第69話 状態異常
「うぅぅ…重い…。」
ルアノちゃんが呻いている。
地下9階のボスを倒した後の寝静まった夜。今夜は、ヴィアナ様の許可を取って、ルアノちゃんがお泊りに来ている。親友?であるメヴィにトドメを刺されるという、心の傷を負ったプラノを癒やすため、ルアノちゃんは身を挺して抱きまくらとなった。
けれど、プラノが覆いかぶさって息苦しそうにしている。
…仕方がないんだよ!プラノは角が生えていて、うつ伏せ寄りの横向きで寝るしかないんだから。自然と覆いかぶさる形になっちゃうのです…。
翌日。
「ようやく地下10階じゃな!」
「…なんだか疲れたわ。」
まだダンジョンの地上なのだが。…いえいえ、分かってますとも。ルアノちゃんの代わりにプラノが元気になってるから大丈夫じゃないかな。
「いよいよね…。」
「あと少しなんだね…。」
魔人の宣告にあった1年以内に地下10階攻略というところまで、あと少しである。マローネとシャムの言葉を聞いて、一瞬、ん?って思ってしまった。ちょっと忘れかけてたよ。
「ここで一区切りなのじゃろうな。地下11階より難しいかもしれんのぅ。」
「あ、やっぱり地下10階の先ってあるんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ?地下100階まであるよ、ここ。」
ミリーナさんがやっぱりと言うので、私は地下100階まであると教えた。魔人ではない皆が、えっ。って固まってしまった。
「そういうわけじゃ。先は長いからのぅ。さっさと攻略して次に進むのじゃ!」
固まる皆の背中を押して、メヴィがログインを促す。
そして私たちは地下10階へ降り立った。
「…どこかで見たような城じゃな。」
「…ごめん。」
私たちの視線の先には、いかにも魔王の城といった建物が遠くに見える。以前、メヴィの住処に作ってしまった、あの城に似ている。…あの時は勝手に作ってごめんなさい!
私とメヴィにしか分からない会話をした後、早速レベル上げの狩りに出かける。
降り立った場所は丘の上のようで、ここから辺りを見渡すことができる。地面は黒っぽい岩がむき出しになったような状態で、草木が生えていない。上を向くと黒い雲で覆われていて、天井が見えなくなっている。
見下ろした先にはたくさんのモンスターが居ることが分かる。種類も今までの階層でもっとも多いだろう。近場だと狼や兎、ゴーレム系のモンスターが居る。今までに出てきたモンスターをちょっと変えたような姿だ。
「楽勝じゃな。」
「うぅ〜〜!懐かしい感覚だよっ!」
久々に活躍できたシャムが感激している。地下10階は地下6階までのエリアに似ていて、最初は弱いモンスターになっているようだ。まぁ逆に言えば、レベル上げに時間が掛かるわけなのだが…。
「にゃあ!?なんか噴き出したにゃ!」
アーニャがぷっくりと太った薄い茶色の兎を攻撃すると、兎が黄色い粉のようなもの噴出し、周囲100mほどをあっという間にその粉で包んでしまった。どこにそんなに粉持ってたの。
「なんじゃこ…れ…。」
「ちょ…いいえ…。」
痺れて体が動かない…。シャムは何を言おうとしたのか。まだ麻痺を治す魔法を覚えてないので、このままではモンスターに袋叩きにされる。
とりあえず私はログアウト処理をして、地上へ戻る。それを見た他の皆もログアウトしてきたようだ。アーニャは兎さんに体当たりされまくって、既に地上に居た。
「兎に負けたにゃ…。」
アーニャがしょんぼりしている。
「状態異常か。今までにもおったが、範囲広すぎじゃろ。」
「だよねー。しかも広がるのあっという間だったし。」
メヴィとシャムがあの状態異常攻撃に不満を言い合っている。私はあの粉の量が気になって仕方がない。そういう仕様なのだろうけれど…。
「まぁ次からは気をつければいいんじゃないかな?」
ミリーナさんが無難にまとめて、私たちは再び地下10階に降り立った。
「にゃ?なんか変な匂いがするにゃ。」
「ん?…確かにほんのわずかじゃが何か花のような香りがするのぅ。」
「え?くんくん…全然そんな匂いしないけど。」
シャム、くんくんって言えば嗅げるわけじゃないと思うよ。でも、確かにほんのわずかな香りがする。
「…なんか、体が痛くなってきたわ。」
「私もよ。」
マローネとルアノちゃんが痛みを訴える。私も痛い。
「確かに少し痛みを感じるのぅ。」
「そんな言うほど痛くないにゃ。」
数分後。
「ちょっ…これはやばいわ。」
マローネがそう言って、すぐさまログアウトする。それに続いて、ルアノちゃんが苦悶の表情でログアウトした。
「…これはもしや毒かの?」
「え?いつかかったの?」
「なんか痛くなってきたにゃ!」
私たちもすぐさまログアウトする。毒を回復する魔法はまだ覚えてないからね…。
「タイミング的にみて、あの香りが毒なんじゃろう。」
「段々受けるダメージが増えるみたいね。最後の方は一気に痛みが増していったわ。」
メヴィとマローネが言うような状態異常攻撃なのだろう。私も最後はヒールの回復速度よりも毒のダメージの方が大きくなっていた。
「どこから匂いが出てたのか分からないけど、あの匂いがしたら撤退、かな?」
うん、ミリーナさんの言うようにするのが無難かな。
「にゃ!?アーニャの体が石になってくにゃ!?」
うん、早くログアウトしなよ。
「はよログアウトせんか。」
メヴィが石になったアーニャに言う。少ししてアーニャはログアウトしたようだ。…石になっても意識はあるんだね。
しばらくしてアーニャが戻ってきた。
「あの蛇、何をしてきたにゃ…。」
「視線でも合わせたんじゃない?よく睨まれて石になるって言うし?」
原因が分からないというアーニャに、私は可能性を教える。蛇は既にシャムが一撃で倒した。
「確かに目が合った気がするにゃ。そんなことで石ににゃるなんて…。」
「蛇のモンスターが出たら目を合わせないように、だね。」
そうですね、ミリーナさん。
…どうやら今回は状態異常の数が尋常じゃないようだ。レベルが上がって、いくつかの状態異常は治せるようになったのだが、同じ状態異常でも治せるものと治せないものがある。しかも説明上、同じ状態異常を治す魔法を覚えている。つまり、同じ毒でも毒に種類があって、それぞれ治す魔法が異なるらしい。…これ、普通の人は対応する魔法がどれか覚えておくのが大変そうだね。
「うへぇ…。もう頭の中ぐちゃぐちゃだよ〜。」
「別に今すぐにとは言わないけれど、これくらい覚えなさいよ。」
シャムの頭はもういっぱいらしい。マローネはまだいけるのかな?
「ちっ。面倒じゃな…。」
メヴィもさすがにイライラしてきているようだ。単に回避して、攻撃する、という戦闘方法だけでは状態異常に掛かってしまうのだ。その度にログアウトしていては面倒すぎる。
「私が状態異常回復の魔法を覚えるまでの辛抱だよ、メヴィ。」
「そうじゃな。シルが状態異常回復の魔法を覚えれば済む話じゃな。よし!早くレベルを上げるのじゃ!」
元気が出たみたいで良かった。
あれから2週間ほど経過した。
今では数多くの状態異常回復の魔法を覚え、大体のモンスターからの状態異常は治すことができる。
今、私たちは午前のレベル上げを終え、食堂でお昼を食べているところだ。
「そういえば地下9階って、まだ私たち以外は攻略できてないんだね?」
シャムが唐突にそんな話題を振ってくる。
「いつも先に攻略されたり、すぐに攻略されて追い付かれたりして、シャムとメヴィが叫んでたのにね?」
「だってびっくりするじゃん!」
「あやつらとわらわたちでは実力の差があったのじゃ。それなのにあんなに早く攻略されれば驚くものじゃろ。」
シャムとメヴィが言い訳をしている。
数は力なり、だよ。まぁでも、同じ人数なら明らかに私たち、特にメヴィとプラノ、それにアーニャの実力がずば抜けてるね。私は回復職だから、本当は実力があるけど出す機会がない。…あれ、よくよく考えたら私が戦士職に転向して、シャム辺りが回復職に回ったほうがいいんじゃない?次の階層で検討してみようかな。
お昼も食べ終えて、私たちは地下10階へと降りる。これからあの城へ行く予定だ。
「『この石像の障壁を突破し、傷をつけよ。さすれば扉が開かれるだろう。』か。こんなもの、障壁貫通の攻撃魔石を使えば一発じゃろ。」
メヴィがそう言って、障壁貫通の攻撃魔石を城の前に立つ悪魔の石像に使う。
「あ、ほんとに開いた。」
「…こんなのでいいのかしら。」
城の扉がギギギと低い音を鳴らしながら、ゆっくりと開いた。シャムとマローネがあまりに簡単に開いてしまったことに、少し困惑している。
ちなみに石像を普通に攻撃してみたが、誰も障壁を突破できなかった。この障壁を突破できるだけの実力が必要、とかそういうのじゃなければいいけど…。
「さて、何が待っておるかのぅ。」
メヴィを先頭に、私たちは城の中に入っていった。
城の中へ入ると、そこは広い部屋となっていた。私たちの入ってきた入り口から赤い絨毯が奥の方まで長細く敷かれている。
天井には豪華な金色に輝くシャンデリアがある。部屋の奥には左右の壁沿いに階段があり、その階段を登って中央に禍々しく装飾された大きな扉が一つある。また入り口から左右を見ると、そこにも扉があり、そちらは普通の大きな鉄の扉だった。
私たちが全員入ると、入り口の扉が再びギギギと低い音を立てながら閉じていく。
「入り口が閉まる、か。まるでボス戦のようじゃのぅ。」
「まさかここがボス部屋…?」
メヴィの言葉にシャムが恐る恐る反応する。
すると、部屋の中央に黒い靄が現れ、集まり始める。
「きたあああーーーー!」
「うるさいにゃ。」
シャムがテンション高めに叫ぶと、アーニャがじとっとした目でシャムを見る。なんだろう、この温度差は。
黒い靄が形になると、大きな赤い騎士像が現れる。
「ゆくぞ!」
メヴィとプラノ、アーニャの3人がいつものように突っ込む。すると、大きな赤い騎士像は右手に持つ剣を天に掲げた。そして、その剣先から炎の塊がメヴィたちに降り注ぐ。
「遅すぎるにゃ。」
…なにあれ。地下1階のモンスターみたいな速度だ。今の私でも避けれると思う。
『我らが主が為、汝らの力を示せ。』
突然、大きな赤い騎士像が喋りだした。口が開いたわけじゃないけど、たぶん騎士像が喋ったってことでいいんだよね?
既にメヴィたちが大きな赤い騎士像を斬りつけまくっている。動きが遅いので、ほぼメヴィたちの独壇場だ。
シャムとミリーナさんも警戒しながらもメヴィたちと合流し、攻撃する。
「無駄にしぶといやつじゃな!」
「早く倒れろー!」
既に5分ほど経っているが、まだ倒せていない。
「ひび割れてきたにゃ!」
大きな赤い騎士像のあちこちがひび割れてきた。そのひびからは橙色の光がうっすらと漏れている。
「…なんか嫌な感じがするんだけど。」
「わらわもじゃ。ゴーレム系でこういう風にひび割れるエフェクトがあるやつはおらんかったからのぅ。…何らかのスキルかもしれんの。」
シャムが心配そうに斬りつけている。
段々ひび割れが大きくなり、ひびからはマグマのようなものが見え、光も強くなってきている。
…これ、自爆じゃない?
「もしかしたら自爆のスキルかも。」
私がメヴィたちに聞こえるよう、気持ち大きめの声を出す。自信がないので、叫びはしなかった。
「自爆するにゃ!?」
「ちっ、こういうのは自爆する前に倒すものじゃ。攻めきるぞ!」
メヴィが攻撃を継続する。
しかし、メヴィたちの攻撃も虚しく、ひび割れはどんどんと広がっていく。
次の瞬間。
目の前が真っ白になった。
「地上に戻ってるにゃ!」
「死んだ…?」
アーニャとシャムの声が聞こえた。周りを見渡すとダンジョンの地上部分である。
「…倒しきれなかったということかの。」
後衛まで巻き込んで瞬殺してくるとは…。やはりメヴィの言うように、自爆する前に倒さなければならないのだろうか?力を示せと言っていたし。
…そもそも城に入るための悪魔の石像の障壁突破が出来ていない時点で火力不足なのかもしれない。