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白い黒猫のタンゴ(短編集)

電車に揺れる立葵

作者: 白い黒猫

立葵の花言葉……単純な恋

       熱烈な愛

       大きな志

挿絵(By みてみん)


 東京都内を走っているとはとても思えない二両編成のその電車はどこかレトロ。椅子も小さく全体的にカワイイ感じで、車体はクレヨンで塗ったような分かりやすい色で玩具の電車みたい。男性にはチョットつらい間隔で椅子が縦に窓に沿って一列並んでいる。体格の良い人は足がつかえて座れないシート。座われない人は縦に座らず横向きで腰掛けるか足だけを通路に出して座っている。国道を横切る時は電車の方が信号待ちしてしまうという。そんな電車に私は仕事に通っていた。線路わきにはコンクリ―製の柵が並んでおり、そこを近所住民が好き勝手に植えた花が咲き乱れ四季を彩っている。春にはカスミソウやマリーゴールドが咲き、梅雨の時には紫陽花がシットリと咲濡れて、秋には秋桜が揺れているそんな路線に私はずっと乗っていながら、そんな風景の事をまったく見ていなかった。

 沿線にどんな家や店がありどんな風景があるなんて気にもしない。だって電車の中では、ある人の事をずっと見ていたから。同じ会社いる営業部の向日(むかい)(まもる)さん。年齢は三十前後、外回りしているせいか肌の色は少し黒く、それがさらに向日さんの男らしさを強めていた。営業の人らしく、ハキハキとそしていながらも丁寧な言葉を使う人で、その感じも仕事のできる男というのを感じさせてくれる。

 好きになったのは単純な理由。少し好きな俳優さんに顔が似ていることや、私の部に仕事を頼むときの優し気で紳士な雰囲気、名前に同じ漢字が使われていること、仕事で失敗して落ち込んでいる時に缶コーヒーを奢ってくれて話を聞いてくれたりとか、クールなようでクシャっと笑うと少し可愛く見えるところとか……そんな『イイナ』とか『ステキ』が積み重なって気が付けば大好きになっていた。

 向日さんと同じ通勤電車を使っているのを知って少し運命を感じて嬉しくなる。

 とはいっても直ぐに声かけられるのではなくて、ただ見つめているだけ。そして距離だけは毎日少しずつつめていく。彼の視線に入り気付いてもらうように。そして顔を合すと挨拶をして会話をするまで三か月かかった。我ながらいじらし行動だと思う。

 それまでノリと勢いでなんとかなった恋愛とは異なり、大人の男性とどう付き合っていけば良いのか分からなかったから。話をしていても、こんな子供っぽい私に呆れる事もせずに落ち着いた感じで話をしてくれるその優しさにますますキュンとして好きが高まっていく。そんな二人でいられる朝の通勤時間は私の生きる活力を生み出す時間帯だった。


 四か月目同棲を始めたらしい同じ社内の女性と共に通勤してきて、紹介されるまでは。


 一人で盛り上がった恋は、私一人の世界であえなく完結してしまうことになった。私のいる部署は年齢の離れた人ばかりで恋バナなんてする雰囲気でなかったのは幸いだったが、結局相手にも誰にも伝えず教えなかったまま破れた恋は一人で抱え泣くしかない。

 あの日を境にあんなにゴキゲンな空間だった電車の中は一変してしまう。仲良さそうな二人を見ると息をするのも辛くなるほどキツイ。バカップルがイチャイチャしているのとは違って、揺れる電車に体勢崩しそうになった所をさり気なく支える様子、何でもないタイミングで合わせる視線。見せつけるのではなくて、仕草の端々、互いを見つめる表情の奥から互いへの愛が溢れてくる感じ、私の気力体力をガリガリ削るには充分な破壊力があった。しまいには二人の姿を遠くでみつけるとそのまま身体が固まり電車を見送る始末。次の電車に乗ったものの、楽しかった電車での思い出が蘇り泣きそうになる。抑え続けていた想いだけに、私の中での燻りは半端なくいつになく引き摺ってしまう。


 そういったこともあり私は電車に乗らずに歩くことにした。一見無謀に見えそうなこの通勤、そこまで大変なことではなくなき。コンパクトで可愛い電車は、駅間もコンパクトで短い。電車で五分のその距離は、歩いても十五分弱ということで歩けないこともない程よい散歩くらいのもの。それが意外と良い気分転換にもなった。

 日々変わる空の様子も、外にいることでより強く感じられた。胸をすくような青空、そこを横切っていく飛行機雲。夏の日差しに火照った頬を撫でる風の心地よさ、ただ電車で揺られるだけで何も見ていなかった私に、その通勤路は様々な刺激を与えてくれた。背の高いあの人に近づきたくて履いていたヒールの歩きにくい靴ももう止めて、今では思いっきり自由に歩ける靴を履く。寄り道を楽しむ為に。

 一週間も歩けば、周囲の道の様子も読めてくる、どのルートが最短距離で、どの路がより素敵なのかもわかってくる。

 開店前の畳屋の曇りガラスの向こうに今日は猫が見えるのだろうか? 公園の柵にかかっていた子供が忘れていったと思われるピンクポーチ今日は取りにきてもらえているのだろうか? あの公園にいつもいる犬見知りの犬、今日はちゃんと犬の輪に入れるのだろうか? そんな事を考えながら通勤路を歩く私は端からみたら馬鹿みたいなのかもしれない。でも通勤途中だとはいえ、その時間は自分を素の状態で自由に解放出来た。そして様々なモノに出会える冒険だった。

 気が付けば私はあの電車の線路をつかず離れず通るコースをよく歩くようになっていた。その道が一番安全でかつ、お気に入りの要素の多い道。外から見るとあの二両編成の電車はなかなかのものでホノボノとした光景を作り出していて良い感じに見える。茶トラの猫がよく現れ挨拶してくれるし、帰りにチョット楽しめる良い感じの喫茶店もある。そこで流れるボサノバに身を委ねながら珈琲を飲むと癒され仕事中に感じたイライラ、落ち込みなどをそこでリセットできた。線路脇には空に向かって伸びる立葵(タチアオイ)。その姿勢よく真っすぐ咲くその花は私の気分も上へと導いてくれた。電車が通る度に揺れながら咲いている様子はなんともよい感じ。また行きは陽光に輝く生命力あふれた姿に元気をもらい、帰り道は夕日の中更に赤みを増し咲く姿はどこかで優しく穏やかで暖かく私を何故かホッとした気持ちにしてくれた。自分の足で歩き見つけるちょっとした喜び驚きがなんとも楽しい。私が自分の足で歩いて見つけたお気に入りの道だから。

 秋になると日差しもグッと優しく、秋桜やおしろい花が咲きだしてきた。空もだんだん高く感じになり、また違う空気を帯びていく。


 秋になり向日さんが結婚するというニュースが社内に流れる。今にして思えば、同棲始めたのも結婚準備のためだったのだろう。たまたま私の職場に訪れてき向日さんにお祝の言葉を伝えると私の好きなクシャっとした笑顔を返してくれた。幸せそうな彼に笑顔が見られて嬉しいと思うのと同時に、こうして穏やかにお祝いを言えるようになっている自分にも気が付く。

 照れながらもお礼を言う感じにも、向日さんの優しさと誠実さが滲みでていてやはり素敵だと思うけど、もう痛みとか哀しみを感じない。

 社内なので会話も仕事の事へ自然に移っていく。

立葵(りつき)ちゃん、入社当時は一生懸命過ぎてどこか危なっかしいところあったけど、なんて言うか。落ち着いて大人っぽくなったよね」

 この人はなんで、こうも嬉しい言葉をいつも私に言ってくるのだろうか? とも思うけど素直にその言葉は嬉しかった。以前はキュンキュンと熱くなっていた心は少し冷めたのかホッコリと温かさを感じるくらいの程よい温度。

「そりゃ、こんだけの月日あればヒヨコだって身体も黄色くなくなりますし、鶏冠生えてくるくらいですから。私だって立派な社会人になりますよ」

 私の言葉に、フフッと楽しそうに笑ってくれるのがまた嬉しい。

「それはそうだよな。今回も助かったよ。お陰で仕事がスムーズに進みそうだ。本当にありがとう。

 これからも仕事を色々お願いすると思うけど、頼りにしているよ」

「任せてください!」

 胸を張って私は元気に答えた。

 こういう話をしていると、やはり私はまだまだ子供で、彼は大人で寄り添うにはほど遠かったことが良く分かる。恋人にはなれなかったけど、仕事を信頼されて任される。コレはこれで素敵な大人な関係なのかもしれないとも思う。望んでいた大人の関係とかなり違うけど、それはそれで幸せである。

 そして今日も向日さんと婚約者が乗っているであろう電車が通っていくのを景色の一部として眺めながら、通勤路を楽しむ。大きく深呼吸すると金木犀の甘い香りがして、私の中でちょっとした『シアワセ』が広がり膨らんでいった。



饕餮さまの【言葉選び企画】参加作品です。

お花ワードからは【タチアオイ】それと【カスミソウ】もチラリとあと隠れ【向日葵】も。

その他のワードからは【電車】【青空】【飛行機雲】【喫茶店】【珈琲】 を選択して書かせていただきました。

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