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恨猫稼業

 店を出ると、野良が一匹、繁華街の裏筋に音もなく佇んで言った。


「お前ヤバイもん持ってんな」


 振り向くと、黒のハットを斜めに被った猫股が、歪めた口元にヒゲを揺らしている。裏観光業界の猫だ。時折店に来ては、バックヤードで店主と密談しているのをみかけた。


「いわくつきだってさ」


 と腰元の脇差を見せると、ブルリと身を震わせた猫又が、刃圏を逃れるように飛び退く。


「おいおい、辻斬りじゃないぞ」


 と抗議の声をあげると、


「そんな生易しいもんだったら、皮一枚で避けてみせらぁ」


 と嘯き、


「事は〝せいめい〟に関わる」


 との言葉を残して、雲隠れした。辺りには野良特有の雄香がフンワリと残る。


「何が生命だ、化け猫のくせに」


 と呟きつつも、何かと聡い猫又の言葉が胸に沈む。ただの猫又ではない。裏観光きっての老舗「恨猫本舗」の猫又だ。情報屋も顔負けのネットワークをもっている。


 やはりヤバイ代物なんだろうか? 店長に会えなかったのは痛い、少なくとも垂れ流される呪いは封印できただろうに……


 正体が分からないにも関わらず〝呪い〟という単語が自然と湧き出る。それに気づいて、身震いしながら街を急いだ。


 追いかけてくる気配。それが妄想なのか、現実なのか? 少なくとも少年兵役を死年以上生き抜いた私の勘は〝得体の知れない不気味な何か〟の圧を感じとった。


 ジャケットの内に吊るした古式リボルバーの撃鉄に触れる。角の取れた金属パーツを心の支えにしながら、這い寄る何かを嫌って、歩く速度を小走りに変えた。


 繊細な知覚と神経の太さだけで生き抜いてきた。肝っ玉には自信がある。間近に迫る影に怯えながらも、回転銃の五連装シリンダーにどの弾が入っているのかを頭に並べた。


 言葉で牽制したいが、何かを発するとそれが隙となって、未知なるものに取り込まれそうな予感がする。


 そんな時の対処法は、言わず、見ず、激せず。粛々と動くのみ。


 今は……と小さな飲食店のならぶ裏路地を横目に走った。


 向かうのは蓄電灯の白い光に「日々子」と浮かぶ一軒の飲み屋。

 左右を確かめながら、店内に身を滑り込ませると、背部を擦るように引き戸を閉める。


「いらっしゃい」


 落ち着いた女の声にホッとする。


「白酒」


 と言うが早いか、細長いグラスがタンッと置かれて、常温の酒が注がれた。

 甘い酒気が漂うそれを煽ると、カッと食道を焼きながら胃に落ち、ほのかに花の香りが残る。苦味と酒気に憂さと怖気が吹き飛んだ。


「奥にお入り」

 

 高すぎるカウンター越しに見えない女将が、手で奥を示す。

 独特の勘で青年の状況を感じ取ったのだろう、すぐ奥の部屋に入る許可をくれた。


 女将は古武器店店主と鳥撃ちにいったママの娘で、親の方が百子ももこママ、もしくはももちゃん。娘は日々ひーママと呼ばれている。


「ありがとうひーママ」


 青年は酒代を置きながら、従業員扉を開けて、奥の倉庫に入った。その隣には小さな部屋があり、布団が一式積まれている。困った時にだけ、ママが認めた者だけ泊まらせてくれる避難場所。そこは物騒な繁華街にあって、唯一安全地帯と言える場所だった。


 追っ手が来ても、日々子ママに敵う者は居ない。たとえそれが出征前の荒くれ兵士だろうと、呪いを受けた敗残兵だろうと。店の中ではヒーママは絶対の神だった。


 ……はずなのだが……


涙目なみだめ青男(あおお)と申します」


 扉を閉めたとたん、完全なる個室の隅で男の声がした。青年は酷く驚き咄嗟に拳銃を抜いたが、男は真っ赤な目を上げて、


「物騒なものはおしまいください」


 と深々と頭を下げ、ゆ〜っくり時間をかけてあげると、


「勘の鋭い旦那なんで、気合いを入れて話させていただきます」


 と言った。その姿は青く透き通り、現世の者ではない事を表している。撃鉄を半分あげて、シリンダーを半回転させ、鳥弾の位置で撃鉄を引ききった。


「もったいない、わたくしはじきに消えますので」


 と言うが、知れたことかと撃とうとして、腕の震えが大きくなった。それどころか見当違いのところに向いた銃身が固まってしまう。


「いやそんなに固くならずに、リラックスして聞いて下さい」


 と言われるや、硬直した体がフニャリと脱力し、全身が弛緩すると、拳銃を取り落とし、あまつさえ尿が漏れた。


「いや、本当に、すぐに消えますので、一つだけ?よいですか」


 と床に伏せて顔を潰す青年に、被さるように近づいてくる。青年が見上げていると、青男の目から熱いものがポタポタと滴り落ちた。


「これから貴方の元に現れる時には、もしくはお呼びだてする際には、近くに門が現れます。そこを潜ってくる〝龍〟に〝それ〟」


 と腰元を指差す。青年が腰を見ると、


「そう、それでございます。それを刺し込んで欲しいのです」


 と、まるで果物にナイフを刺すようなことを言う。それでいて慇懃無礼にお辞儀をしつづける。落涙を浴び続ける青年の肩はグショグショに濡れていた。


 フフと笑った涙目に青白い手を伸ばされた時……触れた所からドシャリと崩れ、涙目青男は液体となって消えた。

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