネイセルが疾風の如く駆け抜けて迫ってゆく。
今度こそとどめを刺せるかと手を握りしめる――が、リネイセルが迫った瞬間にアシュロムはまた新たに光の剣を生み出した。
斬りかかろうとしたリネイセルは瞬間に身を反転させて、その剣の切っ先を躱す。
……そうか。あれ、レーザーみたいなものなんだ。
剣みたいに実体がないから、打ち合いのように受け止めることができない。
だから躱すしかできなくなる。
とてつもなく戦いにくそうなリネイセルに、額から汗が流れ落ちる。
隣の王もいつになく静かに、二人の様子を見守っている。
アシュロムは光の剣を手に、まるで舞うようにリネイセルに斬りかかってゆく。それをリネイセルも剣舞のように華麗に避けては、斬りかかってゆく。
一瞬たりとも目が離せないような、息する音さえ潜めないといけないような緊迫した空気の中で、二人の立てる音だけが辺りに響き渡っていた。
どれだけの時間が経っただろうか。
一糸乱れぬ動きで、演舞でも舞っているかのように剣を交わし続けた二人は、だがあまりにも長い時間に――アシュロムのほうが先に足元をふらつかせた。
その隙をリネイセルは逃さなかった。
まるでそうなることを待っていたかのように、その隙に合わせて切っ先を薙ぎ払う。
長い時間をかけた戦いは唐突に終わりを告げた。
鋭い眼光のリネイセルが、アシュロムの首元に剣の切っ先を突きつけていた。
「……殺せ」
アシュロムは負けたというのに、いつものように皮肉げな笑みを浮かべて崩さなかった。
「恥を晒してまで生きたくもない。いっそここで一思いにとどめを刺せ」
リネイセルは切っ先を突きつけたまま、睨むようにアシュロムをみつめている。
「どうした? 私が憎いのだろう? 好きにすればいい。勝者はお前だ」
駆け寄ろうとした私の手を咄嗟に王が掴んだ。
二人に視線を固定したままの真剣な王に、足が竦む。
リネイセルはしばらくアシュロムに切っ先を突きつけていたが、やがてゆっくりと剣を下ろした。
「……二度と黒姫様の前に現れるな」
それだけを告げて背を向けたリネイセルに、アシュロムは冷たい笑みを深める。
「その決断を後悔しないことを祈るよ」
一騎打ちを終えたリネイセルが、こっちへと歩み寄ってくる。
無事に勝利を収めたリネイセルの姿に、今度こそ私は駆け出した。




