大会
とうとう、この日がきてしまった。
騎士団の開催する武道大会、カレナリエル杯。
闘技場の観客席は観戦者で賑わい、ステージには出場者が整列して王の言葉を待っている。
予選を勝ち抜いた猛者だけがこの本戦に参戦できるとあって、錚々たる面々が揃っている。
その内の一人。
太陽の光に輝く、銀色にも見えるプラチナブロンド。静謐な湖を思わせる、透き通った翠眼。
リネイセル・サンダルディアも無事に予選を勝ち抜いた参戦者の一人だ。
王の隣に並び立つという公開処刑を受けていることも忘れ、正装姿のリネイセルに今日も今日とて視線を奪われる。
ちなみにギルノール・セリオンも整列していて、目が合うと微笑まれた。
王は会場を見渡すと神々しい笑みを浮かべ、サッと片手を上げる。それを受けてざわついていた会場が、瞬く間にシンと静まり返る。
「諸君」
王の笑みが深まると、会場のあちこちから感嘆の溜息が漏れた。
「今年も我が国が誇る騎士団開催の、伝統あるカレナリエル杯が始まった。ここに揃うは何れも質実剛健な猛者たちである。此度もその実力を余すところなく見せてくれるであろう。栄誉ある騎士たちに、カレナリエルの乙女より祝福を」
王が一歩下がると、会場中の視線が今度は私に注がれた。もはやあれこれ考える思考を放棄して、諦めの境地で前へと進み出る。
「すべての騎士に太陽の祝福を。栄光ある勝者には口づけを」
テンプレの祝詞を、なにを考えるでもなく淡々と述べる。
厳かにそう言い放てば、あとは太陽の乙女の儀礼に則り、決まった作法を一つ一つこなしていくだけだ。無心になれと必死に自分に言い聞かせて、ただひたすらに儀式の手順を追う。それが終われば最後に跪いている騎士達に近づいて、清められたカレナの花びらを頭上へと撒く。
それで無事儀式は終了となるはずだった。
そう、終了となるはずだったのに。それまで微動だにしていなかった騎士たちが、私が花びらを撒き終えた途端、なぜかふらふらしだして苦しそうに呻きながら堪えるように震え出したのだ。
不測の事態になにが起こったのか分からず固まってしまう。後ろから強く手を引かれて振り向くと、焦った顔の王に募られた。
「ちょっと、なにしてるの? そんなに魔力込めたら皆当てられるに決まってるよ」
「えっ……魔力?」
そんなもの込めたつもりは毛頭ない。
そもそも自分では扱いきれていないものなのに、込めるだなんて器用なことできるはずもない。
混乱のまま王を見上げると、「ああ、もう」と小さく毒づかれて、そして王は口の中で聞き取れない言語を呟いた。それと同時に撒かれていたカレナの花びらがふわりと浮かび上がって、眩しい光に包まれる。
花びらは一つ一つがまるで精霊のように神秘的に光り輝きながら、舞うように漂い、静かに燃え上がっていく。
やがて燃えカスも残さずに花びらが焼き尽くされると、騎士たちはやっと震えが収まったように体勢を整え始めた。
王は何事もなかったかのように観客に満面の笑みを見せる。するとパフォーマンスと思われたのか、さらなる大歓声が沸き起こった。
次々と、大勢の観客から投げ込まれるカレナの花束。その鮮やかな黄色や橙の花弁に包まれながら、立ち上がったリネイセルは私を見ていた。
真っ直ぐな視線が私に向けられている。
観客へとそれぞれにアピールしている騎士たちの中で、唯一リネイセルだけが私を見ていて、そして彼は唇を動かした。
「――、――」
会場を埋め尽くす大歓声のせいでなにも聞こえない。唇を読むには動きが乏しく、なにを言ったのかは分からない。
でもリネイセルは、確かに私に向かって騎士の礼をとったのだ。
まるで私に捧げるように、視線を真っ直ぐ注いだまま。
貴賓席に戻った私を、アシュロムが嫌味丸出しの笑顔で出迎えた。
「さすが私の黒姫だね。見事に場を引っ掻き回してくれた」
それにムッとすると、わざとらしく肩を竦められる。
「ほら、最初の組が始まるよ」
両端から騎士が一人ずつ、中央に向かって歩いてくる。その内の一人の姿に、目を瞠った。
「へぇ……早速彼の出番か」
真ん中に佇む二人の騎士に視線を遣りながら、アシュロムは皮肉気な笑みを浮かべる。
「それにしても今年に限って出場するだなんて、彼は一体どういった心境の変化なんだろうね?」
アシュロムは私のほうを流し見てくると、次の瞬間、力強く引き寄せられた。
今までこんな接触を図られたことがなかったから、まさかそんなことをされるだなんて思っていなくて油断していた。
「っ!」
「彼にも欲しいものが出来たのかな? 例えばそうだな……乙女の口づけとか」
くつくつと音を立てて笑いながら、アシュロムはさらに私の腰に手を回してくる。
「あの、これは一体……」
「いいだろう、これくらいのじゃれ合いがあったって。だって私たちは婚約者同士じゃないか」
まるで口付けるかのように顔を寄せられる。流石に近すぎる距離感に眉を顰めた。
「あの、婚約者同士とはいっても人前でもあるし、ある程度の節度は必要だと思うんです」
「ある程度の節度、ねぇ……といっても、私はまだなにもしていないけど」
「顔が近いんですよ!」
視線の先で凛と佇む姿が、一瞬こちらを見上げたような気がして身が竦む。
男らしい節くれ立った長い指が顎にかけられそうになり、咄嗟に出た手がアシュロムの顔をぐいっと押し退けた。
「っ!」
一瞬、驚きに見開かれた瞳の奥が傷ついていたような気がして、視線を背けてしまう。
ややあってアシュロムはわざとらしい溜息をこぼしながら体を離してくれた。
「そう、そういうつもりならそれでいいけど。でも私が婚約者だってことは、ゆめゆめ忘れないでほしいな」
「……その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
ふんとそっぽを向くことで答えてくれたアシュロムからリネイセルへと注意を戻す。
試合は既に始まっていた。