第76話 移住
「村長、ダンジョンの街に引っ越しましょう。」
「藪から棒に何を言い出すんだ。」
やはり、この一言だけでは伝わらなかったか。
父に相談された後、私は父とともに村長宅に来ていた。村人全員をダンジョンの街に引っ越させようと、私は思っている。そのために、父と話したことを村長に一から説明することにした。
村長もこのことについては頭を悩ませていたようで、最終的には私の案に乗ってくれた。最初は私が村から出たことを良くは思っていなかったので、私の話に抵抗を感じていたようだった。ただ、さすがに他にどうしようもないので、渋々承諾した感じである。
「そういうわけで、よろしくお願いします。」
「ああ。村の皆には私から伝えておこう。…すまないな。村を出たおまえに頼ることになってしまって。」
「気にしないでくださいな。それでは。」
私は父とともに家に戻る。
「おかえりなさい。」
「ただいま、お母さん。」
なんか、お母さん、って呼ぶのが少しくすぐったく感じる。
「それで、どうするんじゃ?」
ついさっきまで弟にダンジョンの話をしていたメヴィが私に尋ねてくる。弟は突然話をぶった切られて不満そうだ。
「とりあえず、農作物が収穫できるまではここにいることにしたよ。あまり早く帰っても困るでしょ?」
「そうじゃな。」
今帰ってもメヴィコールは起こるだろうし。
「収穫っていつにゃ?」
「2ヶ月後くらいかな?」
「随分先にゃ。」
「皆に連絡くらい入れておいたほうが良さそうじゃな。」
確かに。
「シャムたち、まだ国内にいるかな?」
「どうかのぅ。アーニャ、お主暇そうにしておるようだし、伝えてこい。」
「何で命令形にゃ!?」
メヴィにとってアーニャって何なんだろう。
翌日、朝食を食べた後、アーニャは伝令に走っていった。
「場所、分かるかな?」
「あやつも元は冒険者じゃろ?それくらいどうにかするじゃろ。」
アーニャは隣の王国で冒険者をやっていたらしい。なので、こういった依頼もこなしたことはあるんだとか。私かメヴィが飛んでいった方が早いとは思うけどね。
私たちは私の家族とともに、畑に向かった。今日の畑仕事をするためだ。
「さて、やりますか。」
私は手を畑にかざすと、魔法で雑草をすべて抜く。そして乾いた土に、空気中の水分を冷やして氷の粒に変えて暖めて雨を降らせた。
「って、魔法で全部やるのか?!…そこは手作業で農業体験するところじゃろ。」
「えー。だって昔に嫌って言うほどやったしさー。」
「わらわは一度もないぞ。」
「やりたかった?」
「…いや、あまりやりたいとは思わなかったのじゃ。」
魔法であっという間にできることをわざわざ手作業でやるのは、結構ストレスだと思う。
周りを見渡すと、村人たちが呆気に取られている。ふっふっふっ。これが魔法というものだぞ、みんな。
あっという間に畑仕事が終わったので、私はメヴィと二人でドラリアの町に向かった。一応、主様にも話しておこうと思ったのだ。肌の色は肌色に戻してある。
「農作物を育てて売っている商人をご存知ないですか?」
「ここは冒険者ギルドだって言ってるだろ…。」
分からないことがあった時のギルドのおじさんである。この町のことなら何でも知っているのだ。
「さすがに町の住人一人一人が何をしてるかなんて知らねぇぞ。」
なんだと…?
「後ろの兵士の方が知ってるんじゃねぇか?」
おじさんが後ろに居る監視人を見て言う。昨日と同じ男である。
「たまに門を通っていたのは知っているが。」
「おおー。その人とお話したいんですが、どこに行ったら会えますかね?」
「さすがにどこに住んでるかまでは知らないな。」
使えない奴め。
「どうするんじゃ?」
「町長のところにでも行ってみるとか?」
「監視人付きで入れるわけないだろ。」
兵士にツッコまれてしまった。
「じゃあどうしろと?」
「急にふてぶてしくなったな…。まぁ無難なところだと食料品を売っている店の人に尋ねて回るとかじゃないか?」
「なるほどのぅ。」
意外とまともな案が帰ってきた。確かにこの町で商品を卸しているなら、それで辿れるだろう。早速回ってみますか。
コンコン。
商人の家はすぐに見つかった。それなりに大きく、隣には大きな倉庫がある。この町で農作物を売っている商人はそれほど多くないらしい。ほとんどの場合、農家の人が直接売りに出しているんだとか。この町自体にそれなりの広さの畑があるようだ。
「はい。どちら様でしょうか?」
商人の家をノックした後に扉から出てきたのは若い青年だった。そういえば私と同い年くらいの子供が居たな。
というか、よくよく考えたら私はどちら様なのだろう?今はあの村の鬼人の姿ではない。
「えーと、鬼人の村の件でお伝えしておきたいことがありまして…。」
「あの村のことで、ですか?」
「そちらの庇護下から抜けて、彼らは途方に暮れていたようなのです。そこで、村人全員をダンジョンの街へ移住させようと思っています。あの土地はそちらの所有地ですよね?数ヶ月後には出ていくと思うので、彼らが居なくなることを伝えておこうかと思いまして。」
「え?」
突然の話に青年はうまく話の内容が掴めなかったようだ。なので、私たちは青年に客室へ案内されて話をすることになった。主様は出かけているらしく、今は家に居ないらしい。
「なるほど…。彼らには申し訳ないことをしましたね。」
青年が言うには、農作物の価格が急激に下がっているそうだ。とても次の農作物を受け取って売り捌ける状況ではないらしく、彼らの世話を見ることができなくなってしまったらしい。なので、せめて住む土地だけは残してあげたらしく、それで苦しくても生活はしていけるだろうと思っていたそうだ。
実際には、日々の生活に必要なものは商人が手配してくれていたため、彼ら自身で揃えることも作ることもできず、とても生活し続けられる状況ではなかったわけである。
「それにしても、彼らとあなたたちの関係はどういったものなのでしょうか?」
うーむ。なんて説明したものか。
私はちらりとメヴィを見た。
「わらわを見られても困るのじゃ。」
「だよね。…実は私、あの村出身の冒険者なのです。」
「え?」
私はいかにも魔法で誤魔化してました的な感じで、肌の色を薄緑色へと変えた。青年、と監視人が驚いている。
「緑色の肌だと冒険者としては目立ってしまうので、肌色に魔法で変えていたのです。」
「そんなことが可能なのですか…?」
「普通は無理です。ただ、私は村を出てから魔法について深く学び、今ではこの国で一番と言っていいほどの魔法使いとなりました。ダンジョンの街ではそれなりに名も売れた冒険者でやっています。ですから、私が生まれた村の人たちが困っているのを見捨てたくはないのです。」
「そう…ですか。」
青年は頭が追い付いていない、という感じだ。
しばしの沈黙の後、私は青年に話しかける。
「そういえば、そちらの生活は大丈夫なのですか?あの農作物しか商品を手掛けていないとすると厳しいのではないかと思うのですが。」
「ああ、そうですね。あの村の農作物以外にも、この周辺の農家から買い取った農作物を他の町で売ったりしていましたが…なんにせよ農作物しか扱っていなかったので、今は次に扱う商品を探しているところです。生活は…近々この家を引き払って、安い家に移る予定です。収入は少ないですが、まだ農作物が倉庫にありますからね。しばらくは生活できると思います。」
ふむ。破産まではしてなかったか…。ただ、この家を引き払うということは、隣の倉庫も一緒にだろう。商人としてはだいぶ厳しい状況だと思う。
まぁ、なんというか。
「もし、生活するのが難しくなったら、ダンジョンの街に移住してみるのも悪くないかもしれません。あの街はお金がなくても生活できますからね。」
これが言いたかっただけである。
私たちは村へと帰った。あの後少し話をして、あの商人が村人の様子を見に来るついでに、村の魔物避けの魔道具を回収しに来ることになった。私たちがダンジョンの街までは付いているので、魔物避けの魔道具はもう要らないと私が言ったからだ。まだ魔物避けの魔道具は、平民の間にはそれほど出回っていないので、それなりに売れるはずなのだ。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
家に帰ると、弟が親に楽しそうに語っていた。昨日メヴィが話していたダンジョンの話である。私たちが帰ってきたことに気付くと、弟がメヴィに昨日の続きをねだっていた。
私が親に今日は何をしていたのか聞くと、何をしていいか分からなかったと答えた。まぁ、急に時間ができても何していいか分からないよね。ダンジョンの街に行ったら、同じように何をしていいのか分からずに迷うのかなぁ…。
数日後、商人がやってきた。アーニャは、シャムたちのところで一泊してから帰ってきている。今日は主様と青年の二人が来ている。
村長が商人の2人と会話し、その後、村の入り口の地面を掘り返して、魔物避けの魔道具を取り出した。そんなところにあったのか…。
「それでは皆さん。また機会がありましたらお会いしましょう。今までありがとうございました。」
主様と青年が深々とお辞儀をし、帰っていった。村人たちは少し困ったような顔をしていた。
「とりあえず、魔物避けの魔道具を作っておきますか。」
私が、今さっき持っていかれた魔道具とよく似た形の魔道具を魔法で作り出すと、村人たちが驚いていた。癖になるね、このリアクション。
あれから更に数日が経った。
「暇じゃな。」
「退屈にゃ。」
連れの2人がここの生活に飽きてしまったようだ。
「そうじゃ。久しぶりに格ゲーでもやってみるのはどうかのぅ。」
「いや、メヴィの独壇場になるじゃん。」
「格ゲーって何にゃ?」
アーニャが首を傾げていると、ここぞとばかりにメヴィがアーニャを巻き込んで格ゲーの勝負へと持っていった。
仕方ない。出すか…。
私は家の外に出て、あまり目立たない場所にゲームを魔法で作り出す。空中にディスプレイが表示され、手元に操作パネルが現れる。
「という感じじゃ。」
「なんとなく分かったにゃ。」
メヴィがアーニャにやり方を教える。そして、ハンデなしで対戦を始める。
「にゃ!?動かないにゃ!?」
「ふはっはっは!タイミングが悪いんじゃタイミングが!」
メヴィが綺麗にコンボを決めて、途切れなく攻撃し続ける。タイミングも何も知らないアーニャは一方的にボコられて、あっという間に勝負がついた。
「シルが言ってた意味が分かったにゃ…。」
その後、結局それぞれが違うゲームをプレイして遊んでいた。メヴィは前回中断されてしまった縛りプレイの続きをしている。アーニャは無双系のゲームで無双して遊んでいる。メヴィが黙々とプレイしているのとは対照的に、アーニャは一人で騒ぎながらプレイしている。
途中からアーニャの声を聞きつけた弟も混じって、ゲームをやり始めた。
なんだろう。お正月にせっかく帰省したのに、家でひたすらテレビゲームをするダメな大人を見た気分だ。
1ヶ月後。私の魔法…魔力はメヴィのだが、によって早く成長した農作物を収穫し、私たちはダンジョンの街へ向かった。
結局、メヴィもアーニャもあの後ずっとゲームで遊んでいた。まぁ、他に遊ぶものもないしね…。
私は魔法で馬車のようなものをいくつか作り、村人を乗せて移動を始めた。ここから王国の外に出るための門まで相当な距離がある。なので、馬車もどきに乗って高速で移動しようというわけだ。…馬の走る速度どころじゃない速度で走ってるけどね。
2日ほど掛けて門にたどり着き、そこからダンジョンの街へと向かう乗合バスに乗り換える。そして、数時間でダンジョンの街に着いた。
「お、メヴィちゃんが戻ってきたぞ!」
「ついに攻略再開か!!」
「またあの雄姿を見せてくれ!」
『おおおおおお!!メ・ヴ・ィ!メ・ヴ・ィ!』
「…まだほとぼりが冷めてないようじゃな。」
メヴィがバスから降りて、街に入ろうとしたら熱狂的なファンが騒ぎだしてしまった。村人たちがビクッとしていた。
「メヴィをこの場に置いて、村の皆を住むところに連れて行くね。」
「むぅ…。仕方がないのぅ。ここから別行動にするとしよう。」
私はメヴィとここで別れ、アーニャとともに村の皆を案内する。
村の人たちは初めてみる街の光景にせわしなく辺りを見渡していた。とりあえず、ふわふわ玉から隣接するように部屋をまとめて借りて、そこを村の皆が住む場所とした。ついでに使い方の分からないものが多いので、ふわふわ玉にしばらく側にいてもらうことにした。
一通り案内し終えたところで、私は村長に話しかけた。
「うまくやっていけそうですか?」
「こんなにいい生活が何もしなくても送れるとはな…。新しい生活に慣れるのに苦労するかもしれないが、大丈夫だろう。」
ふわふわ玉がいるしね。
何もしなくてもいいけど、何かしたいことはちゃんと見つけられるだろうか?とりあえず様子見、かな。