第68話 真っ黒
地下9階に降り立ってから1週間近くが経った。
「うーむ…。物足りないのじゃ…。」
メヴィが黒いオークを倒して、愚痴を漏らす。
「私たちは1体ですら厳しいんだけどね…。」
メヴィの愚痴に、シャムが苦笑しながら返す。
この地下9階に出る黒いオークは常に単体行動をしている。加えて、それぞれが結構離れた位置にいるために釣って集めるのも効率が悪い。おかげで、地下8階の時と比べてレベル上げの効率が非常に悪いのだ。
さらに言うと、黒いオークから宝玉がドロップしており、既に地下8階のようなステータスになりつつあるというのも物足りない原因としてある。
「もう一番奥まで来ちゃってるしね。」
「これ以上となると中ボスだけね。」
ミリーナさんとマローネが言うように、既にこの階で一番強い通常モンスターを倒しているだろうし、これ以上となると中ボスだけだろう。その中ボスにはいまだに遭遇したことがない。
「一体どこにおるのかのぅ。」
「あれじゃないかにゃ?」
アーニャが森の奥を指差す。
「なんじゃ、普通の黒いオークではないか。」
「でもあんなオーク見たことないにゃ。」
アーニャが見つけた黒いオークは、今までの黒いオークと大して変わらない大きさである。が、何だか違和感がある。
「…あれ、全身黒くない?目も口も全部黒いよ。装備との隙間も見えないし…。」
なるほど、シャムの言うとおり、すべてが黒い。まさに影が集まったような感じだ。
「なるほどのぅ。ここの中ボスは大きくないんじゃな。道理で見つからなかったわけじゃ。」
メヴィはそう言うと、中ボスらしきオークへと突撃する。中ボスらしきオークがメヴィに気づき、こちらへ振り返った瞬間、メヴィの影が盛り上がった。
「なっ?!」
「うわっ?!ちょっ!!」
「なによ、これ?!」
ちょ、こっちの影も盛り上がってるんだけど?!
あ。
…影がオークの形になって、そのまま私たちはやられてしまった。メヴィとプラノを除いて。
「うわああああっ!?やられちゃったよ!!」
地上に戻ると、シャムが叫んだ。…うん、宝玉消滅しちゃったね。地下8階と違って、たまにしかドロップしないので予備が全員分は無い。
「…このタイミングでデスペナルティは痛いわね。」
「でも、まさかあんな形で攻撃してくるなんて思わなかったわよ…。」
マローネとルアノちゃんも項垂れている。
私は手元にモニターを出して、メヴィとプラノの様子を伺う。
「って、凄い数になってるんだけど!?」
なにこれ?!私たちの影だけじゃなく、木の影などからも真っ黒なオークが湧いているようで、画面がほとんど黒く塗りつぶされている…。
「これは凄いことになってるね…。」
「メヴィの希望が叶ったにゃ。」
ミリーナさんとアーニャが私の出したモニターを後ろから覗き込んでくる。確かにメヴィの希望が叶ったけど…。
「なんだかさっきからメヴィとプラノの攻撃が空を切っている気がするんだけど…。」
私が気になったことを口にする。どうも元々が影だったせいか、実体がないように見える。どうやって倒すんだろう、これ…。
しばらく見ていると、メヴィたちが真っ黒ではない、普通の黒いオークを攻撃し始めた。いつの間にか真っ黒なオークに紛れ込んでいたらしい。
「おっ、全部消えていってるよ!」
「やったのかな?」
メヴィたちが普通の黒いオークを倒すと、周りに居た大量の真っ黒な影のオークが消えていった。あの普通の黒いオークが本体だったのだろうか。
戦闘が終わり、メヴィとプラノが地上に戻ってきた。
「何とか倒せたのじゃ。最後にこんなものをドロップしおったわ。」
メヴィが黒い鍵のようなものを手に持っている。
「なんの鍵にゃ?」
「ボス部屋へ移動するためのアイテムのようじゃ。」
なんと。確かにボス部屋の入り口が見つかっていなかったが、こういうことだったのか…。中ボスを倒さないとボス部屋に行けない、ということらしい。
「とりあえず宝玉を探してから、ボスに挑んでみるかの。」
はぃ。よろしくお願いします…。
宝玉集めを始めてから3日後。いつものように食堂でお昼を食べていた。
「ん?あれって地下9階のボス戦…?」
「なぬ?…本当じゃな。わらわたち以外にもあの中ボスを倒せるやつがおったか。」
シャムとメヴィがモニターに目を向けている。
あの中ボス、結構きついと思うんだよね…。近付くと影で作り出された大量のオークに囲まれるし、遠距離から攻撃しようにも影に紛れて本体がどこいるか分からないし…。範囲攻撃で丸ごとっていう手もあるかもしれないけど、それでも範囲攻撃内に収まる数じゃないからランダムで攻撃しなくちゃいけない。また数でゴリ押ししたのかなぁ…。
私もモニターに視線を移す。今まさにボス部屋へ入っている途中らしく、次々と人が入ってくるのが見える。いつものゴリ押しパーティーのようだ。今日は様子見なのか、100人ほどである。
全員入り終えたようで、部屋の入り口が閉まる。中央の床に黒い靄が広がったかと思うと、漆黒の鎧に身を包んだオークが現れる。大きさは普通のオークと変わらない。
「あっ!足元、足元!」
シャムがモニターの中に向かって叫ぶ。パーティーメンバーのそれぞれの影が盛り上がっているのだ。それも中央にボスが出現する前に。
気付くのが遅れた人たちは、ボスが出現する前にやられてしまった。それでも、あらかじめ警戒していたのか、まだ半分以上の人が生き残っている。
「あれはダメじゃな。」
「まぁ、あの真っ黒なオークを1人で2体相手するのはちょっと普通の人には無理だと思うよー。」
「しかもボスが一人ずつ確実に仕留めていってるわね…。」
メヴィ、シャム、マローネとボス戦の様子を見て、批評している。ぱっと見た感じでは地下8階の方が難しそうだが、如何せん、あの影の真っ黒なオークは倒すことができないので厄介だ。あの地下9階のボスが瞬殺できるのかどうかに依るとは思うが…。
「でもパーティーメンバーの数だけしか真っ黒なオークが出てないってことは、少数精鋭の方がいいのかな?」
「わらわにしてみれば何体いようと関係ないが…あの真っ黒なオークは引き付けが難しいからのぅ。少ないに越したことはないのじゃ。」
「ってことはアーニャたちなら楽勝にゃ?」
ミリーナさんの言うように、真っ黒なオークの数がパーティーメンバー数で決まるなら、私たちに有利なはずだ。この階もすぐに攻略できちゃうかも?そのためにも早く宝玉を揃えなければ…。
私たちがお昼を食べ終わり、宝玉集めに戻ろうとすると、モニターに再び地下9階のボス戦が中継された。
「え?さっきと別の…だよね?」
「まさか複数回中ボスを倒しておったのか…?」
シャムとメヴィが驚いている。中ボス攻略のコツでもあるのだろうか。というか、さっき挑んだばかりで何を…。
「凄い人数ね…。」
「…ボスの最初の動きが分かったから一撃で決めるつもりなのかしら。」
ざっと見た感じ、地下8階の攻略時と同じくらいの人数が居る。…影から出てくるオークの数も凄いことになりそうだ。
大所帯ながらも、影から出てくるオークからすぐに逃げ出せるよう、うまく位置取っている。部屋の入り口が閉まり、皆が影に注目する中、影が盛り上がる。それに合わせて、魔法使いたちが一斉に離れる方向に走り出し、戦士たちが壁となって影のオークに立ち塞がる。
そして、魔法使いが走りながらも一斉に魔法をボスへと放つ。
「おおっ!いけたかな!?」
「…ダメなようじゃな。」
シャムが興奮してモニターに見入っている。だが、魔法使いたちの一撃では仕留めきれなかったようだ。…あの数の装備を失うと痛いよねぇ。
既に戦士たちはやられ、魔法使いたちのすぐ横にまで真っ黒なオークたちが近寄っている。だが、真っ黒なオークたちが攻撃を仕掛ける前に、魔法使いたちは光に包まれて消えてしまった。
「あ、ログアウトしたみたいだね。」
ミリーナさんがそう言った。
…準備の良いことで。始めから一撃離脱する予定だったのだろう。
「あれなら被害も少なく済むわね。…でも、ボス部屋へ入る鍵をあんな風に割り切って使えるなんてさすがね。」
「私もそれはちょっと思ったかも。簡単に中ボスを倒す方法があるのなら今度教えてもらいたいねぇ。」
私がマローネの言葉に乗ってそんなことを話していると、隣に座っていた常連客の男性…何度もこの食堂に来てるので顔を覚えてしまった…が、私たちに声を掛けてきた。
「ボス部屋へ入る鍵なら、それなりに売りに出てるぜ?」
はい?
「なんじゃと…?」
「あんたたちのパーティーは中ボスから手に入れたみたいだが、地下9階に居るオークはどいつでも低確率で鍵を落とすみたいだからな。…最前線で戦ってるパーティーだから知ってると思ってたんだが、意外と知らないんだな。」
…もうちょっと情報収集をちゃんとしよう。
「…助かるのじゃ。」
「ありがとうございます。…メヴィ、ダンジョンギルドで少し情報収集してからいこっか。」
「うむ。この階はちと頭を使うことが多すぎるのじゃ…。」
私たちは親切に教えてくれた常連客の男性にお礼を言うと、ダンジョンギルドへ向かった。
「あまり目新しい情報は無かったのぅ。」
メヴィがそう結論付けた。まぁ確かに今すぐ役に立ちそうなものはなかった。
「地下9階でも障壁貫通が付いていない武器が落ちるんだねぇ。」
「その代わり、性能が他の階の武器と同じくらい良いみたいね。」
この階の武器は障壁貫通が付く代わりに性能が低い。が、障壁貫通が付かない通常武器もドロップするようだ。一時的に障壁を消失させることができる武器と合わせて使うと効果的らしい。そっちの武器も初耳だった。
ただ、私の攻撃力UPの支援魔法と、黒の宝玉で攻撃力が十分に上がってるのでわざわざ買う必要はないだろう。マローネとルアノちゃんは装備してもいいかもしれないが。
「影を炎魔法で消しても出てくるなんて…よくそんな方法を考えたわね。」
「影を攻撃してくるスキルもそれで無効化できなかったんだってねー。」
ルアノちゃんとシャムが影を消した場合のことを話している。光魔法があれば一番良かったのだろうが、無かったので炎魔法で代用したらしい。結果としては影のあった位置から出てくるらしい。わざわざ中ボスを見つけて検証したのだろうけれど、お疲れ様ですって感じだ。中ボスはなかなか見つからないから結構大変だったと思う。
「ま、鍵もいくつか手に入ったことじゃし一度挑んでみるかの。」
というわけで、私たちは地下9階へ降りると早速鍵のアイテムをメニュー画面から使ってみた。
「おおー。」
「この中に飛び込むわけね。」
目の前に直径10mほどの大きな黒い影というか、穴というかが現れた。聞いた話ではここに飛び込むと、ボス部屋へ繋がる通路へ降りれるらしい。
私たちがその影の中を飛び降りると、すぐに地面に降り立った。
「意外と浅いんだね。」
「落下ダメージがなくて良かったわ…。」
ルアノちゃんが恐る恐る飛び降りていたが、大したことがなくて安心しているようだ。上を見上げると、私たちが降りてきた黒い影が見える。
「さて、ゆくかの。」
今回はメヴィ、プラノ、アーニャ、私の4人が宝玉を着けている。他の皆は防御特化の装備をしている。真っ黒なオークは、近くにプレイヤーが居ればそのプレイヤーに近接攻撃しつつ、遠くに居るプレイヤーに魔法で攻撃してくる。だが、少し離れただけでターゲットを変えてしまい、遠くのプレイヤーのところに近寄ってくることがある。そうなる前に前衛職が追いつければ再びターゲットが切り替わるが、他の真っ黒なオークを置いていくと今度はそっちがターゲットを変えてしまい、厄介なのである。
私が宝玉を着けているのは、支援魔法の関係である。宝玉があるのとないのでは、火力が倍以上変わってくる。
私たちが通路を進み、ボス部屋へ入る。私たちは自分の影を注視し、いつ現れても大丈夫なように身構える。支援魔法も既に掛け終えている。
「きたのじゃ!」
メヴィの声を合図に、私たちは一斉に動き出す。
メヴィとアーニャは皆の影から出てきた真っ黒なオークを引き付ける。
プラノはボスへと向かい、一人で相手取る。
シャムとミリーナさんは、真っ黒なオークから離れた位置で避けれる魔法は避けつつ待機している。
マローネとルアノちゃんはそれに加えて、ボスへ魔法攻撃をしかける。
私はみんなの回復と支援である。
「おー、意外といけるね。」
「やっぱり素早さ特化はすごいね。」
シャムとミリーナさんが魔法に気を付けつつ、戦況を見てそう言った。ちゃんと装備とレベルを上げれば、地下8階と違って回避しなくても耐えられると思うけどね。
「アーニャ!おぬしはボスのところへ行くのじゃ。ここはわらわだけで何とかなりそうじゃ。」
「分かったにゃ!」
メヴィがアーニャの方に近付き、アーニャが相手している真っ黒なオークも引き付け始めた。アーニャがタイミングを見て抜け出し、ボスへと向かう。さすがだねぇ、メヴィ。アーニャも上がった素早さにいつの間にか慣れてるし。
でもアーニャでは回避が難しいのか、プラノが主にボスを相手取っている。
戦闘開始から約1時間。
「なかなか倒れないね…。」
「今回は覚醒スキルもないし、レベルも低めだからね。」
地下8階比較だとそうだが…。やはりボスもそれなりに強くなってるのだろうか。あまり長引くと、例のボスの能力上昇が来てしまう。
戦闘開始から約3時間。
「ちょっとまずくなってきたんじゃない?」
「撤退も考えないとかもね…。」
まだ倒せないのか。確かにボスのあの漆黒の鎧は硬そうだけど、私の攻撃力UPはそれを大きく上回ってる…はずだと思うんだけどなぁ。
戦闘開始から約5時間。
「…そろそろやばいんじゃない?」
「地下2階の時と同じならそろそろだね…。」
5時間か…。確か地下2階の時はここから攻撃力と素早さが2倍だったはずだ。
「そろそろ5時間経つから皆気を付けてね!」
私が離れて戦うメヴィ、プラノ、アーニャたちに聞こえるように大きな声で伝えた。
「にょわ?!早くなったにゃ!」
どうやらボスの能力上昇が来たみたいだ。
「こっちは能力上昇はないみたいじゃ!」
メヴィが引き付けている真っ黒なオークは能力上昇の対象外らしい。
「……アーニャは下がって。」
「任せたにゃ!」
回避が難しくなったアーニャがメヴィのところへ向かう。
「おぬしが一人でこやつらを相手できれば良いんじゃが…。」
「む、無理にゃ!」
まぁ、うん。ちょっときつそうだね…。となると、プラノに頑張ってもらうしか無い。
プラノは速くなったボスの攻撃をうまく躱したり、流したりしている。が、対象に直接発動するタイプの魔法がかなり痛そうだ。
「あぁ!?プラノちゃん、頑張って!」
「ちょっとシャム、私たちも気を付けないと死ぬわよ!」
ボスの魔法はこっちにも飛んでくるので、油断できないのだ。…それにしてもプラノも相当やばそうだ。魔法を受ける度に、一旦ボスと距離を置いている。HPがぎりぎりでカスリダメージすら受けれないのかもしれない。
私たちがプラノの戦いに注目する中、さらに1時間ほど経過する。
「おおっ!?」
「決まった!?」
シャムと私が息をのんで、体勢を崩すボスを見守る。プラノが魔法の直撃を食らった直後にカウンターで入れた一撃によるものだ。
ボスはそのまま倒れ、黒い靄となって消えていった。
「やったあああああ!さすがプラノちゃん!」
「ヒヤヒヤしたわ…。」
シャムが歓声を上げ、マローネがほっと一息付く。
良かった…。何度も魔法を受けては、必死に避けているのが目に見えて分かるくらいに、プラノはぎりぎりの攻防を繰り返していた。
「よくやったのじゃ!」
メヴィがガッツポーズを取るプラノに近寄り、思いっきり背中を叩く。
と、プラノが前のめりに倒れ、光の粒子となって消えていった。
「あ。」
「…やっちゃったわね。」
「プラノに何か恨みがあったのにゃ…。」
「プラノちゃん…。」
「…どうすんのよ、これ。」
哀れ、プラノ。最後の最後でメヴィにトドメを刺されるとは…。
「だ、大丈夫じゃ!ほら、もうボス戦は終わっておるじゃろ!?は、早く地上に戻って酒場に行こうではないか!ふははは…。」
皆がメヴィに冷たい視線を送る。…まぁここに居ても仕方ないしね。
私たちはプラノを回収して、皆で酒場に向かった。いつものように酒場の客から歓迎を受けるが、事情が分かっているようですぐに空気を読んで静かになり、私たちをいつもの端っこの席に座らせてくれる。
「ほんっとーにすまなかったのじゃ!許せ、プラノ!」
メヴィが机に両手と頭を付けて、プラノに謝っている。…今、思いっきり角が指に当たってたね。
「……ルアノを抱きまくらにくれるなら許す。」
「ちょっ、なんで私が出てくるのよ!?」
…うん、プラノはあまり怒ってないようだ。
真っ黒なオークと合わせてボスに挑まなかったのは、回避に手間を取られてしまうからです。攻撃に魔法が含まれるので絶対命中や広範囲攻撃があり、大きく避けたりする必要があるのです。
…書いた後に、なんで中ボスはごちゃまぜだったのに、ボスは二手に分かれて挑んでるんだろうと思いました。