プロローグ
〜眠る蛇と赤い実〜
山の中腹に咲く真っ赤な花をつけた木は、麓の民から首取りの木と呼ばれて、忌み嫌われていた。
見知らぬ者からすれば大輪の花が咲き乱れるそれは、とても美しいのだが、地元民の誰一人として訪れる者は無い。それどころか獣一匹近寄らず、下草一本も生えない禿山は、つるんとした地肌を見せていた。
木の下には、一匹の蛇が眠っており、真っ赤な花が枯れ、秋口に実をつけた時にのみ姿を現わす。それを見た者は狂い死ぬという伝説があり、村の豊作祭りは秋口を避け、実が落ちてしばらく経った頃に行われるほどの影響力があった。
今年も真っ赤に実った木に、細長い黒が巻きつく。
這う黒蛇の目は白濁し、実る赤につられるように周囲に円を描き、S字となって伝い進んだ。
まるで実が生った事を祝うような蛇の動きに、木になった全ての実から、真っ赤な液体が滴る。揮発して蛇の周囲で渦巻いた赤は、鱗の隙間という隙間に吸い込まれた。
夕焼け色に染まった蛇が、痙攣しながら地面に落ちると、口から赤黒い液体を吐いて絶命する。小さくなった死骸が、底面に蠢く何かによってのっそりと向きを変えると、地面に引きずり込まれていった。蠢いていたのは無数の根塊……沸騰するようにボコボコと沸き立つ土の下には、真っ赤に縁取られた鱗が見え隠れする。
静まり返った土が盛り上がり、中から女が現れると、懐から取り出した手ぬぐいで、土にまみれた体を清めて言った。
「また駄目でしたね、本当に欲深い……」
と物言わぬ木を見上げ、黒目から溢れ出た液体を木綿の布で拭き取る。
そのまま目がしぼむまで液体を出し続けた女は、
「涙を置いていきます、しばらくは涙目様もお休みくださいませ」
と、染まった布を置き、穴のようになった黒目を伏せて、山裾へと歩き去った。