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決勝

 

 皆の予想に反して、リネイセルはなんと決勝まで勝ち上がってきた。

 今日はカレナリエル杯最後の試合とあって、客席の盛り上がりは最高潮に達している。私は貴賓席で見学ではなく、今は王と一緒に試合場にて対峙する二人との間に立っていた。


「二人ともよくぞここまで勝ち上がってきた。さあ、これが最後の試合となる。騎士の誇りをその胸に、勝利を掴むその瞬間まで正々堂々と戦い抜かんことを!」


 王の高らかな宣言に、リネイセルと対戦相手、ギルノール・セリオンは騎士の礼をとる。

 大歓声の中、品行方正で通っている騎士団長は琥珀色の瞳に仄暗い光を宿しながら薄っすらと笑みを浮かべた。


「ああ、とうとうここまでやってきたのですね。これでやっとあなたに正々堂々と触れていただける。待ち焦がれていましたよ、この日を!」


 ギルノールはうっとりとした笑みを浮かべながら私をかき抱こうとでもするように両手を差し出してきた。あまりにも自分が勝つのが当然だと、そう確信しているかのような物言いに、民衆の眼前だというのに思わず顔を引き攣らせてしまう。


「ちょっとちょっと、騎士セリオン。乙女の口づけを受けられるのは勝者だけなんだからね?」

「もちろん弁えておりますとも」


 窘めるような王の言葉を受けても、ギルノールは恍惚とした表情を変えない。


「陛下、誤解しないで頂きたいのですが……決して騎士サンダルディアのことを見くびっているわけではありません。相手が誰であろうと私は必ず勝利を手に入れる。ただそれだけのことです」


 すごい自信だ。

 ギルノールは悠々とした笑みを浮かべている。事実彼は近衛騎士団長を務めているくらいだから、その実力も伊達ではないのだろう。


「そうです、陛下。私がカレナリエル杯を制した際には、どうか聞き入れて頂きたいことがあります。私の騎士としての忠誠に免じて、黒姫様を賜ることをお許し願いたいのです」


 ――なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。


「……ほう?」

「初めてそのお姿を目にしたときから、私の心は黒姫様にずっと掴まれたままだ。この胸はあなたのことを想うだけで、張り裂けそうなほどに切なく痛む……ああ、狂おしくて今にもどうにかなりそうなのです! あなたのことを想って幾度眠れぬ夜を過ごしたことか……我が王よ、この愛に囚われた下僕を哀れに思われるのならば、どうか慈悲を与えてはくれませんか」


 あまりの恐怖に一言も言葉を発することが出来なかった。だって……こんなことってあるだろうか。

 やれと言われてカレナリエルの乙女だなんて役を無理矢理引き受けさせられたというのに、そのせいで二度と関わり合いたくないと思っているギルノール・セリオンと結婚させられる羽目になると? ……冗談じゃない。こんなのってあんまりだ!

 それにそもそも、私には既にアシュロムという婚約者がいる。私の膨大な魔力も、このイスタルシア王家の威光を知らしめるために必要なもののはずだ。それを試合に優勝したからと婚約者を差し置いて下げ渡すなんて、できるはずがない。

 わなわなと震える唇を噛み締めてなんとかそう言葉を紡ごうとしたそのとき、王の静かな言葉が私を遮った。


「んー、いきなり下げ渡すっていうのはちょっと難しいね」

「陛下」

「はいそうですかとはいかないよ。でも君の今までの働きに免じて、勝利を収めた暁には一考してみよう。ともかく話は試合に勝ってからだ」

「……勝てばいいのですね」

「そう言っている」


 思わず勢いよく王を見上げる。

 神と見紛う美貌は、このときばかりは予想に反していつものように笑っていなかった。


「だが騎士サンダルディアだって、僕の忠実なる騎士であることには違いない。騎士セリオンの嘆願のみを聞き届けるというのも不公平な話だね。騎士サンダルディア、ついでだ。お前も望みがあるのならば言いなさい」

「ありがとうございます、陛下。ならば私も同じように」

「……リネイセル?」


 心なしか低くなったバリトンの声を気にもせず、リネイセルは王に視線を向けたまま淡々と述べる。


「セリオン隊長だけでなく、私が優勝した際にもその権利を頂きたく存じます」


 リネイセルを穴が開きそうなほど見つめても、その瞳がこっちを向くことはない。


「なるほど、では今年のカレナリエル杯の優勝者への褒賞は太陽の乙女、黒姫への求婚権とする。どうかな? 二人とも」

「……ええ、構いませんとも。どちらにしろ勝つのは私でしょうから」

「ご配慮感謝いたします」


 顔色一つ変えずに視線を伏せたリネイセル。ギルノールは大胆不敵にもそう宣言してうっそりと笑った。


「私はあなたを手に入れる。すぐにお迎えに上がります、愛らしき我が黒姫よ」


 このときばかりは笑顔を繕うことなどできなかった。必死に首を振って後退るも、ギルノールは気にした風もなく、もはや私を手に入れたも同然とばかりに余裕を漂わせている。


「騎士サンダルディア」


 必死な声でリネイセルを呼んだ私を、王が怪訝な顔をしながら振り返ってくる。こんなこと、カレナリエルの乙女役に徹するのならば言ってはいけないのだろう。

 だけど言わずにはいられなかった。言ってしまってはリネイセルを縛ってしまうとわかっていた。それでも私は彼に縋らずにはいられなかった。


「お願い……お願いです。必ず勝って」


 リネイセルが伏せていた視線を上げ、ギルノールの顔から笑顔が消えた。二人が口を開こうとしたとき、王に視界を遮られる。


「試合が始まるよ。下がって」


 硬い声でそう促されて、黙って下がるしかなかった。








 構えながら対峙する二人を注視しながら、王はぼやくようにもらした。


「あー、とうとう言っちゃったか」


 その横顔を見上げるも、視線は噛み合わない。


「正直、時間の問題だとは思ってたけどさ。よりによってあの瞬間かと思ってね」


 構えているギルノールの剣の切先からみるみるうちに炎が吹き出してきて、彼の全身を覆っていく。

 その舞い上がる炎の熱量に、恐怖で顔が強張った。


「こ……こんなの、勝てるんですか? 騎士サンダルディアは魔力がないんでしょう? こんなの、不公平じゃ」

「勝負は勝負だからね。黒姫をかけた勝負に、公平も手加減もなにもないさ。それに焚き付けたのはほかでもない、君自身じゃないか」

「焚き付けてなんかいません」

「君にその自覚がなかったとしても、泣きそうな顔であんなことを言われたら、そりゃあ後には引けないでしょう。それに君の目にはリネイセルしか映っていない。そのことをギルノールに悟られてしまった」


 ――誰を見ていたかなんて、この王にはとっくにバレていた。

 だって、そんなの仕方ないじゃないか。私の目はこの世界に来たその瞬間から、リネイセルしか見ていないのだから。

 そのリネイセルは頭上に渦巻く大炎を目にしても尚、動じることなく静かに剣を構えている。


「おかげでギルノールは怒髪天を衝く勢いだし、リネイセルはなにがなんでも引かないだろう。ギルノールの言うことなんか、放っておけばよかったのに。わざわざ本気にさせる必要なんかなかった」


 ギルノールは大炎を吹き上げながら、とんでもない力で炎を纏った剣を振り下ろす。地面にひび割れが走り、その衝撃は離れたところにいる私たちのところまで伝わってきた。


「そんなこと言われたって、本当に嫌だと思ってしまったんですから、仕方ないじゃないですか」

「ハハッ、いやにはっきり言うね」

「すいません、でも、嘘はつけません」

「そうだね、黒姫はそういう人だものね」

「そもそも、他人事のように言ってますけど、私一人のせいじゃないと思うんです」


 まるで私だけが悪いかのような言われようにその美貌を睨みつけると、王は「僕がなにかしたかな?」なんてしらを切る。


「あなたが許可なんてしなければ、これほどのことにはならなかったんじゃないですか」

「うん、それはそうだけど。でもそれを禁じたらリネイセルとも結婚できないよ?」

「それは……でも私のこの魔力はあなたたちにとって必要なもののはずでは?」

「そうだよ」


 美貌の王は表情一つ変えることなくそう言い切った。


「だからなんとしても、リネイセルには勝ってもらわないといけない」

「なっ……」


 絶句した私に王は口の端で笑った。


「僕はリネイセルのことを信じているからね。君は? 黒姫はあんなことを言っておきながら、信じてないのかな?」


 対峙している二人を見遣る。

 リネイセルのことを信じていないわけじゃない。ただ、ギルノールの異常なまでの執着ぶりが、私を手に入れたいがために不測の事態を引き起こしてしまわないか気がかりなだけだ。


「……それに、アシュロム様はどうするんです」


 王はびっくりしたように目を見開いてみせた。


「まさか黒姫がアシュロムのことを気にするなんて、思ってもみなかった」

「だって、彼は曲がりなりにも私の婚約者なんでしょう?」

「んー、そのことなんだけどね……」


 王がその先の言葉を続けようとしたとき。

 急に大きな爆発音がして、辺りが黒煙に包まれた。


「なっ……なんですか? リネイセルは? どうなったんですか?」


 思わず王の腕を掴んで身を乗り出すと、「落ち着いてよ」と宥められた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。リネイセルは……」


 もうもうと立ち昇る黒煙の向こうから、片腕で口元を覆ったリネイセルの姿が現れた。静かな眼光は一心にギルノールを捉え、僅かな隙も逃さないとでもいうように油断なく構えている。

 苦々しげに顔を歪めたギルノールが剣を振りかぶって、リネイセルへと斬りかかる。燻る炎の渦がうねるように彼へと襲いかかっていく。リネイセルは隙間を縫うように素早く前に移動すると、目にも止まらぬ速さでその剣を閃かせた。火花を散らせながら刃と刃が打ち合った瞬間、また先程の黒煙が爆発音と共に立ち昇った。








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