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主張

 

「いやぁ、とんでもないことしてくれたね」


 そうぼやきながら入ってきたのは王だった。


「後処理が大変だったんだからね。しばらくあの部屋は使用禁止だ」


 王は目の前のソファに腰かけると、ため息をついて天井を仰ぐ。


「君の護衛は魔力中毒で運ばれた。当分の間、療養が必要だってさ。ハハッ、これでまた一つ新たに黒姫の伝説が追加されたね」


 皮肉げな言葉に俯く。彼らが元気になった折には、機を見て謝ろう。


「あの、アシュロム様は……」

「意識は取り戻したよ。まだ酩酊しているみたいで、彼も自室に返した。話が聞けるようになり次第、シルが聴取に行く手はずになっている」


 王は髪をかきむしると、やっと体を起こした。乱れた金髪が額にかかって、そんな姿も神がかった美しさだ。


「この死ぬほど忙しい時期に、これ以上の騒ぎは勘弁してもらいたいところなんだけどなぁ。それで? 一体なにがあったの?」


 先程リネイセルに説明した話を再び順を追って話していくと、それを聞いた王は疲れたようなため息を漏らした。

 そんな王に追い打ちをかけるようで申し訳ないが、もう一つ伝えなければならないことがある。


「陛下、アシュロム様との婚約を解消してくれませんか」

「……そう」


 話を切り出した私に、王はわかっていたのか、それだけを返した。


「これ以上はもう一緒にはいられません。私はアシュロム様とは結婚できない」

「そう、そうだろうね、でも」


 珍しく言い淀むように、王は言葉を切った。


「それは、アシュロムに婚姻する気があったとしても?」

「私にはそんなふうには見えませんでしたけど……仮にもしそうだとしても、そしたらあんな沢山の令嬢と関係を持つような振る舞いはしませんよね?」

「まぁ、そう思われるのも当然か」


 ふっと王は笑った。どこか失望したような、残念そうな笑みだった。


「分かった、黒姫にはアシュロムとの婚約を続ける気はないということだね」


 試すような深い蒼の瞳が真っ直ぐに注がれてくる。異様な緊張感にごくりと喉を鳴らしながら頷き返した。


「ところで、この婚約の目的は黒姫をこの地に留めるためだったね」


 王は突然、話を変えた。


「漆黒の姫がこの王宮に降臨したとき、その存在は瞬く間に近隣諸国へと広まった。その異様なまでの異色ぶりに各国から君との縁を結びたいとの申し出が殺到し、いつ掻っ攫われるか油断できないような状況だった。だから君をこのイスタルシアに留めておくために、略奪されないように当時は早急に関係を結ぶ必要があったんだ」

「私には一言も断りがありませんでした」

「黒姫の了承を得ずに勝手に話を進めたことは謝るよ、すまなかったね。でもこの世界に来たばかりの君にそんなことを考える余裕なんてなかっただろう? それにこの国でこそ君は裕福な生活をおくれているが、他国でもそうだとは限らないんだよ? その豊潤な魔力を搾取され続ける未来だってあったんだから。だからこの国に庇護されただけマシだって思ってもらわなきゃ」

「それは、そうですけど……」

「まぁ、君をこの地に引き留めておきさえすればいいわけだから、その役目を担うのはなにもアシュロムじゃなくてもいいわけだ。騎士サンダルディア」


 ここで王は急にリネイセルの名を呼んだ。呼ばれた彼は、護衛の位置から王の前に進み出る。


「昨日の今日で全然話を詰めてなかったけど、君には権利があるね。カレナリエル杯の勝者として黒姫に求婚する権利だ。行使するかい?」


 王の言葉に茫然とリネイセルを見上げる。急な展開に思考がいまいちついてきていない。そんな私をよそに、リネイセルはその透き通った瞳を真っ直ぐに王に向けて答えた。


「ええ」

「それじゃあ、古の儀礼に則って彼らには正々堂々と勝負してもらおう。ここに宣言するよ。イスタルシア王の権限をもって、リネイセル・サンダルディアがアシュロム・ティボリ・イスタルシアに黒姫の婚姻権を掛けて挑むことを認めよう」


 王の高らかな宣言に、リネイセルが騎士の礼をとる。ポカンと見上げた私に、二人の視線が注いできた。


「どういうことですか?」

「言葉の通りさ」


 リネイセルは相変わらず表情の変化がなく、彼がどういうつもりでそこまでしてくれるのかが分からない。


「リネイセルはカレナリエル杯を制した優勝者だ。その勝者が黒姫への求婚を望み、それをイスタルシア王が許可した。この場合は古の王の定めに従って、姫を賭けての一騎打ちが行われる」


 それはまさか、アシュロムから私を解放するためにリネイセルが戦うということか。目を白黒させている私に、王はくつくつと笑いをこぼす。


「といっても、一筋縄ではいかないと思うけどね。アシュロムだって、腐ってもイスタルシア一族だ。彼の魔力はこの太陽の一族に属するもの。色無しサンダルディアでは太刀打ちできないかもしれない」


 煽るような王の言葉にもリネイセルは顔色一つ変えることなく、その美貌をじっと見返している。


「それに挑戦できるのは一回きりだ。リネイセルが敗北すれば、君はアシュロムと結婚するしかないということになる」

「それは、でも……」


 果たしていいのだろうか。

 分からない。彼がどういうつもりでこんなことをしているのか。

 私が縋ったから? 可哀想だから? 助けるため? でも、そしたら彼の気持ちは?


「どうしたの? そんなに考え込んで。喜ばないの? リネイセルが勝てば、君は望み通りにアシュロムと婚約解消できるんだよ」


 でもそうしたら、リネイセルは私と結婚するしかなくなる。

 たまらなくなってその静かな顔貌を見上げるけど、私の葛藤を他所にリネイセルは表情を変えることなく、元の場所に戻ってまた護衛へと徹し始めた。

 リネイセルへと問いただしたかった。あなたはこれでいいのかと。この化け物じみた女を娶る羽目になるかもしれないのに。


「失礼します」


 そのとき、控室に繋がっている扉からノックの音がして、王の許可のあとにメイヤさんが姿を現した。


「お話中すみません。セリオン様が陛下をお探しになっております。あまりこちらに長居されますと、黒姫様の所在が知られてしまう恐れがあるかと」

「それはいけない」


 王はさっと立ち上がった。


「これ以上黒姫絡みのゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。僕は政務に戻らせてもらうよ」

「陛下」


 一言声をかけたリネイセルに、王は片手を上げて制した。


「ああ。リネイセルはそこで療養という名の護衛をよろしく」

「かしこまりました」


 言うだけ言いおいて、王は振り返りもせずにさっさと退室して行ってしまった。








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