初戦
リネイセルともう一人の騎士は互いに一歩も引かず、激しく刃をぶつけ合っている。
素早い動きで剣を打ち込み、火花を散らしながら果敢に攻めるリネイセル。
「さすがは騎士サンダルディア」
アシュロムは純粋に感心しているようだった。
「色無しのくせに近衛まで上り詰めるだけのことはある。不利になる前に押し切るつもりかな」
闘いのことはよく分からない。
だけど、普段の物静かで動じることのない彼の様子からは想像できないほど、今の彼は苛烈に攻めを展開している。
圧倒的なスピードと瞬間的な力で相手を押すリネイセル。
だけど、相手も一筋縄ではいかなかった。
一瞬の隙を突いて後退すると、僅かに生まれたその間に素早く剣を振り回す。
独特の動きで剣は宙を舞い、切っ先からなにかが飛び出していく。
「あれはなんですか?」
「君もさっきやっていたじゃないか。魔力を込めて放出したんだよ」
あれは意図的にやったことじゃない。
偶然の産物だ。
「つまり……?」
上手く理解できない私に、呆れたようにアシュロムは肩を竦めてみせた。
「本当に無駄に魔力だけは持っているのに、それがなんなのかはまったく理解してないんだね。あれは彼の魔力を軌道に乗せて、飛ぶ斬撃として出しているんだ」
魔力ってそんなこともできるのか。
だからさっきからリネイセルは相手に近付けず、飛んでくる斬撃を躱してばかりいるのか。
思わぬ相手の反撃に、無意識に手を握り締める。
「封じる魔力を彼は持っていない。さぁどう出る、騎士サンダルディア」
リネイセルは僅かな動きでギリギリに躱すと、魔力の刃が途切れた瞬間を狙って一気に距離を詰める。しかし相手も素早く反応して剣を突き出してくる。
なにが起こったのか分からなかったくらい、一瞬の間の出来事だった。
「勝者、騎士サンダルディア!」
気づいたときにはリネイセルはもう相手の首筋に刃を突き付けており、試合は決着がついたあとだった。
「なにが起こったのか分からなかった……」
隣でアシュロムも腑に落ちない顔をしていた。
「おかしいな。確かに魔力が当たったと思ったが……」
試合の終わった二人は互いに礼を交わし、端へと歩き去って行く。
その後ろ姿が消えるまで目で追った私を、アシュロムはあの薄暗い紺碧の瞳で見つめてきた。
「君はさ、なんというか……少しは隠そうとは思わないのかな」
「なにをですか?」
「とぼけるつもり?」
ニコリと笑ませているその瞳の奥は、相変わらず仄暗い。
「言っておくけど、今現在君の婚約者とされているのはこの私だよ」
「だから、分かってます。そう何度も言わなくたって」
「そうかな」
紺碧の瞳が覗き込むように見下ろしてくる。
「残念ながら、君が分かってるとは思えないけど」
その後試合に興味を失ったアシュロムは、声をかけてきた貴婦人を連れてその場を後にしてしまった。
これ幸いにと私もじろじろ見られていた貴賓席を逃げ出し、自室へと帰る。
今日の試合で勝ち残ったので、明日もリネイセルは試合がある。……ということは、直接声をかけるのは叶わなくても、遠目から応援することはできる。
リネイセルの苛烈に戦う姿。
その姿を思い浮かべるだけで、胸が熱く苦しくなってくる。
彼に接すれば接するほど、様々な顔を知れば知るほど、ますます好きになっていく。
何度も諦めなきゃって思った。
王の背後に立つその姿を見ないようにしても、考えないようにしても、でも結局はいつもリネイセルのことを考えてしまう。
だって彼だけなんだ。最初から私に普通に接してくれたのは。彼だけが、私の悩みに気づいて助けようと動いてくれた。
誰もが膨大な魔力を持つ私を厭い羨む中で、皮肉なことに魔力のない彼だけがなんの思惑もなく接してくれる。
そんな私にとって唯一無二の存在の彼を忘れようだなんて、簡単に出来るわけがないんだ。そう簡単に忘れられるような気持ちなら、今頃こんな苦しい思いなんてしなかった。
だから秘かに決めた。
せめて目で追うだけ。
それだけで自分の心が救われるというのなら。
心の中だけでも彼に縋ってしまおうって。