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青年と行商

「お前これいるか?」


 唐突に布包の棒状を取り出したおっさんは、磨き鉄のカウンターに無造作にそれを置いた。


「え? なんですか?」


 行商であるおっさんからの仕入れ品をチェックしていた青年は、チラリと包みを見る。それは若干の反りを見せる腕ほどの長さがあり、ゴトリという重量感が中身を想起させた。


「見りゃわかる」


 と言われて、検品中の呪薬弾丸を置くと、包みに顔を近づける、が、手には取らない。この距離感はおっさんに対する信用の無さを表していた。


「だ〜いじょ〜ぶだ〜、変な〝いわく〟なんてありゃしねえよう」


 臭い欠け歯を見せるおっさんの笑顔ほど信用ならないものはない。青年は薄い目をさらに鋭くして、包みを縛っている紐を解いた。


 現れたのは脇差しと呼ばれる短めの日本刀、白鞘かと思ったが、粗雑ながら実用的な拵えをされて、傷だらけの黒塗りの鞘に収まっていた。


「で?」


 触れもせずに聞くと「ふへっ」と息をもらしたおっさんが、


「いるか?」


 と繰り返す。え? 買うか? とかじゃなくて? いるって事は、ただでくれるのか?……守銭奴と呼ばれる業界屈指のガメツイおっさんが? 値引き交渉に、大量の在庫処分品をねじ込んで、こちらの値打ち品との交換を狙ってくる、このおやじが?


 いらない、と答えようとした青年は、古びた緑の柄巻きの下で、鈍く光る目貫き飾りに目がいった。

 下ぶくれの女の面を型どったそれは、見事な造形とはいえないまでも、どことなく愛嬌があって、丸い。なんとも丸い、なめた銀色をしており、刻まれた薄い月のような目は、自分と似て親近感も湧いた。


 〝もらいなはれや〟


 女の目の彫金が訴える。無理矢理目線を切っておっさんを見ると、ニヤニヤと脂っこい笑いにタバコを咥え、火をつけようとした。その手が微細に震えている。


「おいおい、こいつはやばい代物じゃないのか?」


 強引に意識を剥がして身を反らせるが、おっさんは美味そうに煙を入れて、


「フーッ、これで肩の荷が下りた」


 と、煙とともに魂を吐き出した。排気された安堵が、地下の粘る空間に溶けてなじむ。


「いや、別に呪われた品物、って訳じゃないのさ、ただお前さんとの〝線〟が強すぎてな〜、ここまで生きた心地がしなかったぜ」


 もう一服、深く吸い込んだ煙を、美味そうに吐き出す。上機嫌を表すように輪っかをポンポンとつくると、青年の番茶を勝手に啜った。


「線?」


「そうさ、あんまりにもお前さんを求めるからよ、危うく〝一般人〟の俺が魂を抜かれるところだったぜ」


 番茶を取り返そうとして、残りの茶を啜りこまれた。空っぽの湯のみまで盗られたらたまらないと、おっさんの手からぶん盗ると、嬉しそうに煙をくゆらす。


 火器を扱っているのに、あいかわらずの無神経だ。加齢からくる手の震えで、灰がパラパラ落ちる。


「近頃ここいらも物騒だからよ、お前さんも旅刀の一本くらい持っといた方が良いって。ほれ、免状もちゃんとあるんだ」


 煙臭い息を吐きながら取り出した符には、地法自治体の捺印が赤々と押してあった。銘の欄を見ると、案の定「無銘」と書いてある。刃渡りは一尺二寸、よくある脇差だ。黙って懐に手を入れると、回転式拳銃のグリップ出し、


「護身用ならこれで充分」


 と青年がうそぶいた。ウォールナット製のチェッカリング付きの握りは、経年変化で丸みを帯びている。型は古いが戦争を共に生き抜いた、折り紙つきの実用銃だ。


「ばか、そんな民間用の弾薬なんざ、やつらに効くかよ。こういった曰く付きの逸品でもって、ズバッとやらにゃあ、やつらにとっちゃ、蛙の面にションベンだぜ」


 ……さっきまで〝いわく〟なんて無いと力説していたのはどの舌だ? 引っこ抜いてちょん切ってやりたいが、こんな汚いおっさんの舌をどうこうする気はサラサラない。その幸運に感謝しろ、おっさん。


「馬鹿ではない、ここをどこだと?」


 冷めた声でレジ横の鉄板を指す。そこには〝リジオネア古武器店〟とブルーイングされていた。いざとなればその鉄板を盾に、襲撃者を殴る事もある。それをするのは青年の役割ではないのだが……


「それに私は一年前に少年兵役を終えたばかりです、そこらの大人より腕はたちますよ」


 すきっ歯のおっさんに白い歯を見せつけながら、ホルスターに拳銃をしまう。5連装のシングルアクション・リボルバーには、古武器店でも選び抜かれた呪弾が装填されていた。暇な武器屋に雇われている者の特権だ。己の弾丸には妥協しない。


「まあそりゃあよ、こんな所に集まるからには、いわくなんてつきものかも知らん、だがよ、こいつは忠告だ」


 と指を突き立てたおっさんは、黄色がかった眼球をクリリと寄せてから、


「こいつは絶対に必要になる。お前さんと繋がる〝線〟がこの血刀にはあるのさ」


 と脇差に指を下ろした。その言葉に誘引されるように……目くぎ飾りの女に引き寄せられるように、右手が伸びる。手垢に擦れた柄紐がしっとりと馴染んだ。


 線って何だ? 血刀って……あれの事か? 運命って何だよ、ただの古武具に大げさな……


 諸々の思考を裏切って、左手は黒塗りの鞘を持つ。長い間手入れもされていないのだろう、割れこそないものの、漆塗りは掠れ、ザラッとした手触りになっている。


 意外なほどゆるい鯉口を切ると、細身の刀身をスラリと抜く。それはお世辞にも綺麗とは言えない代物だった。


 黒鯖が満遍なく浮き、一応研がれた切れ刃は銀に光っているのだが、鯖のせいか、前腕長の刀身は非常に軽く、光を吸収するようにざらついている。


血刀ちがたな……」


 鋼の刃が経年変化で、地に闇を孕んだものの総称である。脆く軽くなった鋼に滲む闇の力は、時に力を発揮するが、所詮は鯖刀、切れば切るほど本体は磨耗し、闇の力と反比例して、脆く崩れるそれは、いわゆる邪剣の一種である。


そして先端の帽子と呼ばれる部分の刃紋がうやむやになっており、美術的価値の決定的な欠落を表していた。


「うへえ、こいつは大分育ってるなぁ。どんだけの血を吸ったことやら……」


 煙を灰皿にすり潰したおっさんは「じゃあっ!」と言って背嚢を担いだ。おいおいおい! 置き逃げかよ! その肩を掴もうとしたが、手になる刀を納剣している隙に、おっさんの背中は地下街の喧騒の中に消えてしまった。

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