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予選

 

 リネイセルを見かけない日々はいやに長く感じた。

 そんな日々を耐え忍んでやっと今日、ようやく待ち望んでいたこの日がやってきた。


「おはようございます、黒姫様。本日は……」

「予選を見に行くことになってるはずです」


 頭を下げたメイヤさんに被せるように告げる。


「……そうですね。ではお支度を」


 アシュリーが何気なく言った言葉。


『そういえば、今年はあの色無しのサンダルディアが大会に参加するらしいわね』


 リネイセルに会いたいなんて間違っても口にはできない。だけど、せめて遠くからその姿を目に焼き付けるだけ、そのくらいは許してほしい。

 そんな気持ちでアシュロムに予選の見学に連れて行ってもらえないか一か八かで頼み込んだのだ。

 あのあと一時的に様子のおかしかったアシュロムだが、次に会ったときに私のお世辞でも美味しいといえないお茶を飲んだら、いつもの嫌味全開な彼にすぐに戻ってくれた。


「お願いがあるんです」


 がんばって自分から話しかけた私に、そのときのアシュロムは珍しく目をまんまるに見開いていた。


「今度の大会の予選を見学したいんです」

「驚いたな」


 冷たい紺碧の瞳が探るように向けられる。


「君が武芸に興味があるとは思わなかった」


 ――もしや、意図がバレているんじゃ。


「この間の慰問で、興味が出てきて……」


 嘘は言っていない。

 リネイセルの戦う姿に興味があるだけだ。


「……ふぅん。まぁ、いいけど」


 アシュロムはあっさりオーケーを出してくれた。

 嬉しい。

 嬉しいんだけど、予想外にあっさりすぎてて、ちょっと面食らってしまう。


「いいんですか?」

「連れて行けって言ったの、君だろう」


 ムスっとしたように言われて、まじまじとアシュロムを見る。

 いつもアシュロムはチクチクネチネチ言ってくるけど、表情は取り繕ったように、一様に見目良い笑みを浮かべている。だから、こういった感情に直結するような表情を見せるのは、なんだか珍しい。


「なんだ?」


 だけど視線に気付かれて、その表情はすぐに隠れてしまった。

 いつもの胡散臭い笑みに覆われてしまう。


「可愛い黒姫の願いだ、断るべくもないだろう?」


 そういうのはいらないから、もっと素直に色んな感情を見せてくれたらいい。そうしたらもっと、歩み寄れる気がするのに。







 予選段階ではまだまだ対戦者が多いので、一日に何組もの試合が行われている。見に来ているのも貴婦人がパラパラと、本戦よりかは格段に地味な雰囲気だそうだ。

 そこに現れたきらびやかなアシュロムに、騎士たちを眺めていた令嬢たちは黄色い声を上げて一勢に群がってきた。


「きゃあっ、アシュロム様!」

「どうしたんですの?」

「こんなところで会えるなんて、嬉しいわ!」


 色とりどりなドレスに囲まれたと思ったら、次の瞬間には一人ポツンと立ち尽くしていた。少し離れたところでアシュロムの快活な笑い声と、令嬢たちの色めく声が聞こえてくる。

 ……まぁ、楽しそうでなによりだ。

 私は私で自分の目的を果たそう。

 気を取り直して、隅のなるべく目立たない場所に移動する。被っていたショールを引き寄せながら、視線を彷徨わせてリネイセルの姿を探した。

 ――まだ、来てないのかな。

 目の前で繰り広げられる試合を眺めて、ただただ待ち続ける。そうやってぼんやりと予選試合を眺めていると、待ちに待っていた彼の名がようやく呼ばれた。

 眩い髪を翻らせながら、静かに中央へと歩き出てくるリネイセル。常のように背筋を伸ばし、透き通った翠眼は遠くを見据えていて。

 やっと見ることのできたその清廉な佇まいに頬が熱くなる。

 審判の前で立ち止まった彼は、相手に軽く礼をして木剣を構えた。


「始め!」


 見惚れる暇もなかった。

 なにが起こったのか分からなかった。

 ただ電光石火の如くリネイセルは動いて、次の瞬間には相手が木剣を取り落とした状態で蹲っていた。


「勝者、騎士サンダルディア!」


 審判の声にリネイセルは淡々と礼をとると、相手を一瞥することもなく、その翠の瞳をこっちに向けた。

 目が合って、ドキリと心臓が音を立てる。

 彼は目を合わせたまま、つかつかと歩み寄ってくる。

 あっという間に目の前まで来ると、リネイセルは流れるように騎士の礼をとった。


「黒姫様、先日の茶葉は気に召していただけましたか」

「あ、それは、もちろん……!」


 ――私、今、リネイセルに話しかけられてる……!


「黒姫?」


 だけど有頂天な気持ちに水を差すように、横から冷たい声がかけられた。

 振り向くと、令嬢たちに囲まれたアシュロムがこっちを見ていた。


「騎士サンダルディア、私の婚約者になにか用かな?」


 アシュロムのどろりとした冷ややかな笑顔。

 場がシンと静まり、注目を集めている。

 アシュロムの四方八方を囲んでいる令嬢方の視線まで突き刺さってくる。


「アシュロム様」


 リネイセルは一度睫毛を伏せると、今度はその透明な眼を彼に向けた。


「黒姫様に茶葉をお贈りしたいのですが」


アシュロムとリネイセルの視線が交錯する。……先に視線を外したのは、アシュロムだった。


「……後で届けさせるといい」

「そうさせていただきます」


 リネイセルは表情を変えることなく頭を下げる。

 そのまま身を翻そうとした彼の服の裾を、気づけば掴んでいた。


「……騎士、サンダルディア」


 驚いたように僅かに見開かれた翠眼。


「あの、気遣ってくれて、嬉しかったです」

「お役に立てたのなら、それで」

「本当に、ありがとうございました」

「どうかお気になさらず」


 手の中からスルリと裾が抜けていく。

 遠ざかっていくその姿。

 今振り返ると大変なことになるのがわかっているので、そのまま誤魔化すように試合へと目を向ける。


「黒姫?」

「次の試合が始まりますね」


 きっと今、顔が真っ赤なことだろう。

 だって、あんなに優しく微笑まれるなんて……。







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