狭層ラジオ
こうなったら、店長が帰ってくるまで待つしかないか……青年は元の包みの上に脇差を置き、布を被せようとして、再び目貫飾りのお多福と目があう。
〝よろしゅうに〟
と光る銀に何とも言えない不安を覚えた。しっかりと包みなおした脇差を、紙紐で厳重に結わえ、刀剣類を納めた金棚に納める。
全く……仕入れまで新入りに任せっきりの店長のせいだ。帰ってきたら事の顛末を話して、積層ラジオの値段を半額にしてもらおう。それくらいの負荷がかかった。もしかしたら一生拭えない〝線〟などという、訳のわからないものに取り憑かれたかも知れないのだ。
それもこれも、肝心な時に店長が居なかったせいだ、そうに違いない。
勝手に理論立てた青年は、少ない稼ぎの中で貯めた金を取り出すと、それをレジに納めて、貴重品ケースの中から、一番赤い積層ラジオを取り出した。
周波数を合わせると、地下放送の地熱運用情報を聞きながら、おっさんが置いていった二束三文のガラクタを、再使用できるものと、できない資源用ゴミに分けていく。
その中にまともな鳥石を見つけて、自分用にとカウンターに並べた。こいつを弾丸に加工すると、浮遊性の長距離弾頭になるのだ。多少のクラックはあるが、浸潤加工で何とかなるレベルだろう。
こいつで「鳥」を撃ち、弾頭を回収・修繕してまた撃ってを繰り返すと、徐々に溜まっていく念によって伸びの良い、高貫通力の鳥弾へと変質する。
青年のコレクションの中でも、一番の品が16羽分。ところが店長の一番は1009羽分らしい。いちいち外区まで行っての狩でここまで育て上げているから、鳥弾キチガイとしか言いようがない。
16羽でも相当飛ぶし、取引価格も充分高いが、店長クラスになると実益を超えて完全に趣味の世界である。
と、積層ラジオから石と石を打ち合わせて擦るような音が、コーン、コーン、ザラザラッと聴こえて来た。
そのザラザラの中から、
「おい……かってザラッ……てんじゃねぇザラッ」
と野太い声が聞こえてくる。手元の積層ラジオの向きを微調整すると、ある地点、ある角度で、
「店のもの勝手にいじるんじゃねぇ」
と店長の野太い声がはっきりと聞こえた。
「店長、どこ行ってるんですか? 今日はおっちゃんの押し売り日なんだから、経営者がしっかり監視してくれないと」
真っ赤な積層石が微量づつ空中に滲む。そうして言霊を宙にとばしているのだ。より赤いほど大きな音が遠くまで飛ぶ。
「型の良い鳥を追って十里外区まで来ちまった」
呑気に笑うと、下卑た笑いが重なる。鳥撃ち仲間の飲み屋のママさんだ。
「ひゃっひゃっひゃっ、こいつ今日何羽仕留めたと思う?」
「うるせーぞ」
という店長の声にかぶせるように、
「一羽よ、一羽。朝から丸一日かけて、たったの一羽」
ウヒャヒャと笑うそれをかき消すように、なにかを蹴り飛ばした店長は、
「ちゃんとラジオの代金置いとけよ。俺はあと少し狩ってくからよ、戸締りよろしく」
勝手に店じまいを命ぜられると、通信を切られた。積層ラジオを扱い慣れておらず、何回か石を擦ったり温めたりして、通信しようとしたが、何の反応もないのを確かめると、薄く長いため息を漏らす。
こうなったら少しが一日になり、ちょっとが1週間になる。しかも二人の狙っているのが寒渡りの軍鳥ならば狩猟も命がけだ。下手すると一生会えないかもしれない。
今日はもう閉めるか、と積層ラジオをカバン詰めると、
〝私も連れて行け〟
と武器庫の中から話しかけられた気がした。