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勝利

 

 翌日、いつもと変わらない様子の飄々としたアシュロムに連れられて、再び貴賓席へとやってきた。

 そこに昨日はいなかったアシュリーの後ろ姿が見えて、思わず立ち止まる。


「あら、来ていたの」


 隣の席を進められて、アシュロムは露骨に嫌そうな顔をした。

 こんなとんでもない美人だというのに、アシュロムはどうやらアシュリーのことが苦手らしい。

 この二年間、二人が顔を合わせることも幾度となくあったが、長く言葉を交わすところは見たことはなかった。


「私は失礼するよ」


 アシュロムは私をアシュリーに押し付けると、これ幸いとさっさと退席してしまった。

 その後ろ姿に呆れた視線を送りながら、アシュリーの隣に座り込む。


「これじゃあ、愛想を尽かされるのも当然かもね」


 その様子をアシュリーは面白そうに眺めたあと、すぐに視線を会場の中心へと向けた。


「今年の大会は面白い展開になったわね。まさかあの色無しサンダルディアが本戦にまで出てくるなんて、それも一戦目に勝利をおさめるなんて、誰も予想していなかった」

「そうなんですか? だってあんなに強いのに、勝てないわけないのに」


 武術のことはまったく分からない。

 だけど昨日のリネイセルのあの動き。

 彼がほかの騎士と一線を画していたのは、素人目にも明らかだった。


「あなた、魔力を使うことがどのようなことなのか、本当になにも知らないのね」


 艷やかに結われた金糸の髪、その一房を綺麗に整えられた指先で弾きながらアシュリーがじれったそうに言う。


「もしあなたがその魔力を自由自在に使いこなせるようになったのなら、この国はあなたの機嫌次第でいつ吹き飛ばされてもおかしくないのよ」


 その言葉に目を剥く。


「だから誰もあなたにその力の使い方を教えないの。特にあのお兄様はあなたのこと、今の無知なままで手元に置きたがっているから。だから教えないどころかなにもかもを雁字搦めに縛り付けているの。あなたはここから出られない。私たちイスタルシア一族から逃れられない」


 それはむりやり結ばされた婚約のことを言っているのだろうか。

 双方の意思を無視した、どちらも幸せになれないあんまりな婚約。


「でも、そうね。ねえ、あなたは知っているかしら」


 きらきらと輝く瞳を私に向けて、桜色の可憐な唇はとんでもない事実ばかりを私に突き付けてくる。


「あの色無しサンダルディアも、元はイスタルシア一族なのよ。彼は魔力を持たずに生まれてきてしまったが故に、王族の籍を奪われた可哀想な忌み子なの」


 さらりとこぼれ出た重い事実に、唖然とアシュリーを見つめ返す。


「可哀想に、先代の王から役立たずの烙印を押された色無しサンダルディア。でも彼を救い上げたのも皮肉なことに、今の王であるお兄様だわ」


 目の前で行われている試合を呆然とした気持ちで眺める。

 ギルノールともう一人の騎士の戦いのようだ。

 激しい剣戟と爆発音を響かせながら打ち合っていくが、その内にギルノールが勝敗を決すると琥珀の瞳が一心に私に向けられてきた。

 いつもならぞわりと身の毛を逆撫でているところだが、生憎と今は彼に反応する余裕すらない。


「私たち、みんな兄弟なのよ。……母親は違うけど」


 こんな、本人の知らないところで身の内を暴くようなことを聞いてはいけない。

 理性が必死に歯止めをかけるが、貪欲な心がリネイセルのことを少しでも知りたいと望んでいる。

 その欲に負け、乾いた口からは制止の言葉は出てこなかった。


「色無しサンダルディアは母方の実家からも役立たずだと勘当されて、最近まで名字を名乗ることも許されなかった。それをお兄様が騎士隊に拾ってあげて、そうしたら色無しのくせにどんどん頭角を現していったの。それで煩いお兄様が近衛騎士隊に入れたいからって、無理やり母方の姓を名乗らせているのよ」


 アシュリーは眼前の試合にはとっくに興味を失ったかのように、すっかり体を私のほうに向けている。

 頬に寄せられた細い指先が、はらりと落ちかかる髪を払った。


「本当はイスタルシアの名を名乗っても良かったのだけれど、本人が固辞したらしいの。でも、どうでしょうね。もしも万が一この戦いに勝利したのなら、彼はもう一度望むのかもしれないわ」


 なにを、とは聞けなかった。

 これはあくまでもアシュリーの推測だ。


「私たちはどちらでもいいの。膨大な魔力の塊であるあなたをこのイスタルシアに縛り付けることができるのなら、その方法はなんだっていい。お兄様はそういう人だわ。ああ見えて手段にはあまり拘らない」


 ちらりと顔をあげたアシュリーの眼光は、いやに鋭かった。


「幸せになりたいのなら、自ら掴み取りに行きなさい。誰も捧げてなどくれないわよ」


 目の前にいるのは女神と見紛うかのような貴婦人なのに、それは不思議な気迫に満ちていた。


「お兄様をも利用するの。藻掻かなければこのままなにも変わらない」


 アシュリーは言うだけ言い捨てると、あとは興味を失ったかのように体を引いて視線を逸らしてしまった。


「あの、今のは……」

「気にしないでちょうだい。ちょっとした気晴らしよ」


 それっきりアシュリーの話題は今流行りのドレスや宝石の話に変わっていって、それきりリネイセルの話をすることはなかった。







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