第一章 FF女
-ピピピッ ピピピッ
「ああ…また月曜日か…」
-カチッ
枕元にある目覚まし時計を止める。
「ワーーン ワーーン」
「え?現実逃避はダメって?」
「ワン」
会社の上半分を吹き飛ばしてから、とりあえずもっかい寝たら元通りになってるんじゃと
淡い期待を持って寝たんだが…。
「思いっきり壊れたままだなぁ。」
窓の外には俺の渾身のメ○ゾーマによって半分吹き飛んだ会社がそこにはあった。
「とりあえずは会社に連絡入れてみよう。」
そこらに転がっていた携帯電話で会社に連絡を入れてみる。
-プルルッ プルルッ
「だめだ。出ないな。」
断線しているのだろう。呼び出し音がずっと鳴り続けるだけだった。
「仕方ない。現地に行ってみようか。激しく気が進まないが…」
くたびれたスーツを着て、玄関を出る。
鍵を閉めたところで、ふと頭に浮かんだ一つのアイデア。
「ああ、そうだ。試してみようか。」
頭上を見上げ、屋根とかが無いことを確認し。
「ル○ラァァァァァァッ!!!!」
叫ぶ必要は無いんだが、なんかこう熱いじゃない?
そんなこと考えてたら、フッと体が軽くなり、俺の体は空を舞っていた。
-スゥゥ…
目の前に崩れた会社がある。
無事、移動呪文に成功したようだ。
最初、体が浮いたときに高いところ怖いなーとか考えてたんだが、
どうも地上数mのところで転移するようだ。
…パラシュート降下みたいにならんでよかった。
現場は騒然としていた。
そりゃ当然だろう。急にビルが倒壊するのだから。
パトカーに救急車に消防車。
だが、パッと見た限り、怪我人はいないようだ。よかった。
「ワンワン」
ほっと胸をなで下ろしていると、まるの声が聞こえた。
「あれ。お前ついてきてたのか。」
まるは足下にいた。
そうか、ル○ラってパーティ全員移動するわけだしな。
まるを抱いて、会社を見る。
「しかし、どうしたもんかな。さすがにホ○ミとかの回復呪文じゃ建物は対象外だしな。」
目の前の大きく崩れた建物はそう簡単に直りそうもない。
怪我人がいないのが不幸中の幸いだったが、自分の心には罪悪感があった。
「こんなクソ会社でも会社だしなぁ。」
自分の会社はいわゆる法律コンサルタント会社だ。
この業界では大手になるのだろう。
それなりに従業員数も多いし、資本金も大きい。
だが、それは合法的に会社を経営して得たものではない。
法ぎりぎりのグレーゾーンを攻め、利益をあげる。
その中には明らかに違法な手段も少なくはなかった。
善良な人たちを騙し、お金を巻き上げていたようだ。
自分はこの会社のシステムエンジニアだった。
殺されるかと思うくらい労働させられるが、その分の給料は払われない。
実際に過労死した同僚もいる。それも何人もだ。
これだけ問題を起こしていたら、社会的な地位も失墜していてもおかしくはないが、
お金の力を使い云々というやつだ。
システムエンジニアをしていると、現場の意見を聞くことも多いし、
何より、会社の根幹のシステムを触ることも多い。
隠蔽している情報なんかもアクセス権限だってある。
そういう「情報」も見れてしまうわけだ。
あるとき、社内サーバーに気になるフォルダを見つけた。
興味本位で開いたフォルダの中に1枚の画像と1個のテキストファイルが置いてあった。
画像の中身は笑顔がすてきな家族の写真だった。
テキストファイルはメモ書き程度のものだったが、読んだ瞬間、自分の目を疑った。
…ターゲット。
そう書かれていた。その次に名前と住所。
止めないとダメだと思った。
名前から社内の情報を漁り、計画の内容を突き止めた。
この家族を交通事故の加害者にする。
被害者は当然会社側の人間だ。
示談に持って行った後、「一見合法に見える手段で」お金を巻き上げる。
家族写真には小さな女の子が笑顔で写っていた。
このままではこの女の子の笑顔が失われてしまう。
そう思ったとき、俺は計画を止めるべく行動したのだった。
「そんな会社だし、潰れて良かったのかもしれないな。」
そうやって自分を正当化したものの、壊したのはやはり俺なわけで。
少し気持ちは楽になったものの、完全に晴れたわけではなかった。
そんなときだった。
「ん?」
ふと、景色がぐにゃりと歪む感覚があった。
目の前の会社が、その周辺が確かに歪んでいる。
建築物そのものが波打っている。
暑さにあてられたのかとそう最初は思っていたんだが、
「あれ?」
気づいたときには会社が元に戻っていた。
風景が波打つ感覚が戻ったと同時に倒壊した会社が元通りになっていた。
どういうことだ。
そうだ、ギャラリーや警察は?
慌てて周辺を見回す。
だが、そこにはいつもの日常があるだけだった。
夢でも見ていたのだろうか。
そもそも建物を壊したことが夢であって、元々何も起こっていなかったのでは。
「なんだ…、暑さで俺がおかしくなっただけか…」
とりあえず帰ろう。
帰って、仕事行く支度しないと。
間違いなく遅刻だ。どう言い訳しようか。
「よし、まる帰ろうか。」
よいしょっと。
まるを抱きかかえようとする。
「…。なるほど。」
一度抱きかかえたまるをゆっくりと下ろす。
これは夢じゃない。
なぜなら俺の胸に。
割れた家の窓のガラスの破片が着いていたからだった。
「とりあえず家に戻ろう。それからだな。」
そう踵を返したとき。
「…見つけたわ。あなたね。」
目の前にスーツを着た女性が立っていた。
「あなたが魔法を使ったのね。」
一瞬状況が理解できなかった。
なんて言った?魔法を使った?こいつ見てたのか?
「もう一度聞くわ。あなたが魔法を使ったのね。」
「…。魔法とか頭お花畑じゃないのか?暑いからあんたも気をつけろよ。じゃあな。」
関わるとロクなことにならなそうだ。
そう思い、その女性の横を通り過ぎる。
そのときだった。通り過ぎ様に耳に聞こえる一声。
「…ブ○ザド」
「!?」
反射的に身を引いた。
目の前にこの真夏に似合わない氷の針山ができていた。
そのまま足を進めていたら、今頃俺の足は眼前の針に貫かれていただろう。
FFの魔法か。
「まる、大丈夫か?」
「ワンワン!」
「危ないから俺の肩に乗っていろ。」
まるを肩に乗せる。
その様子を黙って見ていた女性が口を開いた。
「たいした余裕ね。ひとりでも私に勝てないのに、お荷物まで背負って。」
「悪いが、勝負に拘らない男なんだ。」
口ではそう言ったものの、ここを離脱するのは随分骨が折れそうだ。
夢か現実かわからないような出来事が連続して起こってる上に、
なんでこんな命の危険までやって来るんだ…。
「あなたが魔法を使ったのね?」
「だったらどうする?」
「ここで身柄を拘束するわ。」
FF女が身構える。
また魔法が来そうだ。
とにかくここを離脱しないと。
「…ブリ○ド」
地を這う氷の針山が高速でこちらに向かってくる。
やるしかないか。
「まる、しがみついてろよ。」
「ワーン」
すっと横に体を移動させて氷を躱す。
「ブリザ○」
追い打ちをかけるように再び魔法が飛んでくる。
「マホカ○タ!」
俺が叫ぶと同時に目の前に大きなコンタクトレンズに似た形をした盾が産まれる。
その盾は相手のブ○ザドを跳ね返した。
「!」
FF女が慌てて身を躱す。
ぶっつけ本番だったが、なんとかなるもんだ。
メ○ゾーマとル○ラが使えたから、もしかしたらと思ったんだが。
俺はド○クエの呪文がいくつか使えるのだろう。
どのレベルの呪文まで使えるかは把握していないが、追々試すしかないか。
「あなた。やはり危険ね。」
「急に魔法撃ってくるあんたのほうがよっぽど危険だと思うが。」
「ここで拘束するわ。サ○ダー!」
「!」
とっさに後ろに飛ぶ。
直後、俺のさっきまでいた位置に小さな雷が落ちた。
…しゃれにならねえな。まじで命がいくつあっても足りねえ。
俺も身構える。
身構えた得体のしれない女と、こっちはただの身構えた会社員と肩に乗った犬。
わけのわからない構図だ。
だが…。
俺たちは今から命のやりとりを開始する。