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馬口

 龍弾(仮)を詰めこんだ鉛の容器が、万力によって、分厚い鉄テーブルの上に固定されている。


 何の作用かは不明だが、テーブル全体の温度が下がり、鉛の容器は汗をかいていた。


 リジオネア古武器店の最奥部、弾頭加工室には、蒸し暑い防呪服を着た三人が、肩を寄せ合って、容器を見つめている。


 鉛に下刃固定式の切断機の刃を当てると、ゆっくりと切り下ろした。


 油圧式の鈍な刃が、鉛の端をゆっくりとスライスする。溢れ出た青い光が、ピキピキと空気を汚染するが、切断機の重さが反発をゆるさない。


 その下から、淡い光を放つ龍弾(仮)が覗いた。毒の青い光は、ゆるやかに立ち昇り、青年のグローブに触れると、吸い付くように絡まる。


 分厚いグローブ越しに、鋭い痛みを感じ取った。


『だが幻だ』


 青年は念じながら、毒馬にとどめを刺した脇差を握った。


 掌に目抜き飾りのおかめが、緩く、


 〝幻ですなぁ〟


 と油の触感で伝えてくる。酸化した油の嫌な臭いが鼻の奥に拡がった。

 それと同時に痛みも無くなった。


 青年はハッキリとおかめと自身の手首とに繋がる糸を見た。

 これは幻ではない。


 その糸の先は、心臓に繋がり、最前刺し貫いた馬が見えた。身の内の深くに。


 馬は口をパクパクと空気を求めるように動かしながら、心筋梗塞のように痙攣していた。


 それを貫く糸は、複雑な縫い目を、馬の全身に描いている。


 そこに奴はいた。深々とお辞儀をする〝涙目青男なみだめあおお〟だ。


 青年は呼吸困難になって顔を上げたーー


 店長は手早くトーチを操作すると、青い光を焼き払う。

 有毒ガスが部屋に充満している。

 天井から引き下ろされた、強制換気システムの三枚羽、強回転で掻き出す。


 青年は比較的透明な空気を吸い込むと、含まれる毒にむせた。


「こいつを加工して安定した弾頭にできるか?」


 弾狂い達は毒すら厭わないらしい。

 平然と問われると、百人の職人中、九割は「無理」と即答するだろう。


 そして「この力を減らさず、全て封印することは可能かねぇ?」と百子ママに問われると、残りの半分も首を横に振るだろう。


 この龍弾は、劇物扱いの厄介な代物で、加工にも未知の部分が多すぎる。

 こんな場末の古武器店で扱える品ではない。


 ど変態マニアたる店長達からすると、頬擦りしてキスしたいほどの品らしい。


「らしい」というだけ、青年はまともな部類なのだろう。少なくとも呪弾は道具であって、目的ではない。


 人生の目的である部類、つまり店長達にとって、この状態は最高の萌え環境といえる。


「昔、鳥弾にキスして、大火傷を負ったことがある」


 と店長はケロイド状の唇を自慢げに見せたことがあった。


「食べたいくらいに憧れた、生の龍弾と流れ毒」


 吸い込むような動作で語る店長を、青年は嫌そうな顔で見る。百子ママも、期待にワクワクと瞳孔が開ききっている。緩んだ口元からよだれが一筋たれていた。


「こいつの管理は任せます。権利は私、ですからね」


 付き合いきれない青年は、いつまでも弄り続ける店長達を置いて、店先に出た。


 別段客が来る訳でもない。戦争とはいかなくとも、地下闘争ならいくらでもある。古武器はそうした局面で、飛ぶように売れる。

 そうした客筋は店になど顔を出すものではなかった。


 しばらく龍弾で遊ぶ大人達を、分厚い扉で封じ込めると、青年は補充の弾をアレコレと想起しながら店先に出た。


「遅ぇ、何してんだ、殺すぞ」


 ゆるい濁声と黄毛バナナ猫が出迎えた。


「ゲロさんいらっしゃい」


 青年は疲れの中に、安堵をまぜながら、カウンターで丸くなるバナナ猫の背中を撫ぜる。


「色々ありましてね」


バナナ猫の毛並みを称賛するようになぞると、濁声の主は痙攣するように微笑んだ。

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