おたふく
自身が放った呪弾の威力にあてられて、さらに龍の毒を吸い込み、青年の意識は飛んだ。
脱力した体は地面にバウンドし、煙を上げる大型拳銃は地面に投げ出される。
口腔内に銃弾を受けた龍馬は、後頭部まで貫通されながらも、青年の真上を駆け抜けていった。
巨大な蹄に踏みつぶされなかったのは、青年にとって、最大の幸運だったであろう。
標的を見失った龍馬は、傷口から真っ青な毒血を噴出し暴れ狂っている。
その振動の中で、青年は意識を取り戻した。
暴れ回る龍馬から、一定の距離を取るために、痛む体を転がし、霞む頭で自身の不具合を確かめた。
頭を打ったらしく、焦点が定まらない。頭がグルグルと回り、上下の感覚すら怪しい。
鈍い痛みが力を奪っていく。右肩は完全に外れて、鎖骨も折れている。上腕、前腕は、打撲こそあるが、折れてはいないようだ。
常に「キーン」という音に支配され、一切の音が聞こえない。鼓膜が破れたか、一時的な難聴か、後者であることを祈るしかなかった。
重い右肩を庇うようにひざまずく。少しの衝撃で鈍い痛みが深く刺しこむが、左手で支えながら、強引に立ち上がった。
その間にも、暴れ狂う龍馬の毒血を避けねばならず、拳銃を拾う余裕がない。
すると、腰に挿した脇差が、カタカタと自己主張し、引っ張られるような感覚がある。
目を凝らすと、龍馬の心臓部から一本の白い線が伸びていた。
それは、脇差の柄に繋がって、青年を引っ張る。龍馬の力は相当強く、青年は簡単に揺さぶられた。
自然と脇差の柄を掴むと、ゆるい鯉口から無音で刀身が抜け出る。
まるで魚のようにヌルッとした手応え。錆刀と刀油の臭い、そして汗ばむ手中の、年季を感じる拵えの手垢臭が、何故か〝鯖〟を連想させた。
暴れる龍馬から距離を取ろうとする青年に、柄の真ん中にある目抜き飾りのおたふくが、
〝あわてずに〟
と細い目を鈍く光らせる。青の世界で真っ白な糸と、おたふくの鈍い銀色が、緊密に交差していた。
『そうか、慌てなくてもいいのか』
何故か気分を落ち着けた青年は、利き手ではない左手に握られた脇差を見る。
おたふくからもう一本伸びた糸は、左腕を通って、青年の心臓部にも伸びていた。
『線』
青年の意識が糸に向けられた瞬間「シュルッ」と糸が縮む。
心臓部ごと引っ張られ、激痛に「あつっ」と声を上げた青年の持つ脇差は、龍馬の心臓を貫いていた。
毒血が噴き出すのを、まるで飲み込むように、血刀が吸い込んでいく。
全てを吸い尽くして、萎んだ青の輪郭まで切り裂く頃、青年の視覚に鈍い痛みが襲った。
手元を見れば、おたふくが、
〝おつかれさん〟
と鈍く反射する。街は色を取り戻し、毒の臭いは掻き消えていた。
血刀は普段どおりの黒錆を浮かべており、それがかえって不気味さをかもしだしている。手放せない何か……行商のおっちゃんのいう〝線〟というものが、青年の中に明示された。
また音もなく、ヌルッとした手応えで、刀を鞘に戻すと、ボウッと地面を見る。口の中に砂利が混じって、唾を吐き出すと、毒々しい粘液が地面に張り付いた。
そこはいつもの裏路地。地面には、いまだ煙を上げる拳銃、そして龍に撃ち込まれた、潰れた弾頭が転がっていた。