ハンバーグ
強い痺れと焦げた臭いが青年を貫いた。
一瞬意識が遠のいた後、ドッドッと心拍数が上がる。
弾かれた血刀の先端は溶けていた。
体は……動く。小さく振える中、なんとか息を吐いて、心理的負荷を抑えようとする。
おかめが線を通して命じたのか、シルクハットが残りの穴を刺すように示唆する。
青年は穴を刺そうとするが、本能が拒否した。
おかめは〝きばりやす〟と線を這わせ、左手を起点に青年の腕を鎧った。
血刀は、何かの成分を吸収して、新たな切先を形成する。
青年は軽い虚脱感を覚える。成分は青年から抜かれたようだ。
線の鎧に誘われるまま、「バチッ」「バチッ」と穴を突いていく。麻痺したのか、鎧の効果か、最初ほどの衝撃はなかった。
最後の一穴を刺そうとした時、金属片がそれを塞いだ。
金属片は回転する歯車となり、「ガチリ」と血刀を跳ね返す。真鍮色のそれは、腐った臭いがした。常に人の囁きが漏れている。
歯車は回転を続けると、人間大の歯車を増殖させた。歯車の連なりは部屋に展開すると、黙って座る若者達をすり潰していく。
ミンチ製造機は部屋の後半分を覆い尽くすが、前方の人達や指揮官は何の反応も示さなかった。
ただ肉をすり潰す音だけが「ガチリ」「ガチリ」と室内を刻む。
青年は歯車を避けるのに精一杯だった。
折れた鎖骨の痛みを、締め付ける線が補強して納める。間近に迫った歯車に脇差を振るうが「ガチリ」と回転して刃が逸れた。血刀からは、毒馬の時の様な線の繋がりが出ない。
シルクハットに促されて横っ飛びに転がると、地面を削り取るように歯車が列をなして通り過ぎる。
鎖骨がピキッと音を立てるが、それを無視して右手を脇に入れる。
線が絡まって、操り人形のように青年を助けた。
ホルスターから拳銃を引き抜くと、シルクハットがある地点を示唆する。
『パンッ』
と一発。乾いた銃声とともに鎖骨が外れた。
解放された鳥弾は、蓄えられた呪いを震わせ、歯車の一つを貫通した。
残響が歯車を軋ませる。鳥弾は内在する呪いをエネルギーとして放つと、歯車全体に命脈が走り、ドクンと拍動した。
一瞬、青年の目に線が見える。歯車の隙間、青い靄が染み出す先に、線が繋がっている。左手の血刀、その柄から伸びる線が引っ張られるが、「ガチリ」「ガチリ」と増殖する歯車に挟まれ、線が切れた。
遅れてくる鈍痛にくぐもった青年の声が漏れる。シルクハットの示唆がアラートのように煩い。
歯車は重なり、青い靄を奥に隠した。
右手は痺れて、重たい拳銃を取り落としそうになる。
無理矢理糸が繋ぎ止めて、あまつさえ引き金をも引いた。
「パンッ」
碌に狙いも定めない弾丸は、歯車の隙間に跳ねて隙間を穿つ。
呪弾が変形して、一つの歯車に食い込む。多くの悲鳴とともに、腐った臭いがぶちまけられた。
ギュルッと歯車が空転すると、破片が飛び散り弾幕を作る。その隙を縫うように、血刀から伸びる線が何かを捉えた。
「ブルルッ」と強烈な手応えが左手を引く。完全に鎖骨を折られた青年は、激痛に息を呑んだ。
操られる拳銃は糸にコックされ、霞む目をシルクハットが治める。
ここだ、と思った瞬間に、拳銃の呪封印が血道を作って解かれた。
右手を中心に、冷たい呪いの気が漏れ出ると、固まった引き金を無理矢理引く。
「パンッ」
一発で手応えが沈黙する。青年からさらなる成分が抜かれて、その分、線の先からは生気が削がれた。
歯車は狂ったように回転し、青年を押し包む。
だが、呪弾頭が黒い力を爆発させると、引き金を引き、「パンッ」引き、「パンッ」全弾を空間に叩き込んだ。
歯車の規則的な回転は、ガクガクと瓦解し、隙間へと青年が飛び込む。左手肩を歯車の歯が掠める。青年の肉が削がれて、白い骨が露出して、ジワリと血が滲み、流れた。
線は強烈に血刀を牽引する。青い靄の奥、目に見えない何かに左手を突っ込むと、金属の守りをゴリ押しに、刀身を突き入れた。
歯車は青年をミンチにして行くが、血刀は青い靄を掻き回す。
柔らかな腐肉が撹拌されて、部屋全体が生物の様に震えた。
体重をかけて膝まで突き込むと、全ての歯車から悲鳴があがり、鮮血が迸る。
青年が気を失う瞬間、青い靄の中の学校がモワリと拡散して消えた。
身を地面に横たえると、全身を刻まれた青年は、「ヒュー」と小さな息を吐いて、意識を手放した。




