第70話 悪魔
「シャム…おぬしなら出来るはずじゃ。」
地下10階に降りてから約3週間。
ついに覚醒スキルも覚え、私たちは今、城の前にある悪魔の石像と向かい合っている。
「ごくり…。」
シャムが息を飲み込み、双剣を構える。そして、覚醒スキルを発動させ、現状使える最も強いスキルを使用する。
シャムが双剣をクロスさせ、大きく上に持ち上げた瞬間。
…シャムは光の粒子となって消えていった。
「…スキルを発動させるだけで何故死ぬのじゃ。」
「肩でも外れたのかしら…。」
「アホすぎるにゃ。」
あぁ、シャムが酷い言われようである。でも、スキルを発動させるだけで死ぬのはちょっと頂けないと思う。
しばらくしてシャムが帰ってきた。
「ごめんっ!」
「構わん。レベルを上げていれば、誰かが強力なスキルを覚えるじゃろ。」
シャムが顔を俯かせ、手を顔の前に合わせて謝っている。まぁメヴィの言うように、その内誰かが強力なスキルを覚えるだろう。現状もっとも一撃の火力が大きいスキルを覚えているのがシャムだっただけだ。城の外に居る一番硬いモンスターを覚醒スキルなしで一撃必殺できるのは、シャムだけである。
「はあ〜〜〜。私も覚醒スキル使いこなしたいよー。」
シャムが肩を落として、落ち込んでいる。シャムも素早さを上げてきてはいるが、覚醒スキルの素早さには全く追い付けていないようである。ここに来て小細工なしに苦戦しており、パーティーメンバー全員が戦力として期待されてきているのだ。
その日はその後、いつも通りレベル上げをした。
夜、私たちは自分たちの部屋でくつろいでいた。
「シャム、ここで覚醒スキルの練習をしよう。」
私がシャムに言う。
「へ?ここで?」
「現実世界で支援魔法を掛けるよ。」
「おお!さすがシルちゃん!…でも今日みたいに死んだりしないよね?」
ちゃんと死なないようにするつもりだ。現実世界で死なれたら困る。
「ちょっとだけずるい気もするが…まぁ現実で強くなるのは悪いことではないじゃろ。」
「アーニャも練習するにゃ!」
「じゃあ折角だから皆でやろっか。」
私はそう言って、久しぶりに思考加速で魔法を使う。
見た目的な変化は特にない。が、シャムたちの様子がおかしいのは分かる。
「うむ。わらわたちには微妙すぎるのぅ。」
メヴィとプラノは別格ですから。
「…みんな静かにゃ。」
「喋ろうとして口を動かすのに、力の入れ具合が掴めないんだろうね…。」
変な動きは出来ないようにしているが、可動域内での動きは制限してない。
シャム、マローネ、ミリーナさんの3人は、しばらく変な動きを繰り返していたが、段々と慣れてきたようである。
「あー、あー。うん、結構すぐに慣れるもんだね。」
「相対的なものだしね。一つの違いが分かれば、他も同じように力の入れ方を変えればいいし。」
少なくともあのダンジョンの覚醒スキルに合わせると、こんな感じで慣れるのだろう。
「実際に戦闘となると足がもつれたりしそうだね…。」
「経験を積むしかないわね。思考が追い付かないのもどうにかしたいわ…。」
まぁそこも慣れるしかない。
その日は少し夜更かしをして覚醒スキルの練習をした。
「今日こそは!」
シャムが気合を入れる。
昨日練習した成果を発揮するべく、城の前にある悪魔の石像へとやってきた。
シャムが双剣を構え、覚醒スキルを発動させる。
双剣をクロスさせて大きく振りかぶり、一歩を踏み出す。そして、勢いよく振り下ろされた双剣が輝きながら悪魔の石像に衝突する。
空気が揺れるほどの衝撃が起こるが、双剣は障壁に防がれる。
「でいやあああああっ!!」
シャムが更に力を込めると、双剣がほんの一瞬、輝きを強める。
次の瞬間、大地が揺れるほどの衝撃と重低音でもって、2本の光の刃が斜め十字に飛んでいく。
シャムの双剣は完全に振り下ろされ、悪魔の石像は崩れ落ちた。
「…よしっ!」
「おお!よくやったのじゃ!」
「…凄い一撃ね。」
覚醒したせいか、エフェクトがだいぶ違う気がする…。
「城はやっぱり傷付かないのね…。」
ルアノちゃんが光の刃が当たったはずの城を見て呟く。仕方がないね。
悪魔の石像が崩れ落ちたことで、城の門が開かれる。
「よし!今度こそ倒すのじゃ!」
「おー!」
メヴィと覚醒スキルの切れたシャムが元気よく城に入っていく。私たちもそれに続いて城へと入った。
「今度は最初から全員で突撃するのじゃ!」
「りょうかいっ!」
入り口の扉が閉まり、大きな赤い騎士像が現れると、今回はシャムとミリーナさんもメヴィたちに続いて突撃する。マローネとルアノちゃんもすぐさま魔法で攻撃を開始する。
「食らうのじゃ!」
メヴィ、プラノ、アーニャの3人が覚醒スキルを使う。宝玉がないので、エフェクトは地下8階ほどではないが、結構ど派手なことになっている。
10秒が経ち、覚醒スキルの効果が切れる。
「ちっ、これでも倒しきれんか!」
「ぎりぎりまでやるっきゃないよ!」
と、シャムが先程の悪魔の石像に使ったスキルで攻撃したところで、大きな赤い騎士像が膝を付く。
『汝らの力は示された。先へ進むが良い。』
声が響くと、大きな赤い騎士像はそのまま色が抜けていき、灰色の騎士像と化してしまった。
「黒い靄にならないにゃ?」
「さらに攻撃してみるかの。」
えっ。攻撃するの?
メヴィが灰色になった大きな騎士像に大剣を振り下ろすと、障壁に阻まれてしまった。
「む!?障壁とはのぅ…。あの悪魔の石像と同じように破壊できるのかもしれんが…恐らく火力が足りんじゃろうな。」
メヴィがそう言うと、スキルで攻撃してみるが突破できない。他の皆も攻撃してみるが、やはり突破できなかった。
「ダメだねぇ…。」
「シャムちゃんの一撃でも無理なら仕方ないね。また余裕が出来たら破壊してみる感じかな?」
「そうじゃな。とりあえず先へ進んでみるかの。」
覚醒スキルを使い切ってしまった現状、大した威力の攻撃はできない。ミリーナさんの言うように、レベルが上がって余裕が出来たら破壊を試みるのが良いだろう。
「って、正面に進むわけ!?」
ルアノちゃんがメヴィの進行方向を見て驚いたように叫ぶ。
「さっさとボスを見てみたいではないか。今までにもあったように、もしかしたら余裕かもしれぬぞ?」
いやぁ、どうだろうね。この前哨戦ですら苦戦していたし…。それに正面に進んですぐがボスとも限らない。
「折角ここまで来たんだし、一度ボスの姿を拝んでおきたいね!」
「死ぬ気満々にゃ…。」
シャムが興奮したように言うと、隣に居たアーニャがやれやれといった感じで言う。最近シャムが活躍の機会が出来たせいでテンションが高い。
私たちはメヴィに続いて、正面の禍々しく装飾された扉から奥へ進む。扉の先は暗く長い通路となっていて、向こうまで見通せない。私たちがその通路を黙々と進むと、再び禍々しく装飾された扉が現れる。
「いかにもって感じね…。」
「いよいよかのぅ。」
私は支援魔法を皆に掛ける。そして、メヴィを先頭に扉を開けて中に入る。
「ま、真っ暗にゃ…。」
アーニャがプラノに抱き付いている。私はこの暗い中、目撃した。アーニャがビクッとした瞬間、プラノがさりげなくアーニャの横に移動したのを。…こんな時でもブレないなぁ。
私たち全員が入り終えると、扉がバタンと閉まる。意外と多く、半分くらいがビクッと反応していた。いつもの事なのに…。
「来たようじゃな。」
メヴィの声が静かなこの部屋に響くと、部屋の奥、少し高いところが薄っすらと明るくなり、悪魔の姿が浮かび上がる。
「ひにゃあああああっ!」
プラノがとてもご満悦である。アーニャの尻尾が恐怖からかピンと伸びている。
悪魔はメヴィと同じような巻き角で、山羊の頭をしている。毛は茶色で、所々に白色が混じっている。背中に生えている蝙蝠の羽のようなものを羽ばたかせているので、空を飛んでいるのだろう。暗くて距離感が掴みづらいが、それなりに大きそうだ。
『我が主が為、汝らを葬り去ろう。』
…その主ってメヴィのことだよね?
「ふむ。戦闘開始のようじゃな。行くぞ!」
悪魔の主が先頭に立って突撃する。
「って高く飛び上がったにゃ!?」
「ちっ!」
メヴィが舌打ちすると、悪魔に向かって思いっきりジャンプする。が、悪魔はするりと移動してしまった。
「やはり無理か。」
メヴィは宙に浮いたまま、顔だけを悪魔の方向に向ける。悪魔はそんな無防備なメヴィに攻撃を仕掛ける気配はない。
マローネとルアノちゃんが魔法で悪魔への攻撃を試みる。が、これも空中を縦横無尽に移動されて避けられてしまう。
「なら追跡型で…っ!?発動しないわ?!」
「私もよ、マローネ!」
マローネたちが追跡型の魔法を使おうとするが、発動しないようだ。
『我にそのような低級魔法を解けぬとでも思ったか。』
おぉ。なんか丁寧に教えてくれたよ。解くって魔法キャンセルみたいな感じかな?
「何よそれ!?」
「仕方ないわ。範囲魔法で何とか当ててみましょう。」
ルアノちゃんが困惑しつつも、2人が範囲魔法で悪魔を狙う。広範囲型の魔法だとさすがに避けれずに攻撃を受けているようだが、発動時間とクールタイムの関係で連発できない。
「決定打に欠けるね…。」
「やっぱりまだ早かったかぁ…。」
ミリーナさんとシャムが戦況を見て、呟く。というかあの悪魔、全然攻撃してこないな。
『我が力に蝕まれるがいい。』
蝕まれる…状態異常系か!?
「何か来るにゃ!?」
「ちょっ、やばそうだよ!?」
アーニャたちが警戒する。
悪魔の言葉とともに、足元が闇に包まれる。部屋の床全体に闇が広がっているようだ。そして、その闇が段々と這い上がってくると、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
ほんの僅かな時間だった。
今は闇が消え、視界は良好だ。体に異常は…何か体の周りで黒い靄が渦を巻いている。やはり何らかの状態異常に掛かったようだ。
「なんじゃ…っ!?」
メヴィが突然走り出し、アーニャへと大剣を振り下ろす。
「なにするにゃ!?」
アーニャが驚き、メヴィを見る。そして、メヴィの大剣の直撃を受けた。
何故避けない?!
体の制御を奪われている?…私は問題なさそうだ。ちゃんと自分の意思で体を動かせている。
「ログアウトするぞっ!」
メヴィが2撃目を入れる前にログアウトした。
「な、何だったにゃ…。」
メヴィが素早さ特化で火力が低かったせいか、アーニャは一撃では死ななかったようだ。しぶといね。
…と、思っていたらプラノに後ろから刺されて死んだ。直後にプラノもログアウトしたようだ。
「体がっ!?」
今度はミリーナさんか!隣に居る私に斬りかかってくる。
ミリーナさんの攻撃なら私でも避けれるよ!
「あ。」
「シルちゃああああああん!!」
…体が動かなかったよ。私は光の粒子となって消えていった。
「いきなりボスは無理じゃったな。」
皆が地上に戻ってくると、メヴィがそう言った。皆頷いている。
「最後は勝手に体が動いてしまったのじゃ。」
「……我も同じ。」
「アーニャは体が動かなかったにゃ。」
どうやら体を乗っ取られていた感じのようだ。
「私は直前まで動かせてたんだけど、ミリーナさんに斬りつけられる瞬間に体が動かなくなったよ。」
「ごめんね、シルちゃん…。私も直前まで体動かせてたんだけど、急に体が勝手に動き出しちゃって…。」
「となると、任意のタイミングで体を操られるって感じなのかな。」
「厄介じゃな…。何らかの回避方法があるんじゃろうが、調べ上げるのも手間じゃな。」
「とりあえず私が治せるようになるかもしれないし、もう少しレベル上げてみようか。」
「そうじゃな。今日はレベル上げにして、また明日以降に左右の扉を調べるとしよう。何かあるかもしれんしのぅ。」
というわけで、今日はこの後レベル上げをすることになった。
ミリーナさんやアーニャが身を震わせている。体を操られたというのが恐ろしかったのだろう。
…あれ?プラノも身を震わせている。珍しいこともあったも…って何その笑み!?
ヤンデレにならないでよ…?