第64話 赤
地下8階に到達した私たちは今日もレベル上げから始める予定だ。
「この調子ならば地下8階も余裕じゃな。」
「あの攻撃を見て、そう言えるのがすごいよ…。」
「でも昨日の覚醒したオークを回避できるなら納得もできるわ。」
メヴィの言葉にシャムとマローネが苦笑している。でもまぁ、確かに余裕だろう。攻撃力に関しても私の支援魔法があれば十分に攻撃が通ると思われる。
「まずは一昨日のようなスタートになるのかな?…っと、あそこにオークが居るね。」
ミリーナさんがオークを見つけたようだ。メヴィ、プラノ、アーニャがすかさず突撃する。この階のオークは赤みを帯びている。
「やっぱり他にも居たにゃ!」
他にも居たようでアーニャが叫ぶ。一昨日と同じパターンかな。ここから30分か…。長いな。
戦い始めること約1時間。
「まだ一体も倒せないね…。」
「一昨日よりも強いみたいだね。」
「私たちは見てるだけだから楽だけどね…。」
シャムとミリーナさん、そして私はぼーっと観戦し続けていた。今回のオークはすべて近接型で、遠くから攻撃してこないのだ。なので私たちは離れたところで木にもたれかかりながら観戦している。
「…いい加減、倒れてほしいわね。見てるこっちがハラハラしてくるわ。」
「物凄い数になってるわよね、あれ。」
マローネとルアノちゃんが淡々と同じオークに魔法攻撃を入れているが、全然倒れる気配がない。それどころか、丁度通りかかった他のオークの群れが合流し、まだレベル1であるにも関わらず100匹以上のオークに囲まれている。まぁ全て近接型なので攻撃できないオークの方が多いのだが。
戦い始めて2時間と少し。ようやく1体目を倒せた。
「よし、シル!支援魔法を頼むのじゃ!」
「了解!」
私がメヴィたち3人に支援魔法を掛ける。さて、2体目はどれくらい掛かるかな…。
戦い始めて4時間弱。2体目を倒せた。
「…掛け直すね。」
私はメヴィたちに支援魔法を掛け直す。恐らく私の支援魔法込みでもメヴィたちはダメージを通せなかったのだろう。これ、他の人めっちゃ苦労するだろうなぁ…。
今度は支援魔法込みでダメージが通ったようで、30分程度で倒せた。2体目を倒した時に範囲スキルを覚えたようで、3体目に続いてすぐに4体目、5体目と倒れていった。
「そろそろ休憩するにゃ。もうお昼の時間にゃ。」
あまりに長時間の戦闘になったせいで、集まったオークを倒し切る前にお昼の時間になってしまったようだ。
「仕方ないのぅ。撤退するのじゃ。」
メヴィは残念そうにしながらも、皆にログアウトを促し、皆がログアウトした後、最後にログアウトした。
「地下8階のオークはかなり硬かったねぇ。」
「おぬしは木にもたれて休んでおったではないか。」
「えー。だってあの数に袋叩きにされたら即死しちゃうよ。」
「分かっておる。しかし、最初シルの支援魔法を貰った時にダメージが通らなかったのは驚いたのぅ。」
「あの様子じゃボスも相当硬いわね。ちゃんとレベルを上げてから挑んだほうがいいかもしれないわ。」
「この階も奥に強いオークが群れておれば余裕じゃろう。覚醒スキルも数日で覚えられるかもしれんぞ。」
「にゃ〜〜、甘くておいしいにゃ!」
シャム、メヴィ、マローネと地下8階のことについて話し合ってると、アーニャが空気を読まずに声を上げる。今にも蕩けそうな顔だ。
今日は戦闘し続けたこともあって、ゆっくり休もうとヴィアナ様の喫茶店にやってきていた。アーニャは軽食を食べた後、何種類ものケーキを注文して一口一口幸せそうに食べている。
「…はぁ。たまにはゆっくりするのも悪くないじゃろ。今は甘いものでも食べて英気を養うとよい。」
「珍しいね。メヴィが折れるなんて。」
私は気になってメヴィに尋ねてみた。いやまぁ、そこまで言うほどメヴィは頑固でもないのだけれどね。
「なに、一昨日といい、今日といい、長時間の乱戦になってるからの。それでもこの猫は最近すっかりミスが減ったじゃろ?」
言われてみれば、素早さ全振りにしたアーニャが最近はメヴィたちに遅れを取ることなく動いていた。魔人ではないのに、だ。そう思うとアーニャは相当凄いことを成し遂げていると言えるだろう。一方の私は素早さ特化からおさらばして久しくなる。鈍ってないといいけど。
「……我も英気を養いたい。」
「…一人で食べれるんだけど。」
プラノは今日もルアノちゃんを膝に乗せている。そしてケーキをフォークに乗せて、あーんと言って食べさせようとしている。それで英気を養えるのだろうか。
ルアノちゃんが嫌そうに断っていると、プラノがしょんぼりして見せた。すると、ルアノちゃんが折れ、あーんを受け入れた。優しいなぁ。でも騙されてるよ、ルアノちゃん。ルアノちゃんはそのままプラノの言われるがまま、今度は逆にルアノちゃんがプラノにあーんをした。プラノが机の下でガッツポーズを取っている。うん、間接キスだったもんね。ちょろすぎるよ、ルアノちゃん…。
「はい、あーん♪」
…何やってるんですか、ミリーナさん。くっ、そんな期待に満ちた顔をされたって…!って、別に減るもんじゃないしいいか。
「あーん。」
私は棒読みでそう言いながらケーキを口にする。あ、これ美味しいな。このベリー系の酸味がいいんだよね。
「そんなに美味しい?」
ミリーナさんがにっこり笑顔で首を傾げて聞いてくる。はっ、つい顔がにやけてしまった。
「こうやって見てるとお人形さんみたいだよねー。」
「そうそう!今度またいろんな服着せてみたいなぁ。」
「この街なら試着も一瞬でできそうよね。」
シャムの言葉にミリーナさん、マローネと追随する。うん、分かる気がする。前世ではあまり自分を着飾るのに積極的にはなれなかったが、この体なら積極的におしゃれしてみるのもありだと思う。というか、皆も可愛かったり綺麗だったりするんだし、一緒におしゃれしてもいいと思う。
「まるでじょしこーせーじゃな。」
「メヴィの口からその単語が出てくることに驚きだよ。」
メヴィとは前世の感覚で話しても、結構問題なく話せてしまうことが多い。あれだけゲームやらラノベやら渡したら、こうなるのも必然なのだろうか。
その後、再び地下8階へと向かった私たちは、レベル上げを再開した。が、火力が足りず、倒すのに時間が掛かったので、数十体倒したところでお開きとなった。まぁ午後の再開が結構遅かったしね。
「う~〜ん!今回はボスにたどり着く前から苦労しそうだね。」
「だよねぇ。ほんときっついよー。」
地上に戻ると、ミリーナさんが腕を伸ばしてストレッチし、今回の戦闘を振り返っている。シャムも同じように思っているようで、ため息を付いている。地下7階と比べて、遠距離攻撃してくるオークが居なくなった分、後衛は楽になっている。が、その分近接攻撃が激しく、前衛の負担がかなり大きくなっている。特に素早さ特化ではないミリーナさんやシャムでもある程度回避するなり、うまくガードするなりしないと耐えられない。今まで以上に集中が必要で疲れるようだ。
「この階ではすべての攻撃をとまでは言わんでも、回避が前提となっておるようじゃな。」
「他のパーティーでも素早さ振り始めた人が出てきてるのかなぁ。」
私はそんなことを言いながらも、ただでさえ他の階よりモンスターの攻撃が速くなっているのに厳しいだろうなぁとも思っている。回避することに慣れようと思うなら、他の階で練習を始めたほうがいいだろう。
私たちは早々に帰って、明日に向けてゆっくりと休んだ。
翌日、今日こそは乱獲しようとメヴィたちが張り切っている。
「あの赤いオークどもは確かに強いのじゃ。じゃが、経験値もそれに合わせて多い。今日こそは乱獲できる程度にレベルが上がるはずじゃ!」
「ここまで来たら気合だよね!」
「アーニャは昨日頑張ったにゃ。今日はシャムの代わりに休みたいにゃ。」
「あれは仕方なかったんだってばー!」
アーニャが、昨日シャムたちが木にもたれて休んでいたのを非難している。いやだって、ほんとやることなかったんだもん…。
「いつもは逆じゃったろうに…。じゃれ合ってないでさっさとゆくぞ。」
メヴィはそう言うと、先に進んでいった。私たちもそれに付いて行く。
昨日でだいぶレベルが上がっていたのか、今日は出だしからさくさくと狩れている。シャムとミリーナさんはきつそうだが。
「この辺りはだいぶ楽に狩れるようになってきたのじゃ。そろそろ奥に行ってみるかのぅ。」
「ちゃんと回避できるかなぁ…。」
「頑張るしかないよ、シャムちゃん…。」
メヴィの言葉に、シャムとミリーナさんの2人が自身の心配をしている。まぁその、頑張って。
私たちが奥へと進むと、今までのオークより良い装備を着けていたり、体が大きかったりする個体が現れた。
「今までと違うオークはわらわたちが引き付ける!シャムとミリーナは無理せず今までと同じオークを相手にするのじゃ!」
「メヴィ、了解!」
「ありがとう、助かるよメヴィちゃん!」
メヴィがシャムとミリーナさんを気遣い、采配する。毎度思うけど、判断力あるよね。メヴィって。
シャムとミリーナさんは今までと同じオークを相手にしていたこともあって、誰も死なずに殲滅できた。
「相変わらずレベルが上がっていくわね。」
「私たち、どんだけ強いモンスターを倒してるのかしら…。」
マローネとルアノちゃんがいまだに群れを倒す度にレベルが上がることに驚愕している。強いオークが混ざってたせいか、全くレベルが上がるペースが落ちていない。
「あ、新しいガードスキル覚えたみたい。」
「え、ほんと?ミリーナさんはそれで耐えれるようになっちゃうのかなぁ…。」
ミリーナさんが新しくガードスキルを覚えたらしい。使い勝手が良ければメヴィたちに混ざって強いオークともやり合えるだろう。後はシャムだけか。
「おぬしは素早さをある程度振ってるのじゃから、早く回避に慣れるのが一番じゃろ。」
シャムはメヴィの言葉に項垂れている。まぁ、確かにそうなんだよねぇ。シャムには実力で頑張ってもらうしか無い。
私たちはオークたちを倒しながら更に奥へ進んでいく。途中ボス部屋に繋がる入り口を見つけたが、更に奥へと進んでいった。
「この辺りが最奥かな?中ボスがいたらちょっと避けたいところだね。」
「確かにそうじゃな。今までのオークどもの強さからして時間的に倒しきれん気がするのじゃ。」
ミリーナさんとメヴィが中ボスの心配をしている。既に時刻は夕暮れが近い。あまり長時間掛けて戦っている時間はないだろう。
「にゃ?なんか建物が見えてきたにゃ。」
「オークたちの詰所かしら?地下7階にもあったわよね、確か。」
近付いてみると、マローネの言うように詰所のようだった。オークたちがうじゃうじゃいる。実際に休むオークが居るわけでもないのにね。
「まぁ丁度良い。まとめて葬るのじゃ!」
メヴィが詰所へと突撃していく。それに続いて、皆で詰所に居るオークに攻撃を仕掛ける。マローネやルアノちゃんが広範囲炎魔法を建物目掛けて発動させる。すると、建物の周りに固まっていたオークたちが一斉に炎に包まれ、ダメージを受けている。建物は炎に包まれても崩れ落ちる様子はない。
「…何でこういうところは現実的じゃないのかしら。」
ルアノちゃんが炎で崩れない建物を目を細めて見ている。まぁ崩れちゃったらダンジョン内の形が変わっちゃうからね…。
しばらくして、私たちは詰所付近に居たすべてのオークを倒し終えた。
「うっはうはだねー。」
「あんなに固まっておったらまともに身動きが取れんのにのぅ。」
「詰所の中はどうなってるのかにゃー?」
シャムとメヴィが比較的楽に大量のオークを倒せて喜んでいる。確かにあれだけ固まっていたら範囲攻撃の餌食になるのがオチだろう。
「にゃ?隠し通路にゃ!?」
えっ?そんなものあるの?
「えっ?!まじ?」
「…そんなものがあるのね。」
「フィールドにそんな小細工があるとは意外なのじゃ…。」
「驚きだね…。どれどれ?」
皆驚いているようだ。ミリーナさんがアーニャが見つけたという隠し通路を見に行く。私たちもそれに続いて詰所の中へ入っていく。
「…こんなにたくさん部屋あるのに、入ってすぐの大広間に隠し通路があるんだね。」
私は隠し通路のある場所を見てそう思った。隠し通路は大広間の中央に敷かれた絨毯の下にあり、大きな木の戸が床にはめ込まれていたようだ。取っ手があり、今はアーニャが開けて横に置いている。
「ちょっとだけ見て今日はログアウトにするかのぅ。」
皆も同意し、階段になっていた隠し通路の入り口を降りていく。
チート級の装備とか落ちてたりしないかなー…。