【閑話】青春は、監獄だ。
走っていた。その女の子は走り続けて、今つまづいて、持ちこたえた。
減速した。
ある意味助かったのかもしれない。
即死だったから。
追いかけてくるものに、一瞬で潰されたから。
痛みを感じる暇も無かっただろう。
そして、それを見ている者達こそ哀れだ。
硬く制服の裾を握りしめた男の子は、何とか悲鳴を飲み込んだ。
後から来た何かを、ハッキリ目視するために居たのに、何も見えなかった。
少女に見えたであろう物は、何もみえなかった。
ただ、すりつぶされた少女だけが、校庭に転がり、広がった。
音が戻ってくる錯覚。
映像が暗転して、虫が飛んだ。
〝違う!〟
男の子は、制服の中に隠し持った安全ピンの痛みに、自分を取り戻した。
ここではない何かにすり潰された少女の元に行く。
もはや肉塊でも無く、消化されつつある粘液少女を見る。
こみ上げるものを口蓋と舌で押さえ込み、飲み込む。
おもむろに手ですくった。少女の体液は、男の子の手を赤く染めた。それも手の中でヒュルリと消える。
まるでプリンを吸い込むように、粘液少女は消えた。
空を握り込む。安全ピンの形だけがクッキリへこんだ。
少女はルールを破った。もはや無理だったのだ。
我慢の限界はとっくに超えていた。
今、男の子も限界を超えた。
どこまでも青い空に覆われた校庭に、男の子は跪き、砂を見た。嗅いだ。口付けた。
何もない。元から何も無かったかのようだ、記憶以外には。
「お お お」
男の子は苦しくなって横たわった。校庭の温度が肩を温める。
まるで女の子のようだ。いや、女の子なのだ。そう悟った。
体重を背中に、ゴロリと仰向けに、手が追いかけて校庭に。
真っ青な空の片隅に、照りつける何かがあった。
もはや太陽では無いなど、そんな非常識な。
少女は学校になったのだ。そしてここでは、太陽すら作り物なのかも知れない。
あれに手を伸ばしたら、届くのかも知れない。
そう思って見る青空は、落ちてしまいそうなほどに澄み切っていた。
春の日、背中の校庭、女の子の温もり。やがては自分もその温もりとなる。0.01%の要素となる。
遠くに馬のいななき。悲鳴のようなそれに、拡散した意識が狭まる。
その時、安全ピンで開けた穴から、血以外のものが垂れた。その線を掴んだ瞬間、ズルリと引き抜かれた少年は、校庭から消えた。




