シルクハット
つんのめった青年は、地面を踏んで堪えた。
「いっ」
てぇ〜。庇いきれない鈍痛をこらえる。
そこは土の地面だった。砂を薄く敷いた硬い土だ。
怪我をしていない左手で、左側のホルスターに吊った拳銃に触れる。
親指を撃鉄のチェッカリングにかけ、真上に引き出しながら、猫又を探した。
「グチ」
撃鉄の音が、地下に響……かない。ここは地下ではない。
天からは、燦々と降り注ぐ陽気。
暑い空気を吸い込む。街には無い匂いがした。
一気に音が聞こえた。気配が濃厚になった。
身近に誰かの気配。青年を通り抜ける。
おそらく女のそれと、湿った呼吸を共有したような違和感。
狼狽する青年の耳元に、ヒュルリと黒い物体が迫る。
拳銃ではたき落とそうとすると、線に絡まったシルクハットが頭に乗った。
次の瞬間に糸は消えて、シルクハットの重みを感じる。
端を見ると、深緑を濃くして黒くなったような、滋味のある帽子だ。
重くもなく、軽くも無い。
すでに肉体の一部のような馴染みがある。
青年は猫又に文句を言いたい気分で、引き金を戻すと、拳銃をホルスターに収めた。
線の元であろう、脇差は腰に有る。
雄香のシルクハットと、脇差の手脂に馴染んだ握りがだぶる。
〝ニヤリ〟
と銀歯を覗かせるオタフクを幻視する。実際の銀細工は鈍く光っていた。
まるで望遠鏡のように、そこだけにピントがあっている。
左手でシルクハットに触れる。
すると、濃密な気配が実体となって、青年を地面に引っ張った。
立ちくらみのように、膝を折る。堪え切れずに地に伏すと、芯にくる鈍痛。と、同時に、仄かに温かい地面から微かな血臭がした。
チリチリと敵意を向ける地面。
確信を持って周囲を見ると、少し離れた建物から、沢山の視線を感じた。
そう、少し距離を置いた空間に、陽炎のような建物が揺らいでいる。
脇に吊るした拳銃の革が、地面をノックする。
強力な呪弾達がゾロリと文句を伝えた。
『やっつけるべきだ』
建物や人の気配に対する殺意が五つ。
それらを、拳銃に彫られた封印に触れて治める。
ゆっくり膝をついて、痛みを噛み殺すと、口に入った砂が「ジャリ」と砕けた。
周囲を見ると、朧げな輪郭がブレ始める。
視界は真っ青だった。深い青の中で、クッキリと焦点の合う、四角い建物が、呼気を昇らせた。




