第71話 スライム
悪魔に挑んだ翌日。
障壁貫通の攻撃魔石で地下10階の城の中に入り、シャムの覚醒スキルを残して大きな赤い騎士像を倒す。
「いっくよー!」
シャムが元気よく声を出して、覚醒スキルを使った現状最強の一撃を入れる。
「そんなばかな…。」
「まさかシャムの一撃でも無理とはのぅ。」
シャムが両手を床に付けて項垂れている。ちなみに障壁貫通の攻撃魔石では障壁は突破できたが、それだけだった。
「まぁ今日は右の扉に行くとしよう。その内に破壊できるようになるじゃろ。」
メヴィがシャムの首根っこを掴んで起きがらせると、右の扉へと進んだ。私たちもそれに続く。
右の扉の先は通路になっていたが、明るく、前方まで見渡せた。奥には部屋が見え、中央に柱があり、その柱に沿って螺旋階段があった。
私たちがその部屋へ入り、上を見る。
「うわっ、気持ち悪!」
「スライムじゃな…。」
「メヴィの天敵にゃ!」
部屋は丸くなっており、吹き抜けとなっている天井はこの城の高さと同じくらいの位置にある。そして、壁と中央の螺旋階段に黄色いスライムが大量にウニョウニョと動いている。
「っ!?ターゲットになってるわよ!」
マローネが下を向いて叫ぶ。私たちの足元に複数の魔法陣が展開されている。
「ちっ!殲滅に向かうぞ!」
メヴィたち素早さ特化はすかさず魔法陣から離れ、螺旋階段へと向かう。私たちも魔法陣から出ようとしたが、間に合わず魔法の直撃を受ける。
「あっつ!ちょっ、状態異常付きって…ごほっ。」
シャムが炎に包まれた後、毒っぽい煙にむせている。私はすぐに範囲ヒールを掛け、状態異常を治す魔法を試していく。既に次の魔法陣が展開されているが、ヒールが間に合わない。
「回復は各自でお願い!」
「分かったわ!」
「了解!」
マローネとミリーナさんの返事聞きつつ、魔法陣から抜け出そうと走りつつ、治療魔法を試しつつ、回復アイテムを使う。忙しい!
マローネとルアノちゃんが壁に張り付いている近くのスライムを魔法で攻撃すると、べちゃっという音とともにスライムが落ちてきた。
「ひっ!?」
「ていっ!」
ルアノちゃんが身を引いて驚き、シャムが落ちてきたスライムに斬りかかる。
「うわっ、ちょっ、気持ち悪いから!やめろおおお!」
シャムがスライムを斬りつけていると、スライムのべちゃべちゃが飛び散り、シャムの体に纏わりつく。シャムは叫びながらもスライムを斬りつけている。ガンバ!虫じゃないだけマシだよ!
ドタバタしながらも、私たちの近くのスライムは倒し終えた。
「ふぅ…。一段落ね。」
「ううう!いまだにあのべちょっとした感覚が蘇って来るよ〜〜〜!」
「あはは…。でも慣れると程よい弾力かも?」
シャムが自身の体を抱いて身震いする横で、ミリーナさんがそんなことを言っている。…私は触らない方向で行こう。
メヴィたちはかなり上まで上がっているようで、螺旋階段のスライムはメヴィたちが登ったところまではいなくなっている。
「私たちも登りましょ。」
「もう戦いたくないよぉ…。」
シャムの弱音を聞きながら、私たちも螺旋階段を登る。途中の壁に居たスライムは、マローネとルアノちゃんが魔法で下に落とした。
メヴィたちと合流して、スライムを倒しながら一番上まで辿り着くと、そこからまた通路が伸びていた。
「結構レベル上げに良さそうじゃな。」
「確かに数レベルあがったね。」
そんなに強く感じなかったが、そこそこレベルが上がっている。
「この通路の先も似たような部屋が見えるわね。」
通路の奥を見ると、再び螺旋階段が見える。加えて壁沿いにも螺旋のスロープのようなものが見える。
私たちが通路の奥の部屋へ入ると、背後に鉄の扉が落ちてきて閉まった。
「えっ、ぼ、ボス?!」
「みたいじゃな。」
シャムが狼狽える中、黒い靄が集まり、中央の柱と私たちの入ってきた入り口の間に黄色い巨大なスライムが出現する。
「うわあああ!!やっぱりスライムだああああ!!」
「分裂したにゃ?!」
シャムが叫び、アーニャが驚く。巨大なスライムから次々と先程まで戦っていたサイズのスライムが分裂していく。そして、巨大なスライムは中央の柱までの通路に収まりきらず、ぬるりと通路から下へと落ちた。
「とりあえず近くのスライムを倒すぞ!」
メヴィが突撃するのを合図に、皆でスライムを殲滅していく。
メヴィたち素早さ特化は中央と壁沿いのスロープをジャンプして行き来しながら戦っている。
「すごいなー…。」
「倒し終わったわね。」
シャムがメヴィたちの動きに感心していると、どうやら近くのスライムは倒し終わったようである。
すると、下から大きな爆発音がした。
「なんじゃ!?」
「あっついにゃ!」
下から物凄い勢いで熱風が吹き上げてくる。爆発音は次から次へと聞こえてきて、その度に熱風が吹き上げてくる。段々熱くなり、ダメージが酷くなる。
「ちっ!耐えきれんのじゃ!撤退するぞ!」
メヴィが指示を出して、皆でログアウトする。
「…また撤退じゃな。」
「いやー、アレは仕方ないっしょ。」
「地下10階のモンスターは癖が強すぎるわね…。」
初見殺しというやつである。
「分裂したスライムがどんどん爆発していったみたいだね。一定時間経過で自爆するのかも。炎耐性装備付けて、氷魔法で冷やしながら耐えてたら、ボスが自滅するんじゃない?」
「確かにあれだけの爆発を受けていたらボスも無事で済まないよね。」
「せこいことを考えるのぅ…シルは。」
せこいではなく賢いと言ってもらいたい。
「まぁとりあえずまた明日じゃ。レベル上げに行くぞ。」
次の日。
「…ほんとに倒せちゃったよ。」
「…意外と間抜けなボスね。」
シャムとマローネが腑に落ちない様子で下を見ている。
「アイテムを回収しに行くかの。」
メヴィが中央の階段と壁沿いのスロープを交互に蹴りながら降りていく。…凄い降り方だな。
「おお!宝玉がドロップしておるぞ!」
「ついに来たにゃ!」
「長かったー…。」
ようやく宝玉かぁ。今回は時間が掛かったなぁ。
「宝玉も手に入れたし、今日はここで撤退じゃな!」
メヴィの大きな声が下から響き渡ってくる。うん、死んで消えたら大変だもんね。
「うわっ、すごい数じゃん!」
「ひーふーみー…30個くらいにゃ?」
「うむ!おかげで安心して宝玉も使えるのじゃ!」
「でも地下10階に居るの私たちだけだから、素材集め大変そうだね?」
あ。そうですね、ミリーナさん…。結構宝玉の強化に素材使うんだよね。しかも、地下10階ってモンスターの癖が強いから、集めて狩るとかなかなか出来ないし…。
「まぁこれで覚醒スキルなしでも入ってすぐの石像を倒せるじゃろ。今まで集めた分の素材で強化して、明日は左の扉に行ってみるのじゃ。」
左の扉か…。今度は何が居るかな。
翌日。
「ふぅ。思ったより早く倒せたねー。」
「うむ。レベルもこつこつ上がっとるしの。」
私たちは、城に入ってすぐの大きな赤い騎士像を1分も経たずに倒し終えた。
「よーし、今度こそ破壊するよっ!」
シャムが灰色になった騎士像に覚醒スキルを使った例のスキルを使う。三度目の正直になるかな?
騎士像に衝突したシャムの双剣が一瞬だけ光輝くと、大きな衝撃が伝わってくる。そして、騎士像が崩れ落ちて黒い靄となって消えていった。
「よっしゃ!!」
「でかしたのじゃ、シャム!」
シャムがようやく破壊できたことに飛び跳ねて喜んでいる。さてさて、何がドロップしたのかな?
「宝玉にゃ。もう要らないにゃ。」
「多い分には困らないでしょ。それに、色違いみたいだわ。」
アーニャが期待はずれといった顔で言うと、マローネが冷静に価値を判断する。色違いってことは特性が違うのかな?昨日の宝玉は黄色で、今回のは赤色か。
「まぁ後で詳しく調べて見るのじゃ。何回でも手に入るじゃろ。さっさと左の扉に行くぞ。」
確かに、もういつでも入手出来るしね。
私たちは左の扉を開けて奥へと進んでいった。
「…。」
「またスライムだね。」
「ま、経験値はそこそこうまいのじゃ。どんどん狩るぞ。」
シャムが、壁一面に張り付く青いスライムを見て絶句している。ドンマイ!
今回は中央に階段ではなく、天井まで伸びる4本の柱と、それに囲まれるように大きな丸い台があった。台の表面には魔法陣が描かれている。
とりあえず近くに居るスライムを倒した後、私たちはその台に乗った。
「私たちの住居にあるようなエレベーターかな?」
見るからにそれっぽかったので、私は口にする。
「あぁ、なるほどー。これで上まで登れってことだね!」
シャムが納得したように頷いていると、エレベーターらしき台が上に向かって動き出した。
その間、マローネとルアノちゃんが壁に張り付くスライムを次々と撃ち落としていく。
「うむぅ…。勿体無いのぅ。」
「いやいやいや!撃ち落とすだけで済むんだからいいじゃんか!」
メヴィが経験値を惜しそうにしているが、シャムがそれを必死に否定している。
「帰りに倒していくかの。」
「ええええええ!?」
経験値的にはそれがいいだろう。だが、既に下は青いスライムの海である。
エレベーターが一番上まで辿り着くと、昨日のように通路が伸びている。
「また巨大なスライムかの。」
今日も爆発するんだろうか。
私たちが通路を進み、奥の部屋へと入ると、昨日と同じく中央の柱に階段が、壁沿いにスロープがある。そして入り口が閉まり、巨大な青いスライムが降ってきた。
「やっぱりいいいい!?」
「分裂もしてるにゃ!」
シャムがショックを受けている。今回も同じパターンか。
「装備を炎耐性に変更しておくのじゃ!爆発する前に倒すぞ!」
メヴィがそう言って、走り出しながらメニュー画面を操作して装備を変更する。巨大な青いスライムは、既に通路から下へ落ちてしまっている。
「さすがに宝玉があると、あっという間ね。」
マローネが周りを見渡して、多いスライムが全て倒されたのを確認して言う。残るは下に居る分だけだ。まだ爆発するには早いだろう。
数分が経過する。…まだ爆発しない。
下を覗いているが、青いスライムがいまだにウニョウニョしているだけだ。
「爆発しないにゃ?」
「ぷるぷるしてるだけだね。」
「うぅ〜〜気持ち悪いぃ…。」
ミリーナさんが可愛く表現するが、とてもそんな感じではない。しかし、今回のスライムは爆発しないのだろうか。
「…水っぽくなってないかしら?」
マローネがふと呟く。そう言われてみると、粘度が下がり、水面が揺れるような感じにも見えてきた。
「もしかして水に変化してるの?」
ルアノちゃんがそんなことを言った。…何で体積が増えてるんだろう。
「ちっ。このままでは水に沈みそうじゃな。しかも、今回は自滅してくれなさそうじゃ…。」
さすがに窒息死…はしてくれないよね。
マローネとルアノちゃんに魔法でいろいろと試してもらった。
炎魔法を使うと、水が蒸発して水かさを減らすことが出来た。天井には窓?があって、空気が抜けるようになっているので、そこから蒸気が抜けていっている。それでもサウナ状態だが。
雷魔法を使うと、水かさが減り、瞬間的な爆発が何度も起きた。大した爆発ではなかったが。水素でも爆発したのだろう…。
氷魔法を使うと、水が凍った。が、次から次へと氷が割れて、水が溢れ出してくる。凍らせても水に変化するようだ。
…毒魔法を使った。毒の霧なのだが、水の中で発動させると、どんどんと水の色が紫色へと変わっていった。水かさが増えすぎると困るので、雷魔法と併用する。炎魔法だと毒まで蒸発しそうだからね…。
「…自分でやっておいて何だけど、酷い有様ね。」
「毒が効いてるといいんだけどねぇ。」
マローネが引き気味に下の水を見る。私は毒が効いているのか心配だ。
そんなことを続けることおよそ30分。黒い靄が水から上がっていくのが見えた。水かさもどんどん減っていっている。
「倒せたようじゃな。」
「これ、どうやって拾いに行くの…?」
シャムがどんどんと毒々しくなる水を見ながら言う。何か柄の長い物で掬うか…近付いただけでやばそうだ。
粗方水分を飛ばし終えた私たちは、静かに毒の沼を見る。
「うーん、どうすればいいかなぁ。」
「今回は見逃すしかないのかのぅ。」
「それは勿体無いにゃ!」
「とりあえず凍らせてみましょうか。」
マローネがそう言って、毒の沼を凍らせる。
「ふむ。アーニャ、装備は預かっておくから拾ってくるのじゃ。」
「なんでにゃ?!」
身ぐるみを剥がされたアーニャが拾いに行く。普通に脱いでも、現実の服装に変わるんだね。主にプラノが頑張ってくれました。
階段を降りた先に続く凍った毒の沼の上に、アーニャが足を降ろす。
「いったいにゃ!!」
アーニャの足の裏から煙が上がり、そこからアーニャの肌の色がどんどんと変わっていく。
「ダメだったみたいじゃな。」
私がマローネたちの使った毒を治す魔法を掛けるが、治らない。あちゃー。濃度高すぎかな?
アーニャが階段でごろごろとのたうち回っていると、太もも辺りまで色が変わったところで光の粒子に変わって消えた。
どうしたものかなぁ…。ロープとかあれば投げ縄みたいに出来るかもしれないけど…溶けそうだな。
「とりあえず諦めて、一つの前のスライムでも倒すかのぅ。」
この状況でも倒すんだ…。
私たちは一つ前の部屋へ戻る。
「うわぁ…。ここも毒で満たしちゃおう。」
「アイテムが拾えなくなるじゃろ。」
シャムが近寄らずに倒そうという。まぁ上から下なら届く魔法もいくつかあるしね?