第65話 宝玉
私たちは地下8階の奥地、オークたちの詰所にあった隠し通路を進んでいる。隠し通路の入り口から続いていた階段の両脇には一定間隔で松明があり、淡く通路を照らしていた。
「結構降りるんだねぇ。」
「一体何があるのかしら…。」
シャムがわくわくしながら、ルアノちゃんがどきどきしながら言葉を発している。松明のぱちぱちと燃える音以外は、私たちが出す音しか聞こえてこない。
「広間に出たようじゃな。」
階段が終わり、詰所にあった大広間よりも広い空間が現れた。床には金色で縁取られた赤い絨毯が敷かれており、床も壁も天井も灰色をしている。所々に松明が立っているが、明らかに松明だけではこんな明るくならないだろうっていうくらいに明るい。
「さて何があるのかのぅ。」
メヴィが広間を見渡し、進んでいく。が、特に何も見当たらない。左右と前に通路の続きがあるくらいだ。
「先に進むしかないってことかな。」
「とりあえず前に進んでみるかの。」
シャムとメヴィが先頭に並んで前の通路へ入っていく。アーニャがへっぴり腰になってるが大丈夫だろうか。地下1階から地下3階まではこんな感じだったと思うのだが、そっちもこんな状態だったのだろうか。
前の通路をしばらく進んで行くと、メヴィが足を止めた。
「オークじゃ。プラノ、アーニャ!ゆくぞ!」
「うわー。本当だ。暗くてよく見えないけど1体じゃないよね…。」
メヴィの言葉にビクッとなりながらも、アーニャはメヴィたちとともに突っ込んでいった。前の方に居たシャムが言うには1体じゃないらしい。私はすかさず支援魔法を皆に掛ける。
「にょわっ!…へにゃ。」
アーニャの奇声が聞こえた。暗くてよく見えないが、多分死んだのだろう。
「これだけ暗いと狙い撃ちできないわね。」
「追跡機能付きの魔法でいきましょう、マローネ。」
マローネとルアノちゃんがあまりの暗さに照準がつけられないらしい。近づきすぎると近接型のオークと言えど、こちらへ向かってきて攻撃を仕掛けてくるだろう。
暗くて状況が掴めないため、シャムとミリーナさんは二の足を踏んでいる。メヴィとプラノがオークたちと激しくやり合っている音が響いてくる。
「ちっ!撤退じゃ!いつオークが倒れるか分からん!」
メヴィがそう言って、こちらへ戻ってきた。メヴィがログアウトの指示を出して、私たちはログアウトする。その後にメヴィ、プラノとログアウトしたようだ。
「最後どんな状況だったの?」
地上に戻ると、私はメヴィにどんな感じだったのか尋ねた。
「真っ赤なオークじゃったな。今までのオークの中で一番動きが速かったのぅ。わらわとプラノでも完全に回避出来なかったのじゃ。特に槍での突きは半端ない速度だったのぅ。地下5階の即死級魔法を思い出したわ。」
まじか。アーニャもその突きにやられたのだろうか。
「アーニャはその突きを回避したにゃ!」
「そのまま態勢を崩して棍棒で潰されておったではないか。」
あー確かに蛙が潰されたような声だったな。私も地下5階のことを思い出しちゃったよ。
「メヴィたちでも回避しきれないとかどうしようもなくない?」
「暗くて使える魔法も限定されてしまうわ。」
シャムとマローネが時間があれば倒せるものなのか心配している。
「安心せい。回避しきれない攻撃もうまく流して致命傷は避けれるのじゃ。大した問題ではない。」
「それはすごいね…。」
ミリーナさんが感心している、というか若干引いてる気もする。回避しきれなくてもまだ問題ないとかね。ちょっと凄すぎちゃうよね。
「とりあえず今日はもう休むことにして、また明日に行ってみようではないか。気になるしのぅ。」
「なんか役に立てそうになくてごめんね?」
「気にするでない。あそこのモンスターはちとイカれておる。」
シャムが申し訳なさそうにしている。しかしイカれてるって…エクストラダンジョンみたいなやつなんですかね。
翌日、私たちは再び地下8階の奥地にあるオークの詰所へと向かった。
「ぬわっ!?」
「でかいにゃ!?」
「中ボスのようじゃな。」
「あの隠し通路に居るわけではないのね。」
オークの詰所が近くなってきたところで、少し低くなった窪地に中ボスらしき大きな赤みを帯びたオークが居た。シャムとアーニャが驚き、メヴィとマローネが冷静に見ている。
「まだこの階の中ボスは一度も倒されていないはずじゃ。レアアイテムがドロップするかもしれんから倒すぞ!」
レアアイテムか。今までの階でも中ボスはレアアイテムを稀にドロップしていたが、基本は上位ゴミ装備である。装備には多彩なオプションが付くが、良いオプションほどドロップ率が低くなり、モンスターを数多く倒さないと入手できない。それは中ボスでも同じである。したがって、中ボスを倒しても基本性能が高いだけのオプションなし装備がほとんどなわけである。
メヴィ、プラノ、アーニャが突撃し、シャムとミリーナさんはまずは様子見をしている。マローネとルアノちゃんは魔法で遠くから攻撃を仕掛ける。私は支援魔法を皆に掛ける。
「にゃはっ…!」
またか。アーニャが槍に貫かれて死んだ。貫かれる瞬間を見なかったが、昨日の真っ赤なオーク並みに速いのだろうか。
「うわっ…無理でしょあれは…。」
「…私たちは行かないほうが良さそうだね。」
シャムとミリーナさんは観戦することに決めたようだ。メヴィとプラノが中ボスから攻撃を受けているが、うん、あれはやばい。地下8階のボス並みじゃないだろうか。地下8階のボスは剣装備だが、中ボスは槍装備のようで突きの攻撃は圧倒的にこちらの方が速い。
それでもメヴィとプラノは突きを武器でうまく流して衝撃を和らげている。私はメヴィとプラノにヒールを掛ける。
戦うこと約1時間、中ボスは倒れ、黒い靄となって消えた。
「うわぁ…うちらももう結構なレベルのはずなのにこんなに時間が掛かるんだね…。」
「あ、今ので覚醒スキルを覚えたにゃ。」
シャムを始め、遠くから見ていた私たちはこの階のモンスターの強さを改めて実感していた。アーニャは割とすぐに戻ってきて観戦していた。
それにしても覚醒スキルを3日目にして覚えたのか…。どんだけレベル上がるんだ、これ。
「初めて見るアイテムが手に入ったのじゃ。」
前線で戦っていたメヴィとプラノが戻ってくると、メヴィの手の上に丸く赤い透き通った玉が乗っていた。大きさは手のひらサイズだ。
「魔石?何のアイテムだろう?」
私が首を傾げていると、メヴィがメニュー画面を開き、一旦そのアイテムをしまって説明を確認した。
「どうやら装備みたいじゃ。強化もできるみたいじゃな。試しに着けてみるかの。」
メヴィがそう言うと、メニュー画面を操作して装備したようだ。一体この玉はどこに装備されるんだろう…。
「何も変わらないにゃ?」
アーニャがメヴィの周りをぐるりと一周して眺めているが、どこも変化がないらしい。
「その変な玉以外全部脱ぐにゃ。そうしたらどこに装備されたか分かるにゃ。」
「そんなことせんでも感覚で分かるわ。…といいたいところじゃが、わらわにも分からんのぅ。とりあえず装備を外してみるかの。」
メヴィがメニュー画面を操作して、次々と装備を外していく。
「裸にならないにゃ?」
「なるわけなかろう。全ての装備を外しても地上での格好になるだけじゃ。」
へぇ。気にしたことなかったら知らなかった。メヴィは一体どこで知ったのだろう?
「仕方ないにゃ。」
アーニャがそう言うとメヴィの体に抱き付いた。そして、もぞもぞと体の位置をずらす。
「急にどうしたんじゃ?…あぁ、触って確かめておるのか。」
「……メヴィ、爆発しろ。」
ちょ、何言ってるのプラノ。後ろに鬼が見えそうな迫力だよっ!
「…プラノちゃんに同意ね。」
ミリーナさんまで…。言葉の意味分かってないでしょ…。
「…それで、分かったのかの?わらわにもどこに装備されたのか分からぬのじゃ。」
「見つからないにゃ。本当に装備されてるにゃ?」
「うむ。…ほれ、間違いなく装備されておるのじゃ。」
「本当にゃ。」
メヴィがメニュー画面をアーニャに見せて確認させる。なんかアーニャがすごい絡まり方をしているけど…。
「それって装備しても見た目に影響がないんじゃない?装備の効果だけ反映される、みたいなさ。」
「まぁこの様子ではそうじゃろうな。別に効果さえあれば構わんしのぅ。」
「えっ、そんなことってあるの?」
シャムがそんな馬鹿なという顔をしている。まぁ、ちょっとシステマチックだよね。現実で身に着けずに効果がある装備なんて意味が分からないもん。
「それで、どんな効果があるの?」
私が気になる効果を尋ねる。
「基本は防御力上昇と与えるダメージの割合増加、受けるダメージの減少の3つじゃな。数値自体は大したことはないようじゃ。そして強化は…この辺りのオークが落とす素材アイテムじゃな。ここに来るまでに手に入れたやつでやってみるかの。」
メヴィはそう言うと、メニュー画面を何やら操作し始めた。強化画面なんてなかったはずだけど、どこかから飛べるのだろうか。
「おっ、おおおっ!?素早さ増加が付いたのじゃ!」
「えっ!?本当!?」
それが本当なら初の素早さステータスが増加する装備になる。
「いくつか強化してみたのじゃが、他のステータス増加も付くようじゃ。まともに強化したらかなり使えるかもしれぬぞ!」
「わわっ、何かある前に倉庫にしまっておこうよ!」
「そうじゃな。一旦戻るのじゃ!」
シャムが高価そうなアイテムに、慌てて倉庫にしまおうと提案する。倉庫はダンジョンギルドにあるので、皆でそこまで向かう。
「ついでじゃ。倉庫にしまってある素材アイテムで強化できるだけ強化しておくかの。」
ダンジョンギルドに到着すると、メヴィが倉庫にある素材アイテムで強化し始めた。
「…すごい数値になってきたのじゃ。まだ強化できるみたいじゃのぅ。皆が持ってる素材もくれんかの?」
「いいよー。」
シャムが気前よく提供し、他の皆も素材アイテムを提供する。一体どんなことになってるんだろう…。
「…結局強化しきれんかったが、段々強化効率が悪くなるのぅ。」
メヴィがすべての素材アイテムを使い果たしても強化しきれなかったようだ。まぁそんな言うほど倒してないし仕方ないか。それに強化の効率が悪くなっているようだから、次の玉を入手してそっちの強化に素材アイテムを回したほうがいいだろう。
「これを装備していけば、あの真っ赤なオークも余裕じゃな。」
「そんなに上がったの?」
「ほれ。」
メヴィが私に、例の玉の性能が表示された画面を見せる。
「なっ?!」
「どれどれー…うわっ!」
「アーニャも見たいにゃ…にゃにゃ?!こんなの無理にゃ!」
「無理ってどういうことよ…すごい上昇値ね。」
「よっと…うわぁ凄いね。」
「ちょっと私にも…あ、ありがと。…。」
ルアノちゃんはプラノに持ち上げてもらって覗き、言葉を失っている。
例の玉は全ステータスが2倍以上になりそうな程の上昇値で、それに基本性能として防御力が現在のメヴィの防御力を軽く超える数値とダメージ増加2倍程度、ダメージ半減といった具合の性能になっている。もはやこの装備だけでいいんじゃないかって勢いだ。いやまぁもちろん他の装備も必要だけどね?
「ふっふっふ…ふははは!これでわらわも更に強くなるのじゃ!」
「……その玉、いつからメヴィのになった。」
…そういえば皆で倒したやつだったね。